INSIGHT - 2020.5.30

論説:パンデミック時代のドイツの文化政策(2)

新型コロナウイルスのパンデミック下、文化支援の分野でもっとも注目を集めたのがドイツだ。このドイツの文化政策協会(Kulturpolitische Gesellschaft)が2020年3月31日に発表した「文化政策は持続的に影響を与えなければらない─コロナ-パンデミック後の文化政策のための10項目」を、神戸大学教授・藤野一夫が3回にわたり詳細に論説する。

文=藤野一夫(神戸大学大学院国際文化学研究科教授)

ベルリンにある国立絵画館(ナショナルギャラリー) 出典=ウィキメディア・コモンズ(By Thomas Wolf, www.foto-tw.de - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=19887732)
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前提と背景

 前回説明したように、地域主権の国であるドイツの文化政策の基本3原則は、「文化連邦=分権主義」「州の文化高権」「補完性の原則」である。また、戦後(西)ドイツの文化政策は、基礎自治体→州政府→連邦政府という三層構造からなり、ボトムアップ型の補完性の原則に基づいて形成されてきた。

 そればかりではない。これらの各公共セクターにおける文化政策自体が、その内部において分権的構造をもち、市民社会セクターからの政策提案に基づいて議論され、合意形成されてきたのである。国家主導の文化政策は一貫して避けられているが、それは民営化論を意味するものではない。ドイツの分権的構造が、日本で物議を醸してきた民営化論とは異なる文脈であることに留意したい。

 たしかにパンデミックの時代に明らかとなったのは、ドイツの政治家の指導力と信頼感である。しかしもっと重要なことを見落としてはならない。市民社会セクターによる文化的民主主義の形成と成熟のプロセスである。そこで本論説では、市民的・文化的公共圏を紡ぎ上げてきた非営利活動組織として、ドイツ文化評議会と文化政策協会に焦点を当てたい。​

作成=藤野一夫

​ ドイツ文化評議会は多様な芸術文化団体の上部組織であり、主に芸術家のための調査やアドボカシーを行っている。ドイツ文化評議会の活動は通常ロビーイングとみなされるが、芸術家のための共益団体の性格を超えて、市民社会全体に開かれた公共性をもつ。それは、前回紹介した難民、ジェンダー、環境などをめぐるアクチュアルなプロジェクトを発案し、公共セクターを巻き込んで社会課題に取り組んでいることからも明らかである。

 日本との類比では、(公財)日本芸能実演団体協議会(芸団協)や(公財)全国公立文化施設協会(公文協)をイメージするが、その基本姿勢、調査研究能力、政策提言力には隔たりがある。ドイツ文化評議会は、文化政策協会とともに、連邦、州、自治体の文化政策を牽引する市民社会セクターのエンジンである。公共セクターに対して政策提案し、また文化団体と行政の双方に助言を行う対等なパートナーなのである。

 ドイツ文化評議会は、政府との合意に基づいた協働には積極的であるが、国や自治体の下請け機関ではない。市民社会の文化的民主主義に根ざした自律的組織である。忖度する役人も天下りもいない。また、助成金の審査には関わらないため、イギリスのアーツカウンシルのように、アームズ・レングスの原則が問題となることもない。ドイツ文化評議会は、ナチス時代の帝国文化院を反面教師とし、議論を重ねて形成された上部組織である。

 他方、文化政策協会は、文化行政やアートNPOなどの実務家を主体に、研究者やアーティストが加わった組織で、住民・市民のための文化政策の調査研究とアドボカシーを行っている。ドイツ文化評議会と文化政策協会は、いずれも学術団体ではない。ふたつの組織とも10名足らずの職員、年間予算1億円程度で運営されていながら、その影響力と存在感には驚かされる。数百人の専門家のボランタリーな協力があってこそ可能な活動である。それぞれのメンバーシップの内実も異なるが、相互の役割分担と連携に基づいて、文化的民主主義の立場から、ドイツの文化政策と文化的公共圏の形成に大きく寄与してきたのである。

 ちなみに、「文化的民主主義」(kulturelle Demokratie)と「文化の民主化」(Demokratisierung der Kultur)との違いにも留意しておきたい。後者の「民主化」は、(なぜか)一般に高尚なものとみなされてきた芸術文化(ハイカルチャー)を、一部のエリートの独占物から、より多くのひとたちに広めるという啓蒙主義の系譜にある。1970年代からドイツで唱えられてきた「万人のための文化」(Kultur für alle)を「文化の民主化」と混同する向きもある。

 いっぽう「文化的民主主義」とは、筆者の文化政策理念に置き換えれば「文化的自己決定能力の涵養」(*1)を意味する。ここでの「文化的」が意味するものは多義的である。まずは文化に関する事柄を決める主体は、地域・コミュニティの住民・市民である、という意味だ。と同時に、芸術文化とその活動を通して、文化以外の事柄に関しても、住民・市民の自己決定能力が涵養されることを意味する。それゆえに芸術文化を享受し、相互に議論し、文化的活動に参加することは、市民社会の公共性を紡ぎあげる民主主義のインフラなのである。

強靭なネゴシエーション

 文化政策協会の声明「コロナ-パンデミック後の文化政策のための10項目」は、実務家の視点を踏まえながらも長期的な視点に立って、公共セクターのみならず市民社会セクターに向けて発信されたものである。そこには、文化と社会との新しい関係のための基本理念と政策提言、構造改革と意識改革が語られている。

 これとは別に、ドイツ文化評議会は、コロナ危機の当初から、文化関係者の活動と生活の維持のために、すこぶる具体的な声明や提言を矢継ぎ早に発表してきた。ここでの文化関係者(Kulturschaffende)とは「文化活動=創造者」を意味し、アーティスト、アートマネジャー、プロデューサー、テクニカルスタッフ、デザイナーや出版・メディア関係のクリエーターなどを含む包括概念である。

 ドイツ国内の感染者数240人、まだ死者が出ていなかった3月4日、ドイツ文化評議会は「コロナ-ウイルスが文化領域を急襲」というプレスリリースを発表した(*2)。長い歴史を持ち、ドイツの文化産業にとって重要な位置を占めるライプツィヒ・ブックフェアー(Leipziger Buchmesse、1632年〜)が中止され、また10月のフランクフルト・ブックフェア(Frankfurter Buchmesse、1573年〜)の延期が伝えられたことが大きい(*3)。2019年にはライプツィヒに29万人が、フランクフルトには30万人が来場した。

 そこでドイツ文化評議会は、経済大臣が文化・創造経済のために尽力するように、グリュッタース文化大臣に対して呼びかけを行った。もとより出版産業は経済・エネルギー省の管轄であるが、そのコンテンツの多くは文化領域と深く関連する。芸術家のみならず文化・創造経済全般への幅広い配慮が、市民社会セクターの側から先に提案されたのである。

 3月11日のプレスリリースでドイツ文化評議会は、劇場やコンサートホールの閉館や休業に理解を示すと同時に、公演中止による損失補填や返却チケットの精算を州と基礎自治体に求め、さらに連邦による支援も要請した。「ドイツ文化評議会がもっとも憂慮するのは、フリーランスの芸術家と文化・メディア分野での自営業者の状況である」。いまこそ連邦と諸州が、その「協調的文化連邦主義」を立証するものとして、共同で緊急支援基金を創設すべきであると提案した(*4)。

 ドイツ文化評議会の事務局長オラフ・ツィンマーマンは13日、その結果を以下のように報道発表している。「16州の文化大臣は、われわれの提案を取り上げた。コロナ危機によって取り消されたフリーランスの芸術家および文化経済の損失補填のために、国立の緊急支援基金を創設するという提案である。この緊急支援基金がまもなく開始できるように、連邦と諸州の間での迅速な協定を期待している」(*5)。

 さらに同日の別のプレスリリースでは、ツインマーマンは以下のように述べている。「連邦文化大臣モニカ・グリュッタースが、文化・メディア分野の支援のための第一歩に素早く着手していることは非常に肯定的に受け止めている。しかし即時支援策が、連邦と諸州の間で本日合意された緊急支援基金の代替とはなり得ないのは当然である」(*6)。

 このように、3月23日のグリュッタースによる支援策の発表以前に、ドイツ文化評議会、連邦および各州の文化大臣の間での強靭なネゴシエーションが行われていたのである。とりわけフリーランスの芸術家への緊急支援については、ドイツ文化評議会の提案を受け入れる形で、連邦政府の施策が策定されていった様子がわかる。

 ドイツ文化評議会は3月16日に「コロナ vs 文化」(*7)というニューズレターを発刊し、5月14日までに15号が発行されている。連邦への政策提言とその成果報告だけでなく、州ごとのフリーランスへの支援策と支援額の速報が掲載されている。というのも、連邦の緊急支援をベースに、各州独自の支援額がどこまで加算されるかが焦点だからである。

 以下、本稿では文化政策協会の声明「コロナ-パンデミック後の文化政策のための10項目」を題材に論説してゆくが、5月中旬時点での文化領域での支援策の概要については、5月22日に発行された「ドイツニュースダイジェスト」の特集「今注目される大規模支援策の裏側 コロナ時代のドイツは芸術・文化をどう守るか?」をご覧いただきたい。編集部のおかげで、一般にもわかりやすい特集記事となっているだけでなく、課題も浮き彫りにされた。それは本稿の論旨を先取りする見取り図でもある(*8)。

ボーデ美術館 出典=ウィキメディア・コモンズ(Thomas Wolf, www.foto-tw.de, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=19550787による)

3. 文化施設の法的設置主体である州および市町村は、これらの施設の維持のために配慮しなければならないが、その一方で独立した(フリーの)公益領域は特別な危機に瀕している。この領域は公立と同じ権利において、長期的な救済策が講じられなければならない。

 コロナ危機の渦中にあって、極めて重要かつ緊急性の高い提言である。問題となっている事柄の背景と構造は、とくに2000年代以降、ドイツの文化政策の焦点となってきた。そこでの矛盾が、パンデミックによって一気に表面化したのである。もとよりドイツでは、芸術文化機構を支える公的制度が極度に発達し、安定的な文化施設・機関の運営が保障されている。その反面、公的文化制度の枠組から外れたフリーランスのアーティストは、いわばワーキングプアー状態に置かれてきた。この間、文化政策上の議論の中心は、フリーランスのアーティストに正当報酬が保証される持続可能な支援策の実現にあった。

 ドイツには州のステータスを有する3つの都市州(ベルリン、ハンブルク、ブレーメン)がある。これらは州と市が合体しているため文化予算も大きい。都市州を除いて住民ひとりあたりの文化予算が最も多い都市は、旧西独のフランクフルトおよび旧東独のライプツィヒである。いずれもブックフェアーの長い伝統をもつ商業・交易都市だ。市の文化予算だけで住民ひとりあたり年間3万円におよぶ。日本の基礎自治体とは一桁以上の開きがある。

フリーランスへの支援の実態──ライプツィヒの事例から

 とはいえ、これらの文化都市においてもフリーランス問題は深刻である。例えば人口58万人のライプツィヒ市は、主にこの問題を解決するために2016年、ライプツィヒ文化評議会(Leipziger Kulturrat)を設置した(*9)。その目的は以下の2点である。

1. 市議会(市参事会Stadtrat)、文化専門委員会ならびに行政における文化政策の戦略的問題に対して助言を行う。また、ライプツィヒ市の文化活動=創造者(Kulturschaffende)などと文化施設の間の協働を支援する。

2. 市の関係集団の様々な利害関心を調整する。市議会とその各委員会ならびに行政は、文化政策上の問題にかかるすべての案件において、文化評議会を通じて助言を求めることができる。文化評議会は、文化関係者を政策的な決定プロセスに巻き込み、これによって民主主義的参加を強化する。

 委員はすべての分野(造形芸術、演劇・ダンス、音楽、文学、社会文化、文化的教育、都市史)を代表するもとして任命され、フリーランスの代表者3名を含み、年に6回程度開催されている。ただし、助成金の審査は行わないのでアーツカウンシルではない。

 ライプツィヒ文化評議会は2018年10月30日、以下のような「提言」を発表した(*10)。ライプツィヒを多様で多彩で世界に開かれたまちにしているのは、いったい誰だろうか。そのための条件であるフリーシーンのアートを強化し、「ワーキングプアー」状態にあるフリーランスのアーティストに正当報酬が保証される持続可能な支援策を実現しなければならない、という提言だ。ここには既存の文化施設・機関の既得権益への批判も見え隠れする。

 この提言によってフリーシーンの芸術文化(社会文化センターや個別のアートプロジェクト)への助成金は、2018年の7.2億円に対して2019年は10億円に増額された。それでも総額150億円におよぶ市の文化予算の6.6パーセントに過ぎない。市立の美術館、博物館群のみならず、市立オペラへの60億円、ゲヴァントハウス管弦楽団への25億円と比較するならば、フリーランスへの支援の割合は、まだまだ低い。公立の施設・機関と同じく公益的な活動を行なっていることへのリスペクトも十分ではない。

 ただしライプツィヒ市は、公的機関へのインスティテューショナルな助成と、フリーシーンへのプロジェクト助成の割合を変えることで、この問題を解決しようとはしていない。フリーランスへの支援額を純増させ、全体の文化予算も増やしている。ライプツィヒ文化評議会による民主主義的参加の仕組みが世論を反映し、同時に世論を形成する。こうした公共的議論によって、文化予算の増額への市民の合意が形成されているのだ。

 ここ数年、少なからぬアーティストがベルリンからライプツィヒへ移動し、1990年代のベルリンを彷彿させるエキサイティングなまちに変貌している。その仕掛けづくりの根底には「民主主義的参加」の強化があった。自分たちでまちを変えられるのだ、という当事者意識と手応え感が、若者とアーティストをまちに引き寄せる磁力なのである。 

連邦文化大臣の声明と支援策

 フリーランスの生活と活動の維持を憂慮したドイツ文化評議会の提案を受けて、ドイツ連邦文化大臣モニカ・グリュッタースは3月23日、文化領域への大規模な支援策を発表した(*11)。すでにグリュッタースは3月11日に連邦政府による支援声明を出していたが、具体的な施策を発表したのは今回が初めてである。

 芸術団体や文化・創造産業に対して、零細企業・自営業者向緊急支援枠500億ユーロ(約6兆円)を適用し、助成金および貸付のかたちで提供。それに加えて、個人の生活維持のために100億ユーロ(約1兆2000億円)を供与する。また、プロジェクトが中止になっても助成金の返還は可能な限り求めない、という内容である。グリュッタースは連日メディアに登場し、とくにフリーランスの芸術家に希望を与えてきた。以下に、3月23日のドイツ放送(Deutschlandfunk)のインタビューから抄訳してみよう(*12)。

 「わたしたちがコロナ危機において考慮しなければならない非常に重要な集団がある。その集団は自分たちのためだけではなく、社会の中でわたしたちすべてにとっても大変に価値のある仕事をしているからである。わたしたちは本日、文化・創造・メディア分野に対しても、実際に三本柱からなる大型の支援策を閣議決定した。これは第一に、零細事業者が安心して経営を続けられること──キーワードは賃貸料──そして第二に、個人の暮らしが守られることである。もっと素早く基礎保障に手が届くこと。たとえば、宿泊や暖房のための支援である。次に第三の領域であるが、多くの個別施策によって困難を緩和すること、たとえば破産法の緩和、あるいは2ヶ月家賃を滞納した場合でも解約されないなどである」。

ベルリンの旧博物館 出典=ウィキメディア・コモンズ(Pöllö / CC BY https://creativecommons.org/licenses/by/3.0)

 連邦政府は基礎保障への窓口を──とりわけ個人自営業者に対して──広げたいと、グリュッタースは述べた。6ヶ月の期間、まずは生活の苦しくなった子育て世代のために、手持ち資産の有無を問うことなく、児童手当が月に2万2000円増額され、住居と暖房のための経費が認められる。現在の住居に住み続けることができ、また芸術家社会保険の掛金が引き下げられるという。文化分野で働いている人たちの大半は、普段からつましい生活を送っているが、その人たちにいち早く援助の手を差し伸べたいと、連邦文化大臣は語った。

 ドイツにおける文化分野は、経済原動力としてエネルギー分野よりも規模が大きく、25万6000の企業を抱える、もっとも利潤を上げている業界のひとつである。これには、連邦政府が給付金によって支援しようとする多くの小企業や零細企業も含まれている。この給付金は返還を求めるものではないという。

 その金額は、個人事業者もしくは従業員5人までの企業に対しては、3ヶ月間9000ユーロ(108万円)まで給付される。従業員5人以上10人以下の場合は、3ヶ月間1000ユーロから1万5000ユーロまで給付される。それ以降については様子を見る必要があるという。緊急支援は、ギャラリー、書店、小規模映画館、ミュージッククラブの賃貸料のためのものであり、「事業者が誰ひとりとして脱落しないでほしい」とグリュッタースは述べた。それでも不十分な場合は、取引銀行を通して3万ユーロ(360万円)の短期融資が受けられる。これは新法に従って、面倒な手続きなしで与えられることとなる。

 損失リスクの80パーセントは国家すなわち復興のための信用銀行によって肩代わりされる。また、できるかぎり助成金の返還を求めることはない。「それゆえ、もしもコンサートがパンデミックが原因で実施できないとすれば、わたしたちは一度支払われた助成金の返還を要求することはない」とグリュッタースは述べた。

 現在、デジタルプラットフォーム上で行われていることは、どれほど賢い基本政策によっても(政府では)考案できなかったであろう。したがって文化大臣は、デジタルに対しても支援の資金を用意しているという。以下は、グリュッタースの芸術家への呼びかけである。

 「この分野がいかに大切かという認識は大きく広がっている。目下、文化は大切なのだということを、わたしたちは仲間内で語り合っているのではない。また政治の中で発言しているだけでもない。社会においても多くの人たちが文化の大切さを理解してきている。文化はよい時代にだけ営まれる贅沢ではない。文化は生活と社会に必要不可欠なものである。文化が中止となったその瞬間、それが失われたことで、わたしたちはそのことに気付くのである。こうした芸術家が創造するものは人間性の表現である。そしてわたしたちは今日、このことを以前にも増して必要としている。だからこそ、大きな支援プログラムも必要なのである」。

文化的生存配慮

 現代ドイツの文化政策論の中心には「文化的生存配慮」(kulturelle Daseinsvorsorge)(*13)というキーワードがある。もともとは、市場原理主義のグローバル化の中で、民営化によって淘汰されてはならない公共文化政策の本質をめぐる法哲学的議論だ。ドイツ憲法で保障された「人格の自由な発展」を可能にする条件を、芸術の自律性および現代市民社会の民主主義的基盤の形成という観点から基礎付けたのである。この概念を最初に提起したのは、2004年9月29日付のドイツ文化評議会の声明であった(*14)。

 公共文化政策の基本枠組みは、1)文化施設の設置と維持、2)芸術・文化の振興と文化的人格形成の促進、3)文化事業の発案と資金調達、4)芸術家と文化を生業とする者、市民活動、文化領域で働くフリーランサー、文化産業のための条件整備にある。今回のコロナ危機のように、(国民だけではなく)ドイツに居住する者の「文化権」が損なわれた場合、「文化的生存配慮」を法的根拠として、国家や自治体には公的支援を行う責務が生じる。グリュッタース文化大臣の発言の根底にも「文化的生存配慮」の思想と責務が反映している。

フェイクのメカニズム

 日本で新型コロナ禍による文化施設の閉館、公演やイベントの中止が始まって3ヶ月。5月後半に至ってもなお国レベルでの具体的な救済策は打たれず、芸術文化関係者の不安と不満が限界に達している。その間、とりわけドイツの文化大臣の力強い発言に注目が集まると同時に、その支援額の巨大さがなぜかひとり歩きしてきた。国会でも、「ドイツでは芸術家に6兆円もの支援がなされている」、あるいは「ドイツでは無制限の芸術支援が行われている」といった議員の発言が繰り返されている。しかし、これらの情報は事実ではない。

 また奇妙なことに、「芸術家は社会の生命維持装置だ」というフレーズが文化関係者やメディアのみならず、国会議員の発言にも引用されてきた。先にグリュッタース文化大臣の声明を紹介したが、それは「文化は社会にとって必要不可欠な存在であるから、芸術家の生活を維持できるように支援しなければならい」という論旨であった。この発言を短絡して、あたかもECMOと同じように、芸術家の存在そのものが社会の生命維持装置であるかのように語られてきたのである。

 もちろんそれを、日本政府の無理解・無関心・無責任を挑発する「生産的誤解」と評価することも可能であろう。しかし長い目で見た場合、人文学的知性の裏付けを欠いた「風説」が招く(社会的・政治的)反作用を筆者は危惧する。こうした誤解の背景にあるものは、自動翻訳による誤訳や英訳からの重訳による不正確な表現、また的確な理解の背景となる専門的知識と総合的判断力の欠如である。フェイクを意図せずともフェイクニュースが発生し、まことしやかに流布してゆく情報化社会の恐ろしさを実感する。英語以外の多言語の学習機会と人文学的教養を軽視してきた「反知性主義」が招いた弊害と言えるだろう。

ファクトに即して

 まず、500億ユーロ(6兆円)という支援額だが、これは次のような意味である。ドイツ連邦政府経済・エネルギー省は3月23日、「零細企業と自営業者のためのコロナ-緊急支援」のパッケージを発表した。その財政出動は総額で500億ユーロ。この中で補助金として給付される対象は、従業員数10名までの全ての経済分野の零細企業、自営業者、そしてフリーランスに属するものとされた。 

 従業員5名までは3ヶ月分が9000ユーロまで一括して給付、従業員10名までは1万5000ユーロが一括給付される。つまり、文化・創造経済の分野でも、上記の条件で補助金が支給されることになる。だから、文化・創造経済の分野に特化した支援策ではない。 

 さて、ドイツにおける文化・創造経済の年間の価値創出総額は12兆円に上る。下記のグラフ(出典:「ドイツニュースダイジェスト」5月22日号)は、経済・エネルギー省の白書をもとに作成したもので、自動車産業の166.7、機械産業107.1に次いで文化・創造産業(経済)が100.5(1005億ユーロ)となっており、3番目の経済規模である。

 文化・創造経済分野の従事者は120万人、企業数は25万6000なので、1企業(事業者)あたり4〜5名。つまり、ほとんどが零細企業、自営業者もしくはフリーランスに該当する。その大半が、先の支援策の対象者になるものと予想される。 

 ただし、これは連邦政府による支援策である。ドイツでは文化振興は地域主権の立場から、州と自治体が主体で行い、連邦文化メディア委任官庁の予算は全体の13.5パーセントにすぎない。したがって、各州や市町村も独自に芸術家や文化団体への支援策を打ち出している。例えばバイエルン州では月額1000ユーロ、バーデン=ヴュルテンベルク州では月額1150ユーロを、個人芸術家の生活費に特化して給付することを決めた。また、ザクセン州ではフリーランスの芸術家に「奨学金」として2ヶ月分で2000ユーロを支給している。

 これら連邦政府、州政府、基礎自治体を合算して初めて、ドイツ全体の文化・創造経済分野への支援総額が明らかとなる。それらのデータを集積し、迅速に公表しているのはドイツ文化評議会である(*15)。

アーティストとクリエーターの連帯

 本来グリュッタースは、連邦レベルでの国内の公共文化政策のみを所管しており、経済・エネルギー省が所管する創造経済分野にはタッチしない。これは日本でも同じで、文化庁の管轄と、経産省の管轄を横串することは簡単ではない。もっともアベノミクスの流れで「稼ぐ文化」を合言葉に、文化経済戦略が文化芸術政策に食い込んできている(*16)。

 今回グリュッタースが、いわば越境して「文化・創造経済」を一括りにして支援策を打ち出している背景には、様々な理由が推測される。ドイツの公共文化政策は高度に制度化されており、インスティテューショナル(施設=機構)な助成が公共文化予算の90パーセント以上を占めている。例えば、ドイツの公共劇場は、大学や病院のように、ほぼ税金で賄われおり、その職員約4万人(芸術職を含む)は準公務員だ。

 このような公的機関の場合、州や自治体からの恒常的な補助金で運営されており、すぐに倒産することはない。組合や職員協議会が力をもち、簡単に失業することもない。ただし、今回のコロナ危機では活動制限が長期化しているため、多くの公立文化施設が短時間労働(Kurzarbeit)を導入し、正規職員の場合、月給の60~67パーセント(段階的に引き上げ中)の支払いとなっている。これにたいし、フリーランスの芸術家への支援は十分ではなく、通常はプロジェクト助成を資金に活動している。最近の調査では、ドイツのフリーランスの芸術家の平均月収は1200ユーロほどだという。

 ちなみにドイツ連邦政府は、今回のコロナ危機で生活が困難になったフリーランスに「ハルツⅣ」という失業保険の活用を呼びかけている。同時にその適用範囲を広げ、審査手続きを緩和している。グリュッタースが発表した芸術・文化支援3本柱の2本目「基礎保障」(Grundsicherung)の具体例である。けれども、政府からの休業要請によって仕事を失ったアーティストには、自分たちは失業者ではないという意識が強く、これとは別の保障を求める声が根強い(*17)。

 他方、創造産業の従事者もその収入、労働形態ともに様々だ。しかし個人での起業が多いため、スタートアップの支援はあるが、恒常的な支援はない。劇場のような公営企業ではなく民間企業なので、コロナ危機のダメージは極めて大きい。したがって、グリュッタースは、近年「稼ぐ文化」として成長している創造経済のクリエーターの危機と、その支援の根拠を表に出すことで、もともと公的助成に依存してきたアーティストへの支援と一体化し、芸術家とクリエーター(デザイナー)との連帯・団結を促す意図があるものと思われる。そうしなければ、文化全体の危機を乗り越えることはできないからである。

 ある意味でしたたかな高等戦略だが、文化大臣のリーダーシップに、ドイツのすべての文化関係者は勇気を与えられてきた。希望をもって、今できることから取り組んでいる。メルケル首相もそうだが、ドイツでは女性政治家の存在感、倫理観が強く心に響く。このような緊急事態のときに「詩(芸術)と哲学の国」の本領が発揮されるものだと痛感する(*18)。

 ちなみにメルケルの一番の盟友はグリュッタースだという。通称は「文化大臣」だが、ドイツには文化省はない。ドイツの憲法では、全体主義への反省から、文化とメディアと教育に関する権限は、まずは州(と自治体)に置かれている。連邦政府の文化に関する権限は非常に限定されている。長い議論の末に1998年、社民党と緑の党の連立政権の誕生とともに、内閣府のなかに文化とメディアを担当する委任官のポストがつくられた。日本の政務次官級のポストだが、内閣府つまり首相直轄であるためにメルケルとの連携は緊密だ。そこでグリュッタースは官房長官なみの存在感を示すことができる。ここが、文科省の外局のために政治権限がほとんど無い文化庁長官との決定的な違いである。

メルケル首相とグリュッタース文化大臣 出典=グリュッタース文化大臣のFacebookより

州・自治体・民間の支援策

 さて次に、連邦ではなく、州単位での支援策を見てみよう。ベルリン市州の欧州・文化担当大臣クラウス・レーデラーは、4月1日のプレスリリースで以下のように述べている(*19)。ベルリン市州政府は、コロナ危機で損害を受けた自営業やフリーランスに既に9億ユーロ(1080億円)の補助金の支払いを済ませ、その総数10万人のなかには多数の芸術家(ベルリンの場合は過半数)が含まれているとのこと。しかもこの支援策は3月27日に始まり、プレスリリースの時点で(わずか4日間)9億ユーロに達した。

 この迅速な対応は、IBB(ベルリン投資銀行)の卓越した協力によって可能となった。他の州の先例となる快挙としてレーデラーはIBBに感謝を捧げている。もとより、3月23日の連邦政府経済・エネルギー省の緊急支援策パッケージは、各州を通して支給もしくは融資される。緊急支援とはいえ、それが個々の事業者に振り込まれるには、通常は煩瑣な手続きが必要で、「官僚主義的」と批判されることが多い。

 今回、ベルリン州政府が取った方法は、ベルリン投資銀行のノウハウをフルに活用し、州政府が建て替えるかたち実施された。手続きを可能な限り簡素化し、迅速に自営業者やフリーランスに給付金が振り込まれたのである。実際、ベルリン在住の日本人アーティストは、3月末には9000ユーロが振り込まれていたという。「国籍」とは無関係に、ベルリンを拠点に活動する芸術家であれば、面倒な審査なしで即刻給付されたのである。

 4月2日のグリュッタースへのインタビュー記事(*20)には、確かに「官僚主義的」で遅いという声も(インタビュアーから)語られていたが、全体としてはスムーズに支援が進んでいると、グリュッタースは見ている。つまり州ごとに手続きやスピード感には違いはあるものの、ベルリンのように迅速な対応をした州の事実を踏まえた発言だと思われる。 

 この間に決まって出てくる言葉が「迅速で非官僚主義的救済」(schnelle und unbürokratische Hilfe)だ。また、民間の財団が、連邦や州に先行して、フリーランスのアーティスト支援をスタートしている例が多々ある。

 例えば、ハンブルク市州が1988年に設立したハンブルク文化財団がイニシアティブをとって、他の10あまりの民間財団と個人寄付者をとりまとめ、3月27日に40万ユーロを超える救援基金を創設した。これはハンブルクで活動する若手フリーランスのアーティストに特化したものだ。この基金は「芸術はシャットダウンを知らない」をモットーに、今後さらに大きくなるものと期待される。もともとハンブルクの芸術文化振興は、ベルリンとは異なり民間主導の伝統がある。民間の芸術支援財団は100を数え、ハンブルク市民はそれを誇りにしている。人口が倍のベルリンにはその半分の民間財団しかない。

 ハンブルクのエルプフィルハーモニー 出典=https://www.archdaily.com/802093/elbphilharmonie-hamburg-herzog-and-de-meuron/585bed91e58ece953e0001c4-elbphilharmonie-hamburg-herzog-and-de-meuron-photo

 民間財団による支援とともに重要な役割を果たしているのがデジタルプラットフォームの生成である。例えば、ライプツィヒ市文化局のサイトに掲載されている「これがライプツィヒだ!」(*21)は、芸術文化と創造産業を横串したプラットフォームである。これを見ると、デジタル配信のアートシーンと、公的ならびに民間の支援プログラムが網羅されている。また、「ベルリン・ア・ライブ」も話題となっている(*22)。このような官民連携のプラットフォームがドイツ各地で立ち上がり、市民とアーティストをつなぐ連帯・団結の場となっている。

 パンデミック期における社会経済的なデプレッションにもかかわらず、そしてライブでのアートシーンが大きく制限されているにもかかわらず、芸術文化と創造経済の垣根を超えたアーティストとクリエーターの連帯と団結が生まれている。そして市民たちがその動きを力強くサポートしている。

 芸術文化の本質を自分の言葉で語れる政治指導者たちの存在も心強い。グリュッタースは5月に入り「文化は食料品(=生きる糧)だ」(*23)、「文化は民主主義にとって不可欠だ」と繰り返し発言している。また、シュタインマイヤー大統領は5月22日、(延期されていた)詩人ヘルダーリン生誕250年展のオープニングに際して演説し、「このような時代にあって、わたしたちはどれほど芸術文化が文字通り生きる糧であるか実感してきました」と述べた(*24)。食料品(Lebensmittel)の文字通りの意味は「生きる手段」である。さらにメルケル首相は5月9日、「コロナと文化」の中で自らの美的経験を次のように語っていた。

 「文化的イベントは、わたしたちの生活にとってこの上なく重要なものです。それはコロナ・パンデミックの時代でも同じです。もしかするとわたしたちは、こうした時代になってやっと、自分たちから失われたものの大切さに気づくようになるのかもしれません。なぜなら、アーティストと観客との相互作用の中で自分自身の人生に目を向けるという、まったく新しい視点が生まれるからです。わたしたちは様々な心の動きと向き合うようになり、みずから感情や新しい考えを育み、また興味深い論争や議論を始める心構えをします。わたしたちは(芸術文化によって)過去をよりよく理解し、またまったく新しい眼差しで未来へ目を向けることもできるのです」(*25)。

 心に染みる言葉である。しかし、現代ドイツにおける文化政策のポリシーメーカーは連邦政府の政治家たちなのだろうか。本稿で明らかにしてきたように、文化政策を生成させてきたのは市民社会セクターの非営利組織である。なかでも市民としての自律性を自覚したプロタゴニストたちは、文化領域における民主主義的参加の強化を目指してきた。コロナ危機は、市民社会における文化的民主主義の強度を試しているのである。このようなコンテクストから、わたしたちは「コロナ-パンデミック後の文化政策のための10項目」の6番目にある以下の主張を、いまや十分に咀嚼できるだろう。

6. 個人的な参加をもっと深めること! 一人ひとりの損失経験は個別的なものである。だれもが維持のために尽力できているのは、ボランティアや寄付などの申し出のおかげである。制作者と利用者の間での連帯が至る所で生まれていることが、持ち堪えようとする力を強化している。このことが、危機からの持続的な成果と新たな注目点となりうるだろう。ここで前に進む助けとなっているのは、新しいテクノロジーだけではない。危機の体験が非常に具体的な支援となっている。すなわち、危機の体験が定常性へと変換されうるのである。文化政策的なアピールは、政治に向けられるだけではない。市民社会にも向けられているのだ。わたしたちは「共通のものである危機」を共に克服しなければならない。

 

*1──藤野他編『地域主権の国 ドイツの文化政策』(美学出版、2017)、3頁以下。
*2──ドイツ文化評議会のプレスリリース
*3──5月22日時点ではフランクフルト市は予定通り10月13日に開幕したい考えだが未決定
*4──ドイツ文化評議会のプレスリリース
*5──ドイツ文化評議会のプレスリリース
*6──ドイツ文化評議会のプレスリリース
*7──ドイツ文化評議会のニュースレター
*8──ドイツニュースダイジェスト
*9──ライプツィヒ市ウェブサイト
*10──ライプツィヒ文化評議会の提言
*11──ドイツ連邦政府ウェブサイト
*12──ドイツ放送ウェブサイト
*13──秋野有紀『文化国家と「文化的生存配慮」』(美学出版、2019)は、現代ドイツ文化政策の公共性を「文化的生存配慮」の理論的基盤から徹底的に解明した労作で、ドイツにも類書はない。とくに118頁を参照のこと。
*14──ドイツ文化評議会のプレスリリース
*15──ドイツ文化評議会ウェブサイト
*16──その功罪については、拙編著『基礎自治体の文化政策』(水曜社、2020年)の250頁以下を参照のこと。
*17──「ハルツⅣ」は2005年、それまでの社会扶助(生活保護)と失業扶助を一本化して導入された「求職者基礎保障制度」の通称。これはさらに第1種失業手当と第2種失業手当に分かれる。第1種の適用は、過去2年間に12ヶ月以上雇用契約を結んでいたことが条件で、第2種よりも給付額が高い。フリーランスのアーティストは、個人自営業的活動と短期契約による非正規雇用とを組み合わせて生計を立てていることが多い。そのため純然たる個人自営業者としての要件を満たすことも、また第1種失業手当の要件を満たすこともできず、現行の救済策の枠組みから漏れてしまう。そのため低額の第2種失業保険の適用となる。しかもこれには生活保護の名残りがあり、アーティストの抵抗感は強い。
*18──余談だが、筆者はグリュッタースとは個人的に面識があり、数年前に京都と広島を訪れた時にはお相手をさせてもらった。彼女は国内の文化政策に責任をもっているが、対外文化政策は管轄外なので、公務での海外渡航は原則できない。そこで「お忍び」で日本に初めて来られたのだが、その理由は、どうしても広島を訪れて(負の歴史の)「記憶文化」について学びたかったとのこと。そして、連邦レベルの文化政策の第一目標は「記憶文化を通して過去の過ちを反省し、平和と民主主義の礎を築くこと」ときっぱりおっしゃられた。今回のコロナ危機でも、彼女のモラルに基づく決然とした態度に感銘を受けた。
*19──ベルリン市州のプレスリリース
*20──「ディー・ツァイト」ウェブサイト
*21── ライプツィヒ市文化局ウェブサイト
*22──ベルリン・ア・ライブウェブサイト
*23──ちなみにオラフ・ツィンマーマンは3月26日のドイツ文化評議会声明の中で「文化は危機における生きる手段だ」として、国立文化インフラ基金の創設を提言している。「文化は生きる手段」というスローガンは、2004年にドイツ文化評議会が発表した「生存配慮としての文化」をめぐる議論にまで遡ることができる。
*24──ドイツ連邦大統領ウェブサイト
*25──芸術支援は最優先事項。ドイツ・メルケル首相が語った「コロナと文化」(美術手帖)