【シリーズ:BOOK】デジタル技術で変化した「写真」の枠組みを探る。清水穣『デジタル写真論』

雑誌『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート&カルチャー本から注目の図録やエッセイ、写真集など、様々な書籍を紹介。2020年6月号の「BOOK」1冊目は、デジタル技術の進歩がもたらした「写真」という枠組みの変化を探る、清水穣『デジタル写真論』を取り上げる。

評=伊藤貴弘(東京都写真美術館学芸員)

『デジタル写真論』の表紙

来たるべき10年のために

 『デジタル写真論』とシンプルなタイトルだが、本書はデジタル技術を用いて制作された作品だけを取り上げているわけではない。写真をめぐる環境は、デジタル技術の飛躍的な進歩により変化し続けている。本書のテキストは、この約10年間に書かれているが、2008年にキヤノンから発売されたデジタル一眼レフカメラ「EOS5D Mark II」は、フルHD動画の撮影が可能で、これを機に多くの写真家が映像作品も手がけるようになった。

 環境の変化は、従来の写真の枠組みにも変化をもたらす。「デジタル技術でアナログ写真をなぞるだけではない写真こそがデジタル写真の名に値する」と著者が述べるように、本書で主に取り上げられているのは、デジタル技術で変化した写真の枠組みを踏まえて制作された作品だ。例えば、天文台が高性能の天体望遠鏡で撮影したネガを用い、自身では撮影せずに深遠な星空を出現させたトーマス・ルフの「Sterne」は、その「過激なレディメイド性」を評価するが、何枚もの高精細の衛星写真を組み合わせてデジタル加工し、巨大な海のイメージをつくり出したアンドレアス・グルスキーの「Oceans」は、似たプロセスだが「デジタルエフェクトを加えたアナログ写真にすぎない」と手厳しい。

 「デジタル技術が可能にした認識に基づいて、アナログ写真の成立条件を批判的に問い質す」作品として取り上げられているのが、安村崇の「1/1」だ。このシリーズでは画面全体にピントが合い、建物の外壁などがフラットに写されている。壁の写真であることは明らかだが、壁自体を克明に写したり、なんらかの象徴的な意味を持たせることが目的ではない。比較されるのはアルフレッド・スティーグリッツが1922年から31年に制作した「イクイヴァレント」だ。雲が主な被写体のこのシリーズも風景描写や意味付けが主題ではなく、フレーミングというアナログ=モダニズム写真の本質が作品自体によって表されている。言わば安村の「1/1」は「イクイヴァレント2017」で、「モダニズム写真の成立条件をなしていた要素の現代的なアレンジであり、批評的・批判的な再演と見なせる」と。

 ほかにも松江泰治や鈴木理策、ヴォルフガング・ティルマンスなど、著者と縁ある作家についてのテキストから気付かされるのは、写真をめぐる環境が変化し続けるなかで、精緻な分析に基づく、時には大胆な著者の視点もマイナーなアップデートを繰り返している点だ。感染症の被害が急速に拡大し、社会状況も大きく変化するなかで、本書は来たるべき10年に向けた写真批評のあり方を示している。

『美術手帖』2020年6月号「BOOK」より)