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「時代を映す錦絵ー浮世絵師が描いた幕末・明治ー」(国立歴史民俗博物館)開幕レポート。表現規制をかい潜り庶民が求めた絵の魅力【6/7ページ】

 第5章「激動の幕末」では、ペリー来航ののち江戸幕府倒壊まで、幕末のニュースを描いた錦絵を紹介する。攘夷の決行を迫る孝明天皇の求めに応じて将軍・徳川家茂が東海道を上った将軍上洛や、イギリス人が殺傷され賠償を求めた外国艦が横浜に差し向けられた生麦事件、「ええじゃないか」と唱えながらの練り歩きの流行、そして旧幕府軍と新政府軍の最終決戦となった戊辰戦争など、時々の事件が錦絵に描かれてきた。錦絵は、それら事件を直接的に描くのではなく、様々な隠喩を用いながらこれを表現している。

 例えば「故事擬え(こじなぞらえ)」などはその典型だ。二代歌川国輝画《太平記石山合戦》(1869)は、織田信長と本願寺との戦い「石山合戦」を描いたものとしているが、清水堂や戦う勢力の服装、桜の木などから、これが戊辰戦争中の上野山であることがわかる。

展示風景より、二代歌川国輝画《太平記石山合戦》(1869)

 第6章「開帳と流行り神」は、開帳をはじめとする神仏の流行をテーマにした錦絵が並ぶ。

 歌川国芳 《おたけ大日如来略えんぎ》(1849)は、「お竹大日如来」を描いたものだ。江戸時代前期、江戸の富商の家で働いていた竹女は、大日如来の化身だとされ人々の信仰を集めた。これがお竹大日如来だ。1849年には、江戸でこのお竹大日如来の開帳があり、多くの錦絵がつくられた。名前にちなんだ竹の柄の着物や、仏像の光背のように円になった手ぬぐいなど、庶民の着物や小物で如来の姿を表現したことがわかる。

展示風景より、右が歌川国芳画 《おたけ大日如来略えんぎ》(1849)

 第7章「横浜絵」では、開港後急速に発展し江戸の庶民の注目を集めた横浜を描いた「横浜絵」を取り上げている。

 歌川芳幾画の《五ヶ国於岩亀楼酒盛の図》(1860)は、横浜に設けられた遊郭・港崎遊廓のなかでも屈指の豪華さを誇った「岩亀楼」に集った外国人の遊客を画題としたものだ。ロシア、オランダ、イギリス、アメリカ、清、フランスの各国人の姿を描くとともに、岩亀楼の豪華な内装をいまに伝えている。

展示風景より、左が歌川芳幾画《五ヶ国於岩亀楼酒盛の図》(1860)国立歴史民俗博物館蔵

編集部

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