最後の展示室では、同館のコレクションから国吉康雄の絵画《幸福の島》が展示されている。この展覧会のタイトルも同作から引用しており、その意図について楠本は、「『MOT アニュアル』は年に1回開催される展覧会なので、その年の時代を横の軸で切り取るかたちとなっている。しかし、そこに別の軸を加えることで、展覧会がより多層的な経験になるのではないかと思った」と説明している。
国吉康雄は1889年に生まれ、移民としてアメリカに渡り、のちにアメリカを代表する具象画家のひとりとして評価されている。今回の《幸福の島》は、いまから100年前の1924年に描かれた作品であり、その年は、日本からアメリカへの移民を禁止する法律ができたり、戦争に向かう時代の動きが感じられる時期でもあった。また、国吉は戦争前からアーティストの権利や自由、平等を守る社会運動にも積極的に関わっており、非常に現代的な作家であったとも評されている。
「今回の4名の作家も、社会の現状や課題に直接言及する作品ではなく、複雑な現実をどう見るかということをテーマにしているため、国吉の作品と通じる部分があると感じた」と楠本は話した。また、本展について次のような期待を寄せている。「美術には様々な役割がある。想像力を持って世界を見たり、それによって何かを感じ取ったりすることが、美術の豊かさのひとつだと思う。このアニュアル展を通して、そういった側面にも目を向けていただけるきっかけになれば嬉しい」。
本展で4名の作家は、世界とその背後にある複雑な現実を深く掘り下げ、多層的な意味を提示する。本展を通じ、私たちもまた、世界のつながりや現実の複雑さに対する新たな視点を見つけるができるだろう。