東京・上野の国立西洋美術館で「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」がスタートした。担当学芸員は中田明日佳(国立西洋美術館 主任学芸員)。
写本とは、印刷技術が発明される以前の15世紀ヨーロッパにて、人の手で書き写された本を指す。これは中世ヨーロッパを生きる人々にとっての情報媒体であると同時に、その信仰を支えた重要なものであった。そして内藤コレクションとは、筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授の内藤裕史による写本零葉(本から切り離された1枚ずつの紙葉)を中心とするコレクション。2015年度に同館へ一括寄贈、その後も2020年にかけて新たに数十点が寄贈された。
本展は、そのコレクションを中心に、国内大学図書館からの借用を含めた約150点で構成されている。会場は用途別に全9章立てとなっており、中世において広く普及した写本の役割や装飾の特徴を紹介するものとなっている。
例えば、1章では当時の人々にとってもっとも大切であった「聖書」を扱う写本を取り上げている。これらはとくに神学が盛んであったパリやオックスフォードで制作されたものであり、限られた携帯用の本に膨大な文字量を書き写さねばならなかった故にぎっしりと詰まったレイアウトとなっているのだという。14世紀以降は紙面が大型化し、その余白には細密な装飾が施されるようになっていった。
2章では旧約聖書の一書で構成されている「詩編集」がメインに紹介されており、主要な一節の冒頭に施されたイニシャルの装飾に注目したい。人物や物語の場面が描かれた物語イニシャルは挿絵の役割ともなっており、その内容がどういったものであるかを示している。
3章では「聖務日課(1日8回決まった時刻に行われる礼拝)」、4章では「ミサ」といった信仰にまつわる行事を扱う写本を取り上げている。写本零葉に描かれる装飾や人物像にはゴシックとルネサンスのエッセンスが混じり合っているものも見受けられる。聖務日課やミサ用の写本は大人数で見ることができるよう、紙面が大きめであるのも特徴のひとつだ。また、聖務日課やミサ以外に分類された聖職者たちが写本を活用した事例も5章で紹介されている。
6章から9章では、比較的一般大衆に身近な写本を取り扱っている。例えば、6章に展示される「時祷書」は、聖職者が行う聖務日課を一般信徒が私的に行うことが流行した際に生まれたもの。内容は一般向けに簡略されており、需要が増えてからは印刷技術(凸版印刷)を用いた写本も登場した。手書きの写本には見られない印刷のかすれから見分けることができるだろう。ほかにも7章では「暦」を、8・9章ではカトリック教会が定めた法令やその「裁判にまつわる「教会法令集・宣誓の書」や、百科全書や身分証明書などの信仰以外の事例としての「世俗写本」が展示されている。
なお、館内では5月31日に常設展の展示替えが行われたほか、小企画展「西洋版画を視る─リトグラフ:石版からひろがるイメージ」ではリトグラフの制作方法から表現の変遷までを知ることができる。この機会にぜひ常設展もご覧いただきたい。