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2020.2.8

被災した川崎市市民ミュージアムとはどのような美術館なのか? 国内屈指のコレクションについて元学芸員に聞く

2019年10月、関東地方を縦断した台風19号により、9つの収蔵庫への浸水と収蔵品の被害が確認された川崎市市民ミュージアムでは、現在収蔵品のレスキューが懸命に行われている。同館で開館時の1988年から2016年まで、現代写真・デザインに関する展覧会に携わっていたインディペンデント・キュレーター、クリティックの深川雅文に、そのコレクションについて話を聞いた。

聞き手=橋爪勇介

エタノールによる作品洗浄の様子 提供=川崎市
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 2019年に発生した台風19号によって、甚大な被害を受けた川崎市市民ミュージアムでは現在、専門家らによる懸命な収蔵品の救出活動が行われている。1月25日の時点で、被災した収蔵庫から出庫されたのは、収蔵品約22万9000点のうち約33パーセントにあたる約7万5200点であり、完全な出庫にはかなりの時間を要するものと見られている。

 ではそもそもこの川崎市市民ミュージアムとはどのような美術館で、どういったコレクションを収集してきたのか? 開館時の1988年から2016年まで、学芸員として現代写真・デザインに関する展覧会に携わっていたインディペンデント・キュレーター、クリティックの深川雅文に話を聞いた。

──まず、川崎市市民ミュージアムのコレクションの概要を教えてください。

 美術館のコレクションの中核には、今日のメディア社会の原点となる写真、漫画、グラフィック、映画、映像という「複製技術芸術」の歴史に関わる総合的なコレクションがあり、1988年の開館時には写真、マンガなど国内で未着手だった新たなジャンルを含む複製技術芸術を総合的に収集するミュージアムとして国内外で注目されました。

──コレクションの数は約26万点と国内でも屈指の数字です。

 2016年に雑誌『月刊アートコレクターズ』(2016年10月号、生活の友社)が全国の美術館にコレクションの点数と内容に関して行った包括的なアンケート調査(徹底アンケート調査 119館の運営 / 予算・収入 / 企画展示 / コレクション / 教育普及・地域との連携)の結果、(当時)約10万点を所蔵している国内最大のミュージアムで、2位を倍以上大きく引き離すを有する大規模コレクションであることが明らかになっていました。

民俗関係(農具や生活用具等)を収蔵する第1収蔵庫の様子 提供=川崎市

──とくに特徴的なのは写真部門とマンガ部門ですね。これらのコレクションは、日本の公設美術館においては初めてで、開館当初は国内最大級だったと。

  写真に関しては、日本ならびに海外の写真の歴史をカバーする内容で、戦後日本の代表的写真家100人のコレクションや、ウォーカー・エヴァンズなど欧米の代表的写真家の作品が収集されています。文化財的に極めて貴重な写真として、初めて写真に撮られた日本人のダゲレオタイプが国内外で知られていますね。また、朝日新聞社から寄託を受けていた木村伊兵衛写真賞の受賞作品コレクションは、日本の写真表現の動向を跡付けるコレクションとなっていました。

──今回の水没被害においては、19年11月に、マンガ家の竹宮惠子や、マンガ評論家の夏目房之介、伊藤剛、呉智英といったマンガ分野の有志が、被害状況の公開を要求する文書を提出しています。これによって川崎市市民ミュージアムの被災状況にも大きな注目がを集まりました。

 マンガに関しては、歌川国芳の《荷宝蔵壁のむだ書》(1848)など、江戸時代の浮世絵や版本など木版で刷られた風刺画に始まり、明治・大正・昭和にかけての日本マンガ史をたどるうえで重要な風刺画、マンガ雑誌などの印刷物を集めたコレクションがあり、国内で唯一無二の存在だと言えるでしょう。

被害を受けたマンガ雑誌等を収蔵する第6収蔵庫の様子 提供=川崎市

──グラフィック作品や映画に関するコレクションも川崎市市民ミュージアムの特色です。

 19世紀と20世紀の「クラシックポスター」は国内屈指で、ロートレックの《ムーラン・ルージュのラ・グーリュ》(1891)やミュシャなどの19世紀ポスターの名作コレクションで知られています。カッサンドルなどの20世紀ポスター、そして河野鷹思、亀倉雄策、粟津潔、田名網敬一、ウォーホル、ハミルトン、ホックニーなど国内外の現代作家のポスターもコレクションされています。

  また映画部門では、戦後の独立プロ運動から生まれた作品を積極的に収集し、旧ソ連のレンフィルムなどの優れた外国映画のコレクションも含まれています。記録映画、教育映画も収集されていました。映像部門では、国内外のテレビコマーシャルやテレビドキュメンタリーのコレクションを有しており、それぞれのジャンルに関連する国内外の貴重な印刷物・出版物等も多くある。例えば、旧ソ連の『USSR in CONSTRUCTION』、日本工房の『NIPPON』など、歴史的なグラフ雑誌も収集されており、研究資料としても貴重なコレクションです。

被災作品の乾燥の様子 提供=川崎市

──美術作品についてはいかがでしょうか。

 美術関連では、美術文芸部門もあり、川崎出身・在住の作家の作品も収集されてます。そのなかには、岡本太郎、岡本かの子、濱田庄司などの作品も含まれ、濱田の陶器コレクションは国内屈指です。日本画では、安田靱彦の本画と画稿のコレクションがあり、なかには美術の教科書にも出てくる安田靱彦の《草薙の剣》(1973)も含まれています。

──ジャンル横断的だからこそ、今回のレスキューはより難しいものになっていると感じます。

 川崎市市民ミュージアムは、設立時からこうした美術系のミュージアムと地域博物館としてのミュージアムが合体した施設であり、美術館系のコレクションに、さらに、考古部門、歴史部門、民俗部門に収集された川崎市域に関わるそれぞれの貴重な資料が収集されていました。川崎市の歴史を跡付け、研究するうえで中核となる資料でした。これらを合わせた収蔵品約22万9000点が、台風19号による水害によって一挙に被害を受けることになった。まさに「未曾有の被害」です。

 川崎市市民ミュージアムの被災に際して、文化遺産防災ネットワーク会議や神奈川県博物館協会などを中心に総合的なレスキュー体制が直ちに立ち上げられ、コレクションの多様性に対応されています。他館の学芸員さんたちもそのなかで協力されています。市民ミュージアムの学芸員ならびにスタッフの方々のご苦労は想像を絶しますが、こうしたレスキュー活動がさらに進展するとともに、川崎市市民ミュージアムが復活することを願ってやみせん。