一国 vs 二制度 in 大館
香港は150年に及ぶ英国の植民地統治を終え、21世紀を目前に1997年、中国へと返還された。その頃、すでに中国は大規模な市場経済を取り入れていたが、中国共産党の指導下では、英国統治下で認められていた言論や表現の自由は保障されていない。これを不安視して事前に香港より他国へと移住する者も現れたが、当面50年の間は「一国二制度」という異例なかたちで旧体制との共存が認められた。資本主義の頂点とも言える香港経済の推進力は、中国共産党にとっても得難いものであったのだろう。
ところが21世紀となって中国経済が急成長し、香港に追いつくまでになると、中国政府は少しずつ香港への圧力を強め、真綿で首を絞めるように管理を進めていった。香港の市民や知識人、学生たちは2014年の「雨傘革命」を頂点とし、継続的に対抗してきたが、今年新たに「逃亡犯条例」の改正案が議会に提出されるに至って、堆積していた不安と不満、絶望が噴出。香港政府はいったんは審議停止に応じたものの、完全撤回を求める香港市民は週末ごとに大規模なデモを繰り返し、その様相は警察の暴力による流血や、対抗手段としてのゼネストの呼びかけにまで至っている。
実際、私も香港でこの週末デモに参加してきたが、驚いたのは参加者の年齢層がたいへん若いことだ。大学生はもちろんだが、高校生、なかには中学生のような若年層も少なくない。家族連れも多い。かれらはフェイスブックによる直前での告知を見て、地下鉄を利用して集合地点に続々と集まってくる。その様子は、日本での近年のデモとはだいぶ様相を異にしていて、国民の大半が支持したという1960年の安保闘争を思わせる。実際、市民や学生のみならず、公務員も率先して抗議集会を開いているのだ。
もっとも、デモは終始、至って平和的に行われ、日本で報道されている暴徒化するデモ参加者というイメージがいかに実際と違っているかは明白だ。警察と直面する最前列を除けば、かつての安保闘争もそうだった。ただし大きく異なる面もある。それは参加者の多くが、未来への明確な希望や方向性を持てないまま、絶望の深さから参加しているということだ。若い層に自殺者が相次いでいるのは、抗議の意思表明というよりも、やり場のないこうした閉塞的な絶望感が招いた隘路の結果であると思われる。
長々と香港の情勢について書いてきたが、大館で開催(9月1日まで)の本展について考えるうえで、このことを抜きにすることはできない。実際、本展を実現するうえで大きな財政的バックアップをしているのは、香港ジョッキークラブという競馬競技団体であり、97年の返還までは英国にちなんでロイヤル香港ジョッキークラブと名乗っていた。同団体は宝くじやサッカーくじのようなギャンブルの総元締めでもあり、その収益を慈善活動(チャリティ)というかたちで社会還元する、いわば欧米型資本主義の先端部に位置する団体である。むろん本展の計画ははるか前から始められていたはずだし、時期的に反政府デモと重なったのは偶然でしかなく、展覧会に関連する今回の市民運動へのコメントなどは一切ないが、潜在的には現在の香港の自由主義体制を経済の大原則から支える意味を持つ。その急先鋒に村上隆が選ばれたというのは、そのような意思表明的な背景もあるはずだし、会場の外で頻発する騒乱を伝え聞きながら本展を見ることには、他国での開催とは異なる緊張感がある。
さて、肝心の会場は大きく3つのフロアと特別展示室、そして屋外に分かれている。3階と1階の主展示室に加え、フランシス・ベーコンをモチーフとするタブローの新作群、村上自身のコスチュームを見せる廊下状の小部屋と、先ごろ日本国内でも開催された作家自身のコレクションを中心とする「バブルラップ」展の縮小版、および継続中のアニメ制作をメイキング中心に見せる分室までもが各フロアに配分されている。屋外では広い中庭を利用して村上のオリジナル・キャラクター、カイカイとキキの彫刻が設置され、香港中環(セントラル)の超高層ビル群を背景に、夜間には煌々とライトアップされている。展覧会場を入って正面の大きな壁面に、村上隆の出生から現在にまで至る詳細な年譜が大きく配置されているのも本展の特徴だろう。また関連企画として非常に充実した日本のアニメの特集上映「二次元的衝撃!」がなされていたことも付け加えておく。
だが、やはり圧巻なのは、3階、1階、そして特別展示室に分けられた巨大な三つの空間だろう。この部屋では、いまではもうおなじみと言ってよい村上隆の絵画や彫刻が、まったく異なる仕立てで出されている。というのも、このつの空間で村上は、床から壁のすべてを展示室ごとの趣向で統一し、全面的に貼り替え、部屋全体でひとつのインスタレーションと考えられる空間をつくり出しているからだ。
申し遅れたが、そのため本展では繊細な床面に傷をつけないため、観客は入り口で履物の上から白い靴袋を着用することを求められる。通常ではありえない設定だが、会場に足を踏み入れてみると、その理由は即座に納得できる。とりわけ特別展示室は全面にわたり黄金色であしらわれており、鈍く周囲を反映してまばゆい陰影をつくり出す。その空間は繊細極まりなく、一瞬、目がくらむほどだ。しかし、本当のところ私たちは、いったい何に目がくらんでいるのだろう。
演出過剰とも取られかねないこのような展示方法ゆえ、日本で村上は美術を金融商品とみなすマーケティングに寄り添った体制的な美術家として非難されることも少なくない。だが、ここ香港で自由主義の極限を極彩色のインスタレーションとして具現化する村上の作品は、国家による統制経済に対する自由な市場の確保と金融資本の加速を思わせるものがあり、その点では体制的であるどころか、中国の支配に対する反体制的な側面と、しかし同時に「一国二制度」という矛盾をあくまでも守ろうとする保守的な側面が共存しており、日本での受け取られ方のように簡単に割り切れるものではない。展覧会タイトルとなる「村上隆 vs 村上隆」には、そのような意味も込められていると思われる。
いたるところ無情の
(『美術手帖』2019年10月号「REVIEWS」より)