──最初にパーク・アベニューのダンジガー・ダンジガー・ムーロー法律事務所を訪ねたときのことをとてもよく覚えています。たくさんのアート作品が飾られていて、事務所がまるでアートギャラリーのようですよね。チャールズ自身もコレクターかと思いますが、弁護士としてコレクターを代理することはよくありますか?
コーダイがインターンしていたのは2013年だから、もう7年くらい前だね! 私たちの事務所は、レオナルド・ダ・ヴィンチによる著名な絵画《サルバトール・ムンディ》(1500頃)や、クロード・モネの《積みわら》(1890)の記録的なセール、そして、米国のアーティストの作品としてもっとも高額なジャン=ミシェル・バスキアの絵画《無題》(1982)の前澤友作への売却など、注目を集めたセールの売主を代理しています。
──素晴らしいですね! コレクターを代理するときは、アート作品の売主側と買主側のいずれが代理しやすいでしょうか?
弁護士としては、売主と買主のいずれの代理でも興味深い問題がありますが、原則としては売主を代理するほうがやりやすい傾向はありますね。買主を代理するときと違って、クライアントが有効な所有権、つまり、アートに関して何も負担のない所有権を持っているかを心配する必要はないからです。また、作品が実際に本物かどうかの問題を買主に委ねることもよくあります。
──売主側の弁護士としては何に注意するべきですか?
クライアントが適切な時期に全額の支払いを受けられることを確実にすること、また、売却後のアートに問題があるときにクライアントの責任をできるだけ最小限に抑えることです。
プライベートセール
──コレクターがプライベートに売却する場合(オークションやギャラリーを介さないことを意味する)、買主と契約書を交わすのが通常ですか?
そうするべきですが、驚くべきことに契約書がないこともよくあります。契約書が重要なのは、米国の大半の地域(ニューヨーク州を含む)では、500ドルを超える価値のあるアートやその他の物品の売買に関する合意が法的な拘束力を持つためには、書面がなければいけないからです。
裁判所は、2010年の連邦裁判所のケースCraig Robins v. Zwirnerを含め、多くの事件でこの法的要件を確認しています。この事件では、不動産開発業者のクレイグ・ロビンスが、アーティストのマルレーネ・デュマスによるロビンスの絵画を売却するとの口頭の合意を守らなかったとして、有名なアートディーラーのデイヴィッド・ツヴェルナーを訴えました。裁判所は、この合意は書面上でなされたものではないから有効ではないと判断しています。
──書面による合意がないと、適切な価格でアート作品を売却するコレクターでも、買主が購入をやめたいときに法律上の権利がないと。
まさにそのとおりです。それに、書面による合意でも十分ではないかもしれません。売買契約が個人間で効力を持つためには、その取引に関するすべての重要な情報、つまり、作品の特定、正確な支払条件、その他の契約の重要な条件などを盛り込まなければなりません。
──チャールズが売主向けの契約書を作成する際には、クライアントの表明保証を限定していますか?
もちろんです。とくに売主の知らない事項やコントロール外の事項について、表明保証を限定しています。例えば、買主はよく作品が適法に米国内に輸入されたり、米国外に輸出されたりしていたという文言を求めますが、私たちはこの文言を売主が知る範囲に限定しようとします。結局のところ、絵画を今日売るコレクターが、例えば、20年前に作品の前の所有者がしたことを知っているとは思えないからです。
私たちは通常、売主に対して、基本的な事実についてのみ表明保証をするようにアドバイスしています。例えば、売主は作品を売るための法的権限を有することを表明すべきです。買主への所有権の移転に際しては、作品は担保権やその他の負担から解放されることも表明保証の対象でしょう。また、売主は警告を受けたり、係属中であったりする請求やなんらかの請求が生じるおそれのある状況について、何も知らないことを表明します。
──売主は通常、売る作品が本物であることを表明保証するのでしょうか?
表明保証の対象にすることもありますが、多くの場合、最終的に作品が本物でないことが判明したときに売主が責任を負う期間を限定しようとします。大手オークションハウスは、作品の真正についてオークションルームの買主に5年間の保証をしているので、当然ながら買主の弁護士との交渉の結果、この期間で決着することが多いです。
──売主の表明保証は、直接の買主だけの利益のためですか? それともその後の買主の利益のためでもあるのでしょうか?
直接の買主だけの利益のためです。私たちは売買契約で、売主の表明保証は買主(または買主の買主)から作品を購入する者など、直接の買主以外の者は対象にならないと規定しています。この限定は、2008年のケースTony Shafrazi Gallery Inc. v. Christie’s Incから学んだ教訓です。このケースでは、トニー・シャフラジ・ギャラリーはジャン=ミシェル・バスキアによる絵画をクリスティーズから購入し、その後コレクターのグイド・オルシ(Guido Orsi)に売却しました。
オルシがその作品が偽物であることを15年後に発見し、オルシとトニー・シャフラジ・ギャラリーはニューヨーク州裁判所でクリスティーズを提訴しました。裁判所は、クリスティーズが直接コレクターに売却したのではなく、ギャラリーに売却したにもかかわらず、コレクターが詐欺の主張を続けることを認めたのです。結論はクリスティーズの勝訴に終わりましたが、このケースはアートの売主に対する警告になりました。
──作品を売った後、売主・買主ともに、その作品が自分たちの思っていたアーティストではなく、別のアーティストが制作したものだと考えたらどうなるのでしょう?
良い質問ですね。それが2013年の連邦裁判所のケースACA Galleries, Inc. v. Kinneyの状況です。私たちのクライアントであるACAギャラリーズが「ミルトン・エイブリーの油彩画」「20万ドル」と売渡証(bill of sale)に記載された絵画を検査し、購入することに合意しました。しかし、売却が最終決定された後、その作品はミルトン・アンド・サリーエイブリーアーツ財団に提示され、本物ではないと判断されたのです。
裁判所は売主に有利な判断をして、ニューヨークでの「双方錯誤」の法理は、自らの過失の結果を避けるために当事者が主張することはできないと判示し、とくに「法理を主張する者は、定かでない認識であったにもかかわらず、とにかく行動したのだから、その法理を主張する当事者が錯誤のリスクを負う」と述べました。要するに、買主はアート作品を購入する前に慎重でなければならないということです。
アートギャラリーでの売却
──コレクターはギャラリーで作品を売る際に何を知っておくべきですか?
コレクターは、ギャラリーがコレクターの最善の利益のために行動しなければならないこと、また、残念ながらすべてのアートディーラーが誠実であるとは限らないことを理解すべきです。例えば、ニューヨークの元アートディーラー、エズラ・チョワイキは、2018年後半に自分が所有、管理していない作品や、所有者の許可を得ずに委託されたアート作品を売ったり、クライアントが作品の購入用に預けた金銭を預かったままにしたりするなど、多くの不正行為のために18ヶ月の懲役を宣告されました。
同様に、売主がアートディーラーに作品を委託し、ディーラーが作品の買主を見つけるためにほかのギャラリーと協力する場合、ディーラーは依然として売主に対する忠実義務を負っています。これは、有名な2010年の英国のケースAccidia Foundation v. Simon C. Dickinson Limited で問題になっています。このケースでは、売主のアッチーディアは、アートディーラーのダニエラ・ルクセンブルクがレオナルド・ダ・ヴィンチの《聖アンナと聖母子》(1503-1519)を直接購入する買主を見つけたと考えていましたが、ルクセンブルクはそうではなく、ギャラリーのサイモン・C・ディキンソンとのあいだでこの作品を売却する契約を結びました。
高等裁判所は、ディキンソンによる最終的な買主との合意が売主に理解も承認もされていなかったため、ディキンソンが売却に伴う手数料を保持することはできず、また、売主の承認がなければ50万ドルの手数料を取ることもできないと判示しました。
──ギャラリーにアートの売却を委託する際、コレクターはどうやって自分を守ることができるでしょうか?
まず、コレクターは、ギャラリーが負債やその他の義務を負っているかを確認するために、統一商事法典(「UCC」と呼ばれる)に基づく担保調査をすることができます。これは、そこにアートを委託するかの判断に影響を与えるかもしれません。
申し立てられている抵当権、担保権、さらにはアート作品のローンに関する情報が多くの州のウェブサイトでは入手可能です(デラウェア州とニューヨーク州、そしてほかの多くの州でも、担保調査の手数料は課されていない)。担保調査は、ギャラリーのほかの債権者が売主の委託よりも優先しうる担保権を持っていることを示すかもしれません。例えば、これは銀行が「場所を問わず、ギャラリーの有する一切の在庫」に抵当権を設定したときにありうるでしょう。今日において設定された銀行の抵当権によく見られる文言です。
この担保調査後、私たちは作品をギャラリーに委託したいコレクターに対して「UCC-1財務証書(UCC-1 financing statement)」を提出するようアドバイスします。これにより、コレクターが委託作品の所有者であることを世界(とくにギャラリーの債権者)に通知します。この申立ては、ギャラリーの他の債権者からコレクターを守るものであり、コレクターの作品を保持した状況でギャラリーが破産するような不幸な状況ではとくに重要です。
UCC-1財務証書による保護がない委託者は、通常、ギャラリーの破産では「一般債権者」として扱われるため、ギャラリーの他の債権者にコレクターが委託したアートを奪われるおそれがあります。
──ギャラリーを通じてアートを売却するコレクターにとって、UCC-1財務証書がどのように役立つか、具体例を挙げてもらえますか?
もちろん。財務証書を提出すれば、2004年のGanz v. Sotheby’s Financial Servicesの原告であるジェリー・ガンツは間違いなく助けになったはずでした。この事件では、悪名高いディーラーと米司法省のミシェル・コーエンが不正行為に関与していました。コレクターのガンツは、シャガールの絵画《Soleil Couchant to Saint-Paul》をコーエンに引き渡し、コーエンは、ガンツには残念なことに、その後融資の担保として絵画をサザビーズに引き渡しました。結局コーエンは融資に関して債務不履行となり、国外逃亡してしまい、どちらが絵画に対して優先権があるかをめぐってサザビーズとガンツのあいだで訴訟になったのです。
ガンツにとっては不幸なことに、コーエンへの作品の委託に際してUCC-1財務証書の提出を怠っていたため、ニューヨークの裁判所は、ガンツがコーエンに絵画を引き渡したことが委託であったとしても、担保権を発生させないと判断しました。結論としては、裁判所はいずれの当事者にもサマリージャッジメントを認めていません。このケースは、トライアルの前に秘密保持条項を含む和解で解決しました。
オークション
──委託者がオークションハウスを通じてアートを売却する場合、オークションハウスはオークションで委託者と買主、いずれの最善の利益のために行動すべきなのでしょう?
オークションハウスは、委託者の最善の利益のために行動しなければなりません。この点は、1986年のニューヨーク州の有名な控訴裁判所でのケースCristallina S.A. v. Christie, Manson & Woodsで明らかになりました。裁判所は、オークションハウスは委託者の代理人であり、委託者の最善の利益のために行動する「忠実義務」を負うと判示しています。
上訴中に訴訟外で和解したCristallinaケースの原告たちは、クリスティーズが様々な忠実義務に違反したと主張していました。例えば、オークションハウスの専門家が絵画の市場性に異議を述べている事実、オークショニアがリザーブ・プライス(オークションハウスがその価格を下回るときに作品を売らないという最低売却価格)は高すぎると知りながら絵画を売ろうとしない義務、オークションハウスのエスティメート(落札予想価格)が非現実的なときにセールに伴うリスクを開示する義務など、関連情報を提供する義務が含まれていました。
オークションハウスは、法律上、委託者の代理人とされていますが、委託者が締結した委託契約は、オークションハウスの忠実義務を修正していることがあるため、注意深く検討する必要があります。例えば、契約条件によっては、オークションハウスは自らの利益やオークションでの買主の利益も考慮することができます。
──オークションハウスで作品を売却する場合、売主はオークションハウスと委託契約の条件について交渉することができるのでしょうか?
もちろんです。私たちは、このような委託契約についてよく交渉しています。もちろん委託契約で何が交渉可能なのか、オークションハウスが絶対に変更しない事項はどこかを理解することは重要です。例えば、オークションハウスは、通常オークションカタログの裏面に印刷され、ほとんどのオークショニアのウェブサイトに掲載される「販売条件」でオークションハウスがすでに買主に同様の表明保証をすることを合意している場合に、真正性、所有権または担保権の不存在に関する委託者の表明保証を修正することは嫌がります。
とはいえ、各オークションハウスの委託はそれぞれ異なり、とくに非常に高額な取引については、オークションハウスが特定の委託をどうしても獲得したい場合、そして委託者の弁護士がそのプロセスがどのように機能するかを理解しているときには、ほぼすべての事項で交渉が可能です。
──非常に高額なアート作品について、売主に代わってオークションハウスとの委託契約の交渉をする際に、委託契約をどのように修正しようとするのか具体例を教えてもらえますか?
まず、作品のリザーブ・プライスが契約に反映されていることを確認し、このリザーブ・プライスの変更は、オークション開始時点まで、委託者の書面による合意のうえで行うことを確認します。
次に、委託者が支払う作品価格の約10パーセントに相当する「売主の手数料(seller’s commission)」を完全に取り除こうとします。
第三に、本当に高額な委託の場合、私たちはオークションハウスから「エンハンスド・ハンマー(enhanced hammer)」を得ようとします。つまり、オークションハウスが落札者から受け取る「買主の手数料(buyer’s premium)」の一部をオークションハウスが委託者に支払うものです。今日、定評のあるオークションハウスでの買主の手数料は、「ハンマープライス」(オークショニアが振り下ろす小槌のバーンという音とともにオークションルームで発表される作品の売却価格)の25パーセントです。
──オークションハウスとの委託契約でとくに注意をしておく条項はありますか?
はい。撤回条項です。この条項では、通常、契約に署名後にセールから作品を撤回する委託者には高い手数料(多くの場合、リザーブ・プライスの約20パーセント)が課されると規定しています。この規定は、一般的にはギャラリーへの委託契約にはありません。
この手数料には、オークションで作品を売ることに同意後に考えを変えることや、最初のオークションハウスとの委託契約の締結後に競合のオークションハウスで売ることを抑止する狙いがあります。私たちは、テロ、戦争、急激な株式市場の下落といった特定の事由が発生した場合には、手数料の支払いなしに委託者が作品を撤回することを認める条項を設けるよう交渉することがあります。
高額なアート作品については、セールでの順番に関しても交渉することがあります。例えば、私たちのクライアントのアート作品が、ほとんどの入札者がディナーのために帰ってしまうセールの最後にオファーされないことを確認します!
また、作品の保険評価をエスティメートの上限の範囲に設定し、オークション前に作品が破損したり、滅失したりした場合に、コレクターが十分な支払いを受けられるようにします。また、オークションハウスの補償範囲が(保険用語では)「第一次保険・非拠出型(primary and non-contributory)」であること、つまり、委託者が保険料の増額による補償範囲を検討する必要がなく、誰が支払義務を負うのかについて、オークションハウスの保険者と委託者の保険者とのあいだで争いがないことを慎重に規定します。
そして最後に、オークションハウスの標準保険の補償範囲から除外されている項目、つまり、保険対象外である項目を慎重に検討します。これらの除外項目には、作品の「内在的な欠陥」(例えば、重い彫刻がその重さによって壊れる場合)、テロ行為、所有者によって承認された修復時の破損などを含むことがあります。オークションハウスとの交渉で、除外項目をできるだけ絞り込んだり、削除したりできることもよくあります。