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2021.2.4

科学と芸術の連携から生まれる創造的転回。四方幸子評「村山悟郎 Painting Folding」展

現代の生命科学論的な思索にもとづき、コンピュータ・シミュレーションによって生まれる自己組織的なプロセスやパターンを作品のモチーフとする村山悟郎。本展では代表作の織物絵画を展開させ、たんぱく質のフォールディングにおける、3次元構造が折りたたまれる生成過程を参照した新作を発表した。キュレーターの四方幸子が新たな展開を中心に読み解く。

四方幸子=文

展覧会風景より、左が《Painting folding -「これを鍵として開く扉を仮想せよ」》(2020)、正面が《Painting folding -「これと合致する身体を構想せよ」》(2020) ©️ Goro Murayama Photo by Shu Nakagawa Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art
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パンデミックで炸裂した、たえざる差異化のプロセス

 空間に入り正面で遭遇するのが、本展の鍵となる《Painting folding -「これと合致する身体を構想せよ」》である。村山が2008年より制作するオートポイエーシスを基盤にした「織物絵画」が、かつてない多層性を得てついに3次元の螺旋構造へと成長、突端が別次元に突き刺さるかのように延びている。突端の一部は垂れ、プリントされた3次元シミュレーション画像に覆いかぶさっている。

Painting folding -「これと合致する身体を構想せよ」 2020
織った麻紐にアクリリック、参照画像 200✕160✕30cm 
©️ Goro Murayama Photo by Shu Nakagawa Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art

 村山は、セルオートマトンのルールに基づき生命的な振る舞いが生成する科学のシミュレーションに注目し、自作を「シミュレーショナル・ポイエーシス」と呼び対置してきた。本作では初めて両者が重なり、強烈なコントラストとともに一種のハイブリッド体を成している。

 本展のタイトルは、タンパク質のフォールディング(1次元から3次元の螺回構造へ発展した生物学のモデル)に由来するが、織物絵画と画像は、3次元へのまなざしと螺旋という自然に見られる構造を共有している。螺旋とは、様々なパターンや構造が事後的に生み出される動的な流れと言えるだろう。

 織物絵画は、自己組織的なルールを導入することで、手作業で紐から2次元の支持体を生成させ、その都度表面に描くというプロセスの連続をとる。支持体は、1次元から2次元、3次元へと連なる痕跡である。画像はCOVID-19のスパイクタンパク質(抗体の主な標的)の3次元構造シミュレーションで、螺旋が絡まる様態を示しているが、本作の織物絵画は、この生成プロセスを村山がルールとして取り込むことで実現されている。その左に設置された《Painting folding -「これを鍵として開く扉を仮想せよ」》は、スパイクのレセプターであるACE2タンパク質(*1)がモチーフで、本作に対応する「合致する身体」となっている。

Painting folding -「これを鍵として開く扉を仮想せよ」 2020
織った麻紐にアクリリック、参照画像 140✕160✕25cm 
©️ Goro Murayama Photo by Shu Nakagawa Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art

 2020年より世界を覆い尽くしたパンデミックは、政治経済、社会そして人々の心身にまで深く影響を及ぼした。最先端の生命科学やICTは、情報収集や解析、シミュレーション、治療を推進するが、同時に私たちは近代的なシステム(近代科学も含む)の限界に直面している。突然変異を繰り返すウイルス(COVID-19も含む)は人間にとって脅威であるが、遺伝子が元来人間を含む生物から飛び出たもので、ヒトゲノムの約8パーセントがウイルスを介して外から持ち込まれたとされる現在、人間とウイルスとの関係も「コミュニケーション」の観点から再解釈する必要があるだろう。

 村山においては、パンデミックへの反応というアクチュアリティの背後に、近代科学の進展が生み出したほつれ──客観的な観察の限界──とともにオートポイエーシスを介した創発可能性への長年の思索と実践がある。具体的には、設定したルールに従って制作を行うが、素材の物質性、自身の身体性や情動の変化とともにずれやエラーなど予想外の事態に出会うことで、作品と作家が相互往還的に変態・跳躍するプロセスを経る。村山は制作のただなかで、システム内部的な振る舞いと外から観察するまなざしとを交互に経験するという。近代科学を乗り越える創発の科学の可能性を芸術から探索すること。そこでは既存の科学にも芸術にもとどまらず、両者が新たに連携していく創造的転回が目指されている。

タイリングドローイング 2020
水彩紙にアクリリック、カッティングプロッター 160✕205cm 
©️ Goro Murayama Photo by Shu Nakagawa Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art

 上述した螺旋による3次元化+は、Voderberg(ヴォルダーべルク)の螺旋充填を応用したタイリング・ドローイングでも見られる。タンパク質の複数のユニットが結合により4次元構造(新たなタンパク質)に至ることと平面充填(タイリング)を関係づけ、結果的に紙の歪みが壁面で増幅され新たな様態(次元)を生み出している。

 村山作品は、オートポイエーシスを基盤にダイナミックに生み出される支持体と、その上に描く知覚・身体的行為の相互作用の不可逆的な軌跡である(*2)。それらは何段階もの変態を経たログであり、多様な中間領域のあいだにある絶えざる差異化のプロセスと言える。本展は、そのような村山の探求がパンデミックの時代において静かに炸裂し、新展開へと至った記念すべきターンと言えよう。

*1──ヒトのコロナウイルスSARS-CoV及びSARS-CoV-2の機能的受容体。
*2──今回初めて古材の木目に展開したセルオートマトンのドローイングは、自然が形成したログ(丸木の意味も)としての支持体に寄り添って実現された新たな展開である。