ナラティブが崩れるところ ──「中心」はどこにあるか
本展の副題には「女性アーティストによる作品を中心に」と記されているが、その「中心に」とはどのような意味なのだろうか。そもそも数として見るならば、男性作家7人に対して女性作家11人といったように、必ずしも女性アーティストの数が圧倒的に多いわけではないし、出品数でいえばその差はさらに縮まる。では、「中心に」とは数量的な意味合いではなく、女性作家の作品が本展における根本を成すという意味で展示の内容に関わるものであると理解すべきなのであろうか。それを確かめるためにはまず本展全体の構成を見る必要があるだろう。
本展は、南薫造による1908年の作品から始まり、鷹野隆大による2002年の作品で終わるといったように、基本的にクロノロジカルに作品が並べられている。最初の小さい部屋では、壁二面を使用して男性作家が女性を描いた比較的古めの絵画が展示され、それに対面するように残りの二面には女性作家の描いた作品が掛けられている。男性画家によって女性が一方的に眼差される姿が描かれた作品と、そのような男女間のヒエラルキーから戦後徐々に解放されていき、女性が自己表象をも行うようになった作品とが、対立的に展示されているのである。
女性と女性作家のそうした「解放」を象徴するかのような作品が、丸木俊(赤松俊子)の《解放され行く人間性》(1947)だ。本作は女性作家が、戦後すぐに、あたかもすべてから解き放たれたような女性の裸体を描くというかたちで「女性」の表象を自ら行った作品であり、女性のセクシュアリティへの讃歌であるとも理解できる。加えて、その次の部屋でも女性作家の作品がしばらく続くことをあわせて考えるならば、本展はジェンダーやセクシュアリティをテーマとした展覧会なのだろうか。「女性アーティストによる作品を中心に」という副題が添付されていたのは、そのことを示すためであったのだろうか。
だが、そもそも丸木俊の《解放され行く人間性》が本当に女性の「解放」や女性のセクシュアリティの讃歌を表現した作品なのか疑ってみる必要があるだろう。本作の傍らに付された解説キャプションにもあるように、注意すべきは、本作のタイトルが示すところによれば「解放され行く」のはあくまでも「人間性」であり「女性」ではないということである。
丸木俊は45年に夫の位里とともに共産党に入党しており、本作の制作当時は党員として盛んに活動していた時期にあたることと(*1)、本作が初めて出品された第1回前衛美術展(1947、東京都美術館)に、丸木俊が《人民広場》という作品も一緒に出展していたこともあわせて考えると、「解放され行く人間性」というとき、丸木俊にとって暗黙のうちに共産主義的な社会が未来に想定されていたと考えることができる。さらに、中央に描かれた女性は裸になって右手で枝を握る(*2)というかたちで自然と一体化していて、「母なる自然」とよくいわれるように、この女性は文字通り女性であるのではなく「自然」の象徴となっている。
したがって、この裸婦において「自然への回帰」と「人間性の解放」(共産主義)とが絡み合うように重ね合わされており、本作は女性に関わる問題とは直接的な関係がない作品だといえるだろう(*3)。そう考えると、もし本展がジェンダーやセクシュアリティをテーマとする展覧会ならば、丸木俊のこの作品は、本展の「中心」を成すのに必ずしもふさわしいものではないのだ。
だが、冒頭に掲げられた説明文を読むと、本展は《解放され行く人間性》という作品とそのタイトルに触発されたものだという(*4)。それを考慮に入れるならば、作品がほぼクロノロジカルに並べられた本展は、時代が進むにつれて様々な「人間性」が徐々に「解放され行く」流れを描き出す、ある種の「進歩史観」に基づく展示だと考えることが可能であろう。
つまり、男性から一方的に描かれる対象でしかなかった女性が自らを表象するようになり、抽象的な作品、そして女性のジェンダーに関わる作品をも生み出すようになり、近年に至っては女性だけでなくセクシュアルマイノリティが表象される作品も出現するようになったという、「人間性」に関する表象の拡張のナラティブをそこに読み取ることができる。言い換えるならば、本来ジェンダーやセクシュアリティととくに関係を持たない《解放され行く人間性》における「人間性」が、丸木俊が想定していたものとは違うかたちで強引に読み替えられ、ジェンダーやセクシュアリティの問題に捻れたやり方で限定されることで徐々に進行していく「人間性」の解放の例として、女性やセクシュアルマイノリティの表象が提示されているのである。
基本的には、このような流れに沿って構築された展覧会だと言いうるが、こうしたナラティブを語るためのクロノロジーが崩れているのが最後のセクションである。先述のように、ここにある鷹野の「In My Room」シリーズは、本展でもっとも新しい作品(2002)として最後に位置している。しかし、そのすぐ近くには渡辺克巳の《ゲイボーイ、新宿》と題された、69〜72年の写真作品が3点展示されている(*5)。基本的にクロノロジカルに構成された展示において、あえてクロノロジーを崩し30年ほど離れた作品同士を並置しているのは、ここが「ゲイ」のセクションという括りになっているからではないだろうか。すなわち「解放され行くゲイ(の表象)」のセクションである。
しかし、渡辺の写真は「ゲイボーイ、新宿」という作品タイトルによって被写体が「ゲイ」であると明示されているものの(*6)、鷹野作品のタイトルでは被写体のセクシュアリティに関して何ら言及がされていない。作品を見るだけでは被写体たちが「女性」であるのか、それとも異性装を行っている「男性」であるのか厳密には決定不可能である。これらの人々を「ゲイ」として「決定」しているのは、「ちなみに『彼ら』はすべて、生物学的には男性です」とわざわざ記載している解説キャプションとともに、渡辺克巳の「ゲイ」の写真を隣接させるというキュレトリアルな行為なのだ。そのようなかたちで、本来不確定性を持つはずの鷹野の作品に固定的な役割が割り当てられることとなる。
しかし《解放され行く人間性》を「中心」として、本展が構築しようとしている「人間性」の「解放」のナラティブよりも、作品展示の「周縁」において作品の持つ不確定性がもたらすナラティブの崩れにこそ新たな可能性──「クィア」な可能性とでも言おうか──の「中心」を見出すことができるのではないだろうか。
*1ーー丸木夫妻の共産党入党の年や丸木俊の活動に関しては、小沢節子『「原爆の図」 描かれた〈記憶〉、語られた〈絵画〉』(岩波書店、2002)を参照。
*2ーー本作が出品されていた「1945年±5年 激動と復興の時代 時代を生きぬいた作品」展のカタログ(兵庫県美術館・広島市現代美術館、2016)で出原均も指摘しているように(p.171)、裸婦であること、右側にある蔦が蛇のように見えることからこの裸婦はイヴを思わせる。加えて、アルブレヒト・デューラーの《アダムとイヴ》(1507)が、イヴが右手で枝を握りその右側に蛇がいるという構図において本作と類似していることも指摘しておきたい。
*3ーー内田巌《ラ・ぺ(平和)》は、それが男性作家によって描かれたという事実を差し引くならば(もちろんそのことは本展が男性学芸員によってキュレーティングされたことと同様重要な事実であるが)、それと相対する壁に掛けられた《解放され行く人間性》と意外と近い意味合いを持つ作品であると考えることもできるのである。内田は丸木俊・位里ととも日本美術会の立ち上げに関わり、彼らに少し遅れて共産党にも入党した作家である。この作品の中央で横向きに座り、毅然と前を見つめる女性の目線の先には、壁に貼られたポスターの「PAIX」(平和)という文字がある。ここでもまた、女性が描かれてはいても女性は文字通り女性であるのではなく「平和」を表す象徴(フランス語の「PAIX」は女性名詞である)という役割を背負わされているのである。
*4ーーそこには《解放され行く人間性》に関して、「この小企画は、その作品とタイトルにインスパイアされて生まれました」と記されている。この簡易な説明文は本展のウェブサイトにも掲載されている。 (最終アクセス:2019年7月25日)
*5ーー本館の公式サイトに掲載されている作品リストと実際に展示されている作品とでは多少異同があり、渡辺克巳の出展作品の場合、サイト上では6点となっているが実際に展示されているのは3点のみである。(最終アクセス:2019年7月25日)
(本稿掲載後、保坂健二朗氏より、サイト上の作品リストで渡辺克巳作品が6点となっているのは前期に3点、後期に3点というかたちで会期中に展示替えがあるということであり、作品の会期情報の見落としではないか、との指摘があった。筆者が本稿執筆時にサイトを閲覧した際は会期情報が記載されていた記憶はないのだが確証もできないため、ここに記して訂正しておきたい。)
*6ーー正確にいえば、現代的な観点からすれば「ゲイ」というよりも多くの場合「トランスジェンダー」と呼ぶべきであろう。それらの差異については、森山至貴『LGBTを読み解く―クィア・スタディーズ入門』(筑摩書房、2007)を参照。
※本稿掲載後、本展企画者の保坂健二朗氏より「ちなみに『彼ら』はすべて、生物学的には男性です」という解説キャプションの記載内容は、そもそも作者自身がこの作品の被写体の性別について公言したことがなく、したがって被写体の中に生物学的に女性である人が含まれている可能性は否定できないため誤りであった、との連絡があった。そのため、この解説キャプションは現在掲出されていないことを注記しておく。