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より多くの市民を美術館に。
ニューヨーク市の取り組み「IDNYC」と「カルチャー・パス」に注目

ニューヨーク市は100近くの美術館や博物館を擁し、文化に触れるには非常に恵まれた環境にある。しかし入場料の高さがネックになり、地元に住んでいても足を運ばないという人も少なくない。そんななか、ニューヨーク市とニューヨーク公立図書館がそれぞれ、市民の文化施設へのアクセスを改善するための取り組みを行っている。

文=國上直子

市民に無料・割引で文化施設へのアクセスを提供する「IDNYC」と「カルチャー・パス」の両プログラムに参加しているニューヨーク近代美術館(MoMA)

MoMAも無料で入れる「IDNYC」

 ニューヨーク市は2015年1月、市内において有効な身分証明書として使える「IDNYC」の発行を開始した。ビザを持たない移民など、これまで国や州が発行する身分証明書の取得が難しかった人でも申請が可能で、銀行口座の開設や、行政サービスの利用時に、有効な提示書類として位置付けられている。

 「IDNYC」には、映画館などをはじめとする娯楽施設のディスカウントや、スポーツ観戦チケットの割引といった、数多くの特典が付いているが、最大の特徴は、市内42の文化施設のメンバーシップが1年分無料で取得できる点である。

「IDNYC」のウェブサイトより

 プログラムに参加している美術館に「IDNYC」を持っていくと、1年間有効のメンバーシップが無料で付与される。多くの場合、入場料が無料、もしくは割引になり、メンバー限定の特典も受けることができる。各施設とも「IDNYC」を使って、メンバーシップを取得できるのは1回まで。1年経った後は、本人負担でメンバー継続するかどうか決めることになるが、無料お試し期間が手に入るのは利用者にとって大きなメリットだ。ニューヨーク近代美術館やメトロポリタン美術館といったメジャーな美術館から、演劇、コンサート施設、動物園など幅広い施設がプログラムに参加している。

 「IDNYC」は急速に浸透し、開始2年時点で発行数100万枚を突破。これは、ニューヨーク市民のおよそ8人に1人が持っている計算になる。「IDNYC」を利用したメンバーシップの発行数は、2年経過した時点で50万件を超えており、プログラムが積極的に活用されていることがうかがえる。

47の文化施設が無料になる「カルチャー・パス」

 18年7月、ニューヨーク公立図書館は、ブルックリン公立図書館、クイーンズ公立図書館とともに、「カルチャー・パス」というプログラムをスタートした。このプログラムを通じ、図書館カードの所有者は、市内にある47の文化施設への入場料が無料になる。

 利用者はまず「カルチャー・パス」のサイトにアクセスし、施設と訪問日を指定し、パスを事前予約する。そしてパスをプリントアウトして、当日施設に向かえば、入場が無料となる仕組み。現時点では、各施設での「カルチャー・パス」の利用回数は年1回までとしているが、一度につき4人分までのチケットが予約できるので、家族や友人と一緒に予定を立てれば、活用度はさらに高まるだろう。事前にパスを確保する手間はかかるものの、入場料の高いニューヨーク近代美術館、ホイットニー美術館、グッケンハイム美術館(それぞれ一般入場料は25ドル)などがカバーされており、利用価値は高い。

「カルチャー・パス」のウェブサイトより

 プログラムは普段、行政から十分なサポートを受けられていない地域の市民に、文化施設へのアクセスを提供することを大きな目的としており、各施設と民間財団からの寄付によって運営されている。プログラム開始直後は、サイトへのアクセスが集中し、障害が発生するなどしたが、回復後は4日間で9500チケットの予約が完了。図書館カードの新規申請も、開始後4日間にオンラインで集まったものだけで1万2000件を超え、あまりにも早い市民の反応に関係者は驚いたという。今後プログラムに参加する文化施設も増えていく予定。

 ニューヨーク公立図書館代表のアンソニー・マルクスはこう語る。「ニューヨーク市には、世界でも指折りの素晴らしい美術館・公園・文化施設が集まっています。当図書館では、すべてのニューヨーカーが、これらの施設が持つ膨大な情報を活用することで、学び、成長し、そして豊かな経験を得ることができるよう日々努めています。カルチャー・パスは、そのミッションの新たな一環で、すべてのニューヨーカーが市の文化的財産を探求・発見する手助けとなることでしょう」。

 「IDNYC」も「カルチャー・パス」も、経済的な理由で、美術館などに行くのが難しい層にアクセスを提供することを想定していたが、実際には幅広い層に活用されている。美術館の側も、これらのプログラムを介し「お試し」で来場してもらうことでリピーターやメンバーが増えるというメリットがある。2つのプログラムに参加している施設を合わせると80近くになり、市民にとっては活用しない手はない。このようなプログラムを通じて、市民によりニューヨークを好きになってもらおう、誇りに持ってもらおうという、市や図書館の意気込みも感じられる。これからプログラムがどのように発展していくのか興味深い。

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