大阪・吹田の国立民族学博物館で、ヒンドゥー教の信仰にまつわる様々な立体像や絵画、製品などを展示する特別展「交感する神と人―ヒンドゥー神像の世界」が開幕した。会期は12月5日まで。展覧会の実行委員長は同館の三尾稔。
本展は、多神教で知られるヒンドゥーの神々の姿を表した、様々な素材による神像を紹介するもの。多彩なヒンドゥー教の神像とともに、神と人との交流、神にささげる愛や願いのかたちに迫るものだ。展覧会は「神がみの世界へのいざない」「神がみとの交感」「交感の諸相」「ときの巡り」の4章構成。資料点数は約600点となっている。
ヒンドゥー教は、源流のひとつであるヴェーダまでさかのぼれば、約4000年の歴史を持つとされ、時代とともに様々な教派がゆるやかに共存し、多様な神が信仰されてきた。第1章「神がみの世界へのいざない」では、ヒンドゥー教で頻繁に表される様々な神々を表した絵画や像などを紹介する。
ヒンドゥー教の基軸となるのが、創造神ブラフマー、護持神ヴィシュヌ、破壊と再創造の神シヴァの三大神だ。とくにヴィシュヌとシヴァや関連する神々は人気が高く、絵画や彫刻に多く表されてきた。
また、神話「ラーマーヤナ」の主人公である神・ラーマや、シヴァの息子・ガネーシャ、ヴィシュヌの化身クリシュナなども、様々な形態で表現されてきており、第1章ではこれらの神々の特徴や、まつわる物語を確認することができる。
第2章「神がみとの交感」では、ヒンドゥー教の神々と人々がいかなるかたちで交感し、生活のなかで信仰してきたのかを紹介する。
ヒンドゥーの主要な神々はヴィシュヌ系とシヴァ系に大別されており、ヴィシュヌ系は「バクティ」と呼ばれる信仰と行いを、シヴァ系は生命の営みそれ自体を讃えて信仰するという傾向がある。
例えばヴィシュヌに対するバクティを体現しているものとしては、「ラーマヤナ」で主人公・ラーマの忠実な右腕として活躍する猿の姿をした武将ハヌマーンが挙げられ、数多く造形されてきた。
また、ヴィシュヌの第八番目の化身とされるクリシュナは愛らしい幼子の姿でも表され、祭祀のときには儀礼用ブランコに乗せて可愛がるという。これも、親が子に注ぐ愛情がバクティの念につながるという思想が投影されている。
いっぽうのシヴァは、生命を象徴する女性器と男性器が組み合わされた造形の「シヴァリンガ」で崇拝される。また、シヴァは10本の腕を持ち魔神を殺す配偶神ドゥルガーのシャクティ(性力)と結合して活動を始めるとされており、これが世界展開の原動力となる。そのため、ドゥルガーもまた多く造形されている。
会場では、こうした神々を祀るために、ヒンドゥー教の各家庭に必ずある祭壇で使われる品々も紹介。神像のみならず音を出す楽器、清めるための聖水の器、崇拝対象に掲げる灯明台、香や供物の器など、目を引くものが数多く展示されている。
第3章「交感の諸相」では、神々と親しくなるための様々な行為を取り上げる。「つくる」という行為はそのなかのひとつだ。立体像のみならず、絵画、タイル、陶器人形、仮面などは、インドやネパールのみならず世界中で制作され、ヒンドゥー教圏に持ち込まれていた。
例えば、神々が描かれたタイルは日本の多治見や淡路島などで大正・昭和期に制作されたものだ。また、ヨーロッパでも数多くの石版画が制作され、インドへと輸出された。ヒンドゥーの神々のイメージは商業流通と結びつき、グローバルに拡大する20世紀の資本主義社会の一端を担っていたことがわかる。
神像を装飾する風習もヒンドゥーの信仰の特徴のひとつだ。神像は神そのものと考えられているため、像に衣服を着せたり、より美しく飾り立てることで初めて完成する。とくに幼子クリシュナ像の装飾品は潤沢で、美しい洋服やアクセサリー、電飾などがつくられ販売されている。神を愛でるという行為のために各家庭が心を込めた装飾をし、それが産業として成り立っている。
また、神々を見つめアイコンタクトをするという行為も、ヒンドゥーでは重視される。図像がこちらを見返してくれるようなポスターはこうした信仰の表れだ。角度によって神が様々な方向からこちらを見返してくる3Dポスターなども制作されており、さらに近年はスマートフォンに保存する画像へと移り変わっているという。
神を人に憑依させ対話するということも行われている。ネパールのカトマンズ盆地を故地とするネワール人は、八母神(アシュタ・マートリカー)や女神(デーヴァー)、バイラヴ(シヴァの憤怒相)の破壊力や守護力を崇拝してきた。人々は神々の装束を身につけ、仮面を被り演じることで神と交感する。
ほかにも南インドのケーララ州に伝わる舞踊劇カタカリなど、神々の物語を演じつつ憑依させるという伝統が各地で見られる。会場では、これらの装束などを目にすることが可能となる。
さらにヒンドゥーの人々は、神々をステッカーやカレンダー、コミック本、マッチラベルなど、生活のなかで使うものに表し、生活のなかに取り入れている。会場に並べられた商品のバリエーションの豊かさに驚かされる。
第4章「ときの巡り」は、季節ごとに行われるヒンドゥーの祭祀を紹介する。1年中暑いと思われがちなインドだが、雨季や乾季もあり、季節の変化に合わせて農作業も行われていため、それにともない神々に感謝し、神々を祝う折々の祭祀がある。
色粉を掛け合うことでも有名な、冬が終わり種を蒔き出す時期に行われる「ホーリー」や、雨季の始まりに1ヶ月にわたりシヴァへの祈りを捧げる「サーワン月」、象の姿をしたガネーシャを神像に招来させて排する「ガネーシュ・チャトゥルティー」、秋の豊穣を祝うため富の女神ラクシュミーが主役となる「ディワーリー」など、様々な祭祀が行われている。
会場では祭祀に使用される像や道具とともに、その様子を記録した映像を上映。臨場感をもってヒンドゥーの祭りを体感できる。
約11億人とされるヒンドゥー教徒は、インドやネパールのみならず世界中に移り住み、それぞれの土地で神々の物語を伝える伝統を受け継いでいる。時代の流れとともに生活が変化しても、はるか太古からの神々への信仰をかたちを変化させながら続けていく、ヒンドゥーの奥深さに触れられる本展。ヒンドゥーの人々の影響力が増すいまの時代を生きるための教養としても、ぜひ訪れてほしい展覧会だ。