2022.7.27

WORLD REPORT「ロンドン」:わたしたちは何者で、どこへ行くのか。地方都市の3つの展覧会から

雑誌『美術手帖』の「WORLD REPORT」では、世界の各都市のアートシーンや話題の展覧会を紹介。2022年7月号の「ロンドン」は、3つの地方美術館が開催した、社会に蔓延するあらゆる問題を提起する意欲的な展覧会を紹介する。

文=橘匡子

「わたしたちの銀の都、2096年」展より、「知恵を伝える時」。フェムケ・ヘレグラヴェン《雨続き》(2021-22) Courtesy Nottingham Contemporary Photo by Stuart Whipps
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わたしたちは何者で、どこへ行くのか。
地方都市の3つの展覧会から

SFとしての展覧会

 ノッティンガム・コンテンポラリーでの「わたしたちの銀の都、2096年」展は、イングランド中央部ノッティンガムの街を舞台にした、スペキュラティブ・サイエンスフィクションとしての展覧会で、同時に作家のリズ・ジェンセンによる同名小説も発表された。遠い未来の想像の世界ではなく、現実に迫っている近未来を、そして人類がこれまで歩んできた道のりを、環境との関係から考え直し思索するものとなっていた。

 展示は4つの部屋=時空に分かれ、「変化の時」では、19世紀の地図や都市計画地図などノッティンガムの地図から始まり、地球崩壊の時に備えて自宅で土を「栽培」する方法を動画にしたアサッド・ラザ、グレース・ンディリトゥによる未来に開発される紫外線を完全に防ぐ日焼け止めの広告映像など、災害などにより変化する日常や感覚を想像させる。「理解する時」では、大洪水の災害から復興し、ノッティンガムに繊維産業が復活、職人たちは周囲の自然に色彩的に調和できる新たな色染技術を生み出すという設定。古代エジプトで臓器を保存するために使われていたカノプス壺の頭、ボーンチャイナによるほのかな青色をした馬の骨粉で描いたコーエン・ヴァン・バーレンの平面作品など、文化的人工物や映像が点在する。「内なる知のための時」を主導したグレース・ンディリトゥは、遠い祖先が信仰してきた知を集結させ、対話や体験を通した癒やしの空間として《テンプル》と題した放射状の構造物を設置。そこに刺繍、織物、陶器、平面作品などが並び、くつろいだ空間が現出した。「知恵を伝える時」でフェムケ・ヘレグラヴェンは、暮らしに大きな影響を与える気候変動に順応するために、自然のシグナルをとらえる手法を探り、様々なオブジェや記号を暗号のように配置する。

「わたしたちの銀の都、2096年 」展より 「理解する時」の展示風景 Courtesy Nottingham Contemporary Photo by Stuart Whipps
「わたしたちの銀の都、2096年 」展より 「内なる知のための時」。グレース・ンディリトゥ《テンプル》(2021-22)とインスタレーション Courtesy Nottingham Contemporary Photo by Stuart Whipps

 本展はゲスト・キュレーターであるプレム・クリシュナマーシーの呼びかけにより、作家のジェンセン、アーティスト、美術館チームが綿密に話し合ってかたちにしたことがよくわかる。既存の資源を最大限に活用しながら、トップダウンのキュレーションではない、協働によるアート・メイキングという点で、意欲的で見応えのあるプロジェクトとなっていた。

サーベイショーと地域