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「ユアサエボシと戦後アヴァンギャルドの変身寓話集」(練馬区立美術館)開幕レポート。架空の画家と戦後前衛美術が出会うとき、何が生まれるのか

東京・中村橋の練馬区立美術館にて、現代美術家・ユアサエボシの作品を紹介しつつ、戦後日本の前衛芸術を切り開いた美術家たちの作品をともに展示する展覧会「ユアサエボシと戦後アヴァンギャルドの変身寓話集」が10月31日に開幕した。会期は12月27日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(編集部)

ユアサエボシ《理想社会》(2018)キャンバスにアクリル絵具 162×227.3cm 「ユアサヱボシ」がジョージ・オーウェル『動物農場』から影響を受けて描いたとされている

 東京・中村橋の練馬区立美術館にて、現代美術家・ユアサエボシの作品とともに、戦後日本の前衛芸術を切り開いた美術家たちの作品を展覧会「ユアサエボシと戦後アヴァンギャルドの変身寓話集」が10月31日に開幕した。会期は12月27日まで。担当は同館学芸員の木下紗耶子。会場の様子をレポートする。

架空の画家「ユアサヱボシ」とは何者なのか

 ユアサエボシは1983年生まれの美術家。新聞や雑誌、インターネットなどで集めた古いイメージをコラージュして原案をつくり、それをもとに絵画を制作してきた。2017年頃より自らを「擬態派」と名乗り、「大正生まれの架空の三流画家 ユアサヱボシ」(1924〜1987)という物故画家の設定と、その生涯を下敷きにした絵画を発表している。

ユアサエボシ《紐育の夜》(2024)92×72.7cm キャンバスにアクリル絵画 ニューヨークの夜景と神経図のような文様を頭部に持つ人物が描かれている

 会場は3部構成。第1章「ユアサエボシ」ではユアサの作品を展示する。ユアサが「擬態」する「ユアサヱボシ(以下、「ユアサ」)」とはどのような画家なのか。そのプロフィール(設定)を簡単に紹介する。なお、

 「ユアサ」は1924年生まれで、画家を志すも油絵具の揮発性油アレルギーを患い油彩を断念。戦時下は雑誌の挿絵等を用いたコラージュ作品を制作し、戦後は進駐軍相手の似顔絵描きを経て前衛美術会に参加した。1956年に渡米し、ニューヨークで皿洗いをしながら雑誌・新聞を買い集め、抽象画やアクリル絵具に出会う。帰国後はアメリカ文化やシュルレアリスム、ルポルタージュ絵画の影響を融合した独自の「舶来転写地様式」を展開。1964年にシェル美術賞で佳作入選を果たす。晩年はアトリエに引きこもり制作に没頭したが、自宅火災で作品を運び出そうとして重度の火傷を負い、1987年に63歳で逝去した。

 会場に展示されている作品には、ユアサが「ユアサ」の作品を解説するという体裁のキャプションが添えられており、自作をさも自作ではない客観性をもって解説するおもしろさを味わうことができる。

ユアサエボシ2《女性行員No.7》(2018)キャンバスにアクリル絵具 130×194cm 巨大なベーコンを手にした女性の姿が描かれている

 本章ではユアサの作品が制作年順に並べられている。会場の入り口付近に展示された、2018年の作品《女性行員No.6》《女性行員No.7》は、ユアサが「ユアサ」に「擬態」しはじめて間もない時期の作品で、以降、制作年を下るように作品が展示されていく。しかし、これはあくまでユアサの制作年順であって「ユアサ」の制作年順ではない。そのため、「ユアサ」が後年に描いたという設定の作品よりも、以前に描いたとされる作品のほうが技術が向上している、という逆転現象が発生している。

ユアサエボシ《兵士》(2024)キャンバスにアクリル絵具 227.3×162cm 「のらくろ」の置物がジャングルに放置されている
ユアサエボシ《MIKADO》(2026)キャンバスにアクリル絵具 194.0×130.3cm 天皇の表象について「ユアサ」が描かれたと思われる作品

 例えば田河水泡のマンガ『のらくろ』をモチーフにしたと思われる《兵士》(2024)や、天皇のイメージを記号的に散りばめた《MIKADO》(2026)といった近作と、初期の作品とを比べると、ジャングルの植物の葉が重なる豊かな奥行きの表現や、黒地の着物に巧みにハイライトを入れて立体感など、技術が高まっていることを感じられるが、こうしたユアサの技術的な進歩は「ユアサ」の制作歴とは必ずしも噛み合わない。

ユアサエボシ《献上》(2020) キャンバスにアクリル絵具 162.0×227.3cm 頭部が3つある怪物に壺をわたす男性を描いた作品

 このように、ユアサは「ユアサ」という架空の画家の来歴を、その技術までにわたってリアルにつくり込むことを重視していない。むしろユアサは画家として歩む自分の物語を「ユアサ」に仮託することで、画家と絵画を切り離し、絵そのもののいびつさや不可思議さを強調することを目的にしているようにも思えてくる。

ユアサエボシ《青空》(2026)キャンバスにアクリル絵具 112×194cm 大砲の上に子供が3人乗っておりユアサの解説によれば「ユアサ」はここに児童労働を隠喩として取り入れているという

 また、作品に付記されたユアサの解説は、多くは歴史的な背景に照らし合わせて「ユアサ」の作品を分析する、というアプローチがとられている。例えば、《青空》(2026)は大砲と3人の子供たちを描いた作品で、大砲の上で酒を飲んだり、ラッパを吹いたりしている2人の子供を、掃除用具を持った1人の子供が叱っているように見える。ユアサは本作を「子供の身体が労働に利用される構図を、戦争への動員へと伝じている」と評するが、その解釈が正しいのかは誰にもわからない。絵画に描かれたモチーフの意味を、歴史的な考慮しながら汲み取る、批評的な行為を少しの皮肉も込めて可視化しているといえる。

ユアサエボシ《傀儡の王》(2026) キャンバスにアクリル絵具 160×227.3cm 崩れ落ちた壁面やガスマスクなど日中戦争を想起させる記号が散りばめられている
架空の詩人・桐生東一郎が書いた詩集。実際は小説家・小川哲の手で書かれた

 《傀儡の王》(2026)は、ユアサの解説によれば、日中戦争期の日本と満州国との関係を、「傀儡」という表題が示すように寓話化して描いた作品だ。本作に呼応するように、小説家・小川哲が生み出した、満州を舞台に活躍した架空の詩人「桐生冬一郎」 の詩集も展示されている。「桐生」の代表作とされる「北満夜行」のなかにもまた「傀儡」という言葉が記されており、架空の人物の歴史に、さらに架空の人物の物語を重ねることで、鑑賞者の想像力を刺激している。

編集部