7月15日より公開が予定されている、国立西洋美術館の大規模改修にあたりその舞台裏を追うドキュメンタリー映画『わたしたちの国立西洋美術館〜奇跡のコレクションの舞台裏〜』。報道陣に向けた試写会が6月16日に行われた。
本作は、2020年10月から22年4月にかけて、工事休館中の国立西洋美術館に約1年半の長期間にわたって密着取材したもの。内容は大きくてふたつの構成要素に分けることができる。
ひとつは、工事に伴う所蔵品の移動作業や保存修復、コレクションの調査研究や海外・地方美術館への巡回展のために作品の梱包作業、購入作品のチェック、松方コレクションに関する資料研究、特別展の企画開催など、同館の活動を支えて「美」を守り伝えることに奔走し、尽力する人々の姿を追う内容。もうひとつは、ふたりの館長やキュレーターなど内部の職員だけでなく、外部の関係者へのインタビューを交えながら、日本の文化行政や美術館が抱える課題を浮かび上がらせるものだ。
本作ではこれらの内容が交互に絡み合いながら、国立西洋美術館にまつわる全体像を提示する。とくに印象的だったのは、館長・田中正之がインタビューで話した、2007年まで国立西洋美術館に研究員として勤務していたときと比べて、現在同館の予算がほぼ半分までに減っているということ。また、美術フリーライター・陶山伊知郎やフランス在住の展覧会プロデューサー・今津京子のインタビューでは、日本の美術館とメディアの関係や、欧米の美術館との違いなどについての発言も、現在国立美術館の構造的な問題について考えるヒントを与えた。
こうした課題について田中館長は試写会後の記者会見で、ふたつの「岐路に立っている」と同館の現状を説明している。
ひとつは資金面。近年、国からの予算が減っているものの、新聞社やテレビ局の助力により展覧会の開催には大きな影響がなかった。しかし、コロナ禍やウクライナ戦争の影響により、作品の輸送費や保険料をはじめとした様々な経費がかつてないほど高騰していることも現実だ。これに対して田中館長は、「従来のモデルがずっと続くわけではないということが自覚できた」とし、「自己収入を増やすことが美術館の活動を持続させ、発展させていくためには重要」だと話す。
どの美術館にとっても、重要な自己収入源のひとつは展覧会の開催によって得られるチケット収入や協賛金だ。それを確保するためには、美術館主導のファンドレイジング事業がますます重要になってきている。
そのため、国立西洋美術館では今年度より経営企画・広報渉外室を新たに設置。田中館長は、「たんに国の予算が増えればいいと考えるのではなく、どのように国立美術館の活動を維持発展させるのか、新たな方策を考えて、むしろ美術館の活動の未来につなげていきたい」と意気込む。
こうした新たな体制の整備は、国立西洋美術館にとってもうひとつの岐路だ。欧米の美術館では、キュレーターや事務系職員のほか、前述のファンドレイジングやプロジェクトマネジメント、レジストラなどの専門職も揃えるように変わってきている。このような美術館の在り方をアップデートしてきた欧米の館と比べて、日本は学芸課以外の部署がまだ充実していないのが現状だ。
田中館長によれば、令和2年度、日本の国立美術館全体の常勤職員はわずか117人。いっぽうで、パリのルーヴル美術館だけで約2200人、オルセー美術館には500人以上のスタッフが勤務しており、韓国の国立美術館4館にも600人のスタッフが所属しているという。
少子化問題が進むなか、美術館の職員を増やすことは現実的に難しいかもしれない。しかし田中館長は、専門職のスタッフを含む新たな組織体制を整備しつつ、今日の美術館活動の重要なキーワードである「ウェルビーイング」や「インクルーシブ」を充実させることの重要性を強調している。
例えば同館では、川崎重工と連携して毎月第2日曜日に常設展を無料で開放するイベントを今年4月より実施。また、美術館に子供たちを気楽に連れてこられ、友人同士でも喋りながら作品鑑賞を楽しめる「賑やかサタデー」という企画や、視覚障害者を対象とした彫刻作品が直接触れるプログラム、聴覚障害者への対応として手話による作品解説などの取り組みも計画されているという。
このような岐路に立つ状況について、田中館長は「危機だと考えるのではなく、むしろ美術館や展覧会の在り方を変えていくための絶好の機会だととらえて、美術館の新たな地平を開いていきたい」と楽観的な見方を示している。
映画の終わりでは、2021年4月に退任した馬渕明子前館長が退任式で「コレクションは国民のものです」と館員たちに話す。コロナ禍において美術館の存在価値や役割が問い直されるなか、美術館を支える人々が真摯に美術に向き合い、日々の業務に真剣に取り組む姿をとらえたこの作品を通じ、美術館の現状を知りその未来について考えてみてはいかがだろうか。