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東京という街の歴史や記憶、人をつなぐ「東京ビエンナーレ2023」が開幕

2021年に開催された新たな国際芸術祭「東京ビエンナーレ」。その2回目が東京都心の北東部を舞台にスタートした。その見どころを総合ディレクター・中村政人の言葉とともに紹介する。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

エトワール海渡のリビング館での展示風景より、「天馬船プロジェクト2023/日本橋川」

 2021年、東京都心の北東部を舞台に開催された新たな国際芸術祭「東京ビエンナーレ」。その2回目となる「東京ビエンナーレ2023」が始まった。

 今年のテーマは「リンケージ つながりをつくる」。関係性やつながりを意味する「リンケージ(Linkage)」という言葉について、総合ディレクターの中村政人は開幕にあたり次のように語っている。

 「人間同士だけでなく、歴史的な時間軸や環境全体に対する物質との関係もある。それらの関係の新しい読み取り方や組み立て方を今回、各作家が色々チャレンジしている。(作品鑑賞の際には)何と何をつなげようとしているのか、つながったことで何が生まれるのか、関係構築そのものが文化やアートにどのような関係を次に見出すのか、という視点を持ってもらえたら」。

エトワール海渡のリビング館での展示風景より

 この「つながりをつくる」ことを代表する作品としては、ノーガホテル上野で紹介されている⼩池⼀⼦が率いる「ジュエリーと街 ラーニング」プロジェクトが挙げられる。小池は、公募で集まった参加者たちとともに日本有数の宝飾専門店街である御徒町を訪ね、家族から受け継いだ宝石などのものを活かして自分のアクセサリーをつくるワークショップをビエンナーレの開催前に実施。参加者たちは、デザインのプロセスを進めるために御徒町という街やそこにある宝飾品・貴金属店に関するリサーチを重ねてきた。それを繰り返してアクセサリーをデザインすることにより、大切な人の思いを受け止めるだけでなく、街の歴史や宝石の多様性を知ることもできた。

ノーガホテル上野での展示風景より、「ジュエリーと街 ラーニング」
ノーガホテル上野での展示風景より、「ジュエリーと街 ラーニング」

 もうひとつの代表例は、関東大震災後の復興期に建てられた神田の看板建築・海老原商店で展開されているアーティスト・西尾美也による「パブローブ:100年分の服」プロジェクトだ。「服の図書館」のような、誰もが利用できる公共のワードローブであるこのプロジェクトでは、1910年代から現在まで100年以上の歴史にわたる服が集まっており、それぞれにまつわる様々なエピソードが書かれたノートとともに展示されている。これらの服を鑑賞者が試着し、借りて帰ることもできる。「たんにコスプレ的な意味だけでなく、服を提供した方の個人の思いや街の記憶が時代を超えてつながっていくようなタイムスリップする感覚も味わえる」(中村)。

海老原商店での展示風景より、「パブローブ:100年分の服」

 これらの作品からもわかるように、たんに作品を展示するだけでなく、ワークショップなどのイベントを事前に開催することで参加者たちとともに作品をつくっていくことが、今回のビエンナーレの大きな特徴のひとつだ。

 東京ドームシティ内、都営三田線「水道橋」駅A3出口の通路で展示されている遠藤麻衣の写真シリーズ「アトラクティヴリーアイドリング」は、東京ドームシティで働くスタッフが仕事の合間にリラックスする様々な瞬間を収めたもの。休息的な時間にどのような心理や状態が生まれるかという問いを共有することから始まり、フィールドワークやインタビューを経て撮影を重ねながら作品を構成したという。こうしたリサーチや作品制作の過程を収録した映像も同会場内で紹介されている。

東京ドームシティでの展示風景より、遠藤麻衣「アトラクティヴリーアイドリング」

 同ビエンナーレのメイン会場のひとつであるエトワール海渡のリビング館の1階では、藤幡正樹らによる「超分別ゴミ箱 2023」プロジェクトが紹介。コンビニを模した空間では、鑑賞者から使い捨てのプラスチックのごみ(内容物を完全に洗い流し、乾燥させたもののみ)を募集。奥のスペースでは、安西剛、上田麻希、生形三郎、ブルース・オズボーンの4人のアーティストがプラスチックをモチーフにした作品の展示のほか、藤幡らが夏に約40の家族から収集したプラスチックのごみを分別して展示しており、これからはこれらのプラスチックを素材にモニュメントをつくるという。

エトワール海渡のリビング館での展示風景より、「超分別ゴミ箱 2023」(部分)

 また、エトワール海渡のリビング館の2階ではコミュニティアートプロジェクト「天馬船プロジェクト2023/日本橋川」が紹介。木造のミニ天馬船を日本橋川に1万艘浮かべるこのプロジェクトは、参加者が1口1000円の寄付金でミニ天馬船のフラッグに自分の名前を登録することができる。10月29日には、これらのミニ天馬船を常磐橋から日本橋の区間で流すレースが行われ、またすべての寄付金は川辺の活性化や浄化活動のために使われるという。

エトワール海渡のリビング館での展示風景より、「天馬船プロジェクト2023/日本橋川」

 そのほか、JR秋葉原~御徒町駅間高架下のスロープでは、総合ディレクター・中村政人が建築の設計時にその解体プロセスを意識することを出発点に、ガラスを素材にしたインスタレーション《ネオメタボリズム/ガラス》を展示。オーストラリア・メルボルン在住のアーティスト・デュオ「Slow Art Collective」が大丸有エリアで展開しているプロジェクトでは、誰もが参加できるオープンスペースをつくりだしており、参加者とともに大規模なインスタレーションを制作し、その過程において様々なつながりを生み出すことを狙っている。

展示風景より、中村政人《ネオメタボリズム/ガラス》
展示風景より、Slow Art Collective「Slow Art Collective Tokyo」

 今年の東京ビエンナーレは、都内の約40ヶ所を会場に展開している。そのほとんどは無料展示であり、有料展示は4ヶ所のみになっている。中村は、「理想的には自立分散型の芸術祭を目指しているが、潤沢な予算があるわけではないし、入場料収入で経営できるような構図にもなっていないので、場所の交渉から資金面まで完全に自立するのは難しい」と素直な気持ちを語る。

 「地価の高い都心で、今回のようにどのようなかたちであれビエンナーレを続けることができると、地域や企業との新しい関係が見えてくる」と中村。例えば、大丸有エリアのオフィスビル・大手町ファーストスクエアの南側壁面に、ベルギー出身のアーティスト、シャーロット・デ・コックは9月18日からの3日間にわたって巨大壁画をライブペインティングで公開制作した。大手町の高層ビルのあいだで「ほぼ不可能だろう」と思われていたプロジェクトが実現したことにより、今後同エリア内の企業との連携もしやすくなると予想されている。

展示風景より、シャーロット・デ・コック《HYPERNOVA》

 オリンピック・パラリンピックを機に大規模な再開発事業が進んできた東京。中村が話したように、地価の高騰に伴い小さなタバコ屋などの店が徐々に姿を消していった。こうした地域に埋もれた記憶をアートによって掘り起こし、「つながりをつくる」ことが今回のビエンナーレの狙いだ。中村は次のような期待を寄せている。「東京ビエンナーレは今年で2回目だが、ヴェネチア・ビエンナーレのように後世の人々がきちんと引き継いでくれるような芸術祭として続けていきたい」。

エトワール海渡のリビング館での展示風景より

編集部

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