「港都KOBE芸術祭」は、神戸開港150年を記念して開催される新しいかたちの芸術祭だ。アートを通じて「神戸港」という歴史ある資源の魅力を再発見・再認識する機会をつくり、その魅力を発信することを目指している。テーマとなっているのは「時を刻み、豊かな広がりへ」。神戸を中心に活動しているアーティストを中心に国内外19組が参加する。
「風」「風景」「神戸」などを軸にした作品が並ぶ本芸術祭のもっとも大きな特徴は、神戸港という立地を生かした展示。「海辺から神戸の街とアートを楽しんでもらいたい」という思いから設置された作品の数々は、特別運行される「アート鑑賞船 神戸シーバス ファンタジー号」から鑑賞することができる。45分のクルーズで見えてくる風景とはどのようなものなのか?
|海越しに見るアートと神戸の街
世界各地で風や水で動く作品を制作してきた新宮晋は、2000年から展開してきた《ウィンド・キャラバン》を新港第1突堤に設置。2000年に神戸を出発し、これまでニュージーランド、モロッコ、ブラジル、北極など世界6ヶ所の「僻地」で展示、現地の人々との交流してきた同作を里帰りさせた。「文化交流」の拠点となってきた神戸に、世界6ヶ国の風を運ぶ。
この新宮の黄色い《ウィンド・キャラバン》と対をなすように展示されているのが、ポートアイランド北公園にある西村正徳の《O₂ひまわり/Thank-You Presents to Oxygen》だ。1995年の阪神淡路大震災で被災した神戸が復興を目指すなか、瓦礫の街に植えられたひまわりは復興のシンボルとなった。これをモチーフにしたこの作品は、工業用の酸素ボンベが材料。そこには、「植物が生み出す酸素を、ふたたび自然界へと還元し、自然と呼応したい」という西村の思いが込められている。
井上廣子+井上凱彦建築計画事務所は、港につきもののコンテナを作品に変えた。コンテナと写真で構成された《風の回廊》は、かつて神戸港の新港第二突堤から多くの日本人がブラジルに移住するために旅立ったという史実と、ドイツ在住の井上廣子が現地で直面する難民問題などを踏まえた作品。いつか母国へと帰るかもしれない神戸在住の外国人の子供たちの写真を貼ることで、彼・彼女らの明るい未来を展望する。
国内各地で土地固有の記憶を題材に、古民家や廃校、遊郭などを舞台としたサイトスペシフィックな作品を制作する古巻和芳は、言葉と風景を繋げる新作《九つの詩片-海から神戸を見る》を発表。明治から現代に至るまで、神戸で言葉を紡いできた4人の詩人たちの詩を「ゲニウス・ロキ」(地霊)ととらえ、その断片を船内に設置。鑑賞者はそれぞれ好きな詩が書かれたフレームを、好きな風景の中に掲げることで、唯一無二の風景が立ち現れる。
|神戸の玄関口で作品に触れる
「港都KOBE芸術祭」で作品が見られるのは、船からだけではない。もちろん地上でも作品を楽しむことができる。日本最大の客船用埠頭である神戸ポートターミナルの「神戸ポートターミナルホール」では6作家が共演。
写真をベースに個人の記憶や認識、関係性を音声や映像を含む、現代におけるポートレイト(肖像写真)の可能性をテーマに表現を探求している川村麻純が見せるのは、港町・神戸の歴史をリサーチした映像インスタレーション《昨日は歴史》だ。1897年に、日本郵船が神戸-台湾・基隆(キールン)間の内台連絡航路を開設し、神戸が台湾総督府命令航路となった歴史を踏まえ、台湾から神戸にやってきた女性たちにインタビューを実施。「男性目線で語られることが多い歴史を、女性の目線から記録していき、大文字の歴史に残らない個人の声や建物の記憶を作品にしたい思いました」と川村は言う。なお作品タイトルは、人生の大半を生家で過ごしたというアメリカの詩人、エミリ・ディキンソン(1830〜86)の詩集から引用されている。
映像を主な表現手段としている林勇気は、ホール内にブラウン管のモニターで巨大な塔を構築した。《times_tower》と題された同作は、プログラムによって1分周期で自動的にオンとオフを繰り返すブラウン管が12個積み重なり、砂嵐を定期的に映し出す。それは、まるで港の灯台のようだ。林はこの作品について「古いブラウン管なので、オン/オフを繰り返していくとどうしても傷んでしまう。それも含めて『時間』を表現できないかと考えました」と話す。
また、林は神戸空港にも作品を設置。《Atom》は、デジタル画像における最小単位「ピクセル」に物理的な環境や条件を与え、その動きを映像作品にしたもの。「空港という場所柄、遠く(向こう側)へ行く感覚を作品にできないかと考えた」という。
神戸三宮フェリーターミナルに出現した鉄の球体。椿昇がこの芸術祭で見せるのは、災害からの脱出方法だ。東日本大震災で津波が発生して以降、被災地で続けられる大規模防波堤の建設。これに疑問を抱いた椿は、「テクノロジーへの盲信を止め、ヒューマンスケールで思考する自由を取り戻せ」という教訓のもと、脱出用のポッドを《POST PARADISE PROJECT(prototype_01)》として作品化。発生が予想される「南海トラフ地震」を念頭に、コンクリートの堤防ではない、プロダクトによる抵抗の可能性を提示する。
日本を代表する港町として、人的あるいは文化的交流の要所として発展してきた神戸。「港都KOBE芸術祭」は、22年前に起きた震災の記憶を引き継ぎながら、開港150年を機にさらに前進していこうとする神戸のバイタリティを、アートの側面から感じられる契機になっているのではないだろうか。