彫刻家・朝倉文夫(1883〜1964)の生誕140年を記念した展覧会「朝倉⽂夫⽣誕140周年記念 猫と巡る140年、そして現在」が⼤分県⽴美術館で8月15日まで開催中だ。
朝倉は⼤分県豊後⼤野市朝地町出身で、1909年に東京美術学校彫刻選科を修了。徹底した⾃然主義的写実を貫き、48年には彫刻家として初めて文化勲章を受賞するなど、⽇本の彫塑界をリードする中⼼的な存在として⼤きな⾜跡を残した。
本展では、朝倉の創作を振り返るとともに、大分を拠点に国内外で活躍する現代作家らが朝倉作品との共演を果たす。朝倉の彫刻作品、なかでも「猫」の作品を軸に、現代作家らによる視点で新たな解釈が加えられている点が特徴となっている。
広い展示会場でまず目にするのは、朝倉による彫刻の数々だ。朝倉は生涯約400点以上もの作品を制作しており、本展では、現存する作品のなかから約40点の代表作が時系列順に展覧されている。
とくに《進化》(1907)や《墓守》(1910)は、朝倉が20代の頃に制作した作品だ。そのテーマ性や写実的な表現からは朝倉の彫刻家としての早熟さを窺うことができるだろう。
朝倉の彫刻としてよく知られているもののひとつが、早稲田大学にある大隈重信の「肖像彫刻」ではないだろうか。朝倉が官展に出品をし始めた明治期、肖像彫刻は一般的な彫刻作品より下に見られており、評価対象とはなりにくい時代であった。
そんな状況下でも、肖像彫刻をつくり続けた朝倉は著書のなかで「形が似ないでその人の性格が現れているなどという事は、あり得ないわけで、…」(『日本近代彫塑の巨匠 朝倉文夫』第5集 より)と述べており、徹底した自然主義的な写実を貫いていたのだという。
さて、このような写実的な人物の彫刻の合間を縫って小さな猫の彫刻が点在している構成が、本展のコンセプトである「猫と巡る」を表しているといえる。
朝倉は無類の愛猫家としても知られており、数⼗体にものぼる猫の彫刻作品を制作。それらは、ともに暮らした猫たちとの思い出を⽇記を綴るかのように造形化されている。猫と生活をともにした経験のある人ならば、ハッとしてしまうほどその表情やポージング、サイズ感はリアリティにあふれている。
また、本展で印象的であったのは朝倉による言葉の数々だ。俳句に熱中し、正岡子規への師事を試みた経験もあった朝倉は、彫刻のみならず文章や俳句も残しており、会場の壁や什器には、展示作品と連動するようにその言葉が掲示されている。それらからは、朝倉の芸術に対する誠実な心と、眼の前の猫への慈愛に満ちた視線が感じ取れるようだ。
本展を「朝倉文夫の彫刻展」で終わらせず、メインである朝倉作品や猫を通じて、鑑賞者とのコミュニケーションを試みているのが、阿部健太朗と吉岡紗希による2人組の絵本作家・美術家ザ・キャビンカンパニーと、美術家・安部泰輔といった大分出身の現代作家らだ。
展示会場のラストを飾る大きな彫刻《明日の門》(2023)を手がけたザ・キャビンカンパニーは、本作を「彫刻であり、人形であり、神像であり、象徴であり、空間を含めた公園である」と語る。朝倉が生きた時代から現代の世界を含む、移ろいゆく世界をすべて飲み込んだ末の「自由に思考できる創造的未来」を表す存在として、鑑賞者の意識を外に開くことを促している。
美術家の安部は、古着やハギレを使って小さな立体(ぬいぐるみ)を制作し、そのプロセスも含めて作品とする観客参加型のインスタレーションを日本各地で展開する作家だ。本展では、安部がつねに意識しているという「パブリック」をテーマに、美術館をより開かれた場所にすることを試みている。
例えば、展示会場内では朝倉による猫の彫刻を展開図のように刺繍で写し取った《ネコバッグ》(2023)がある。平面として再構成された本作は、彫刻の新たな見方を提示するものだ。バッグという日用品を使用されている点も、パブリックの意識のなかで発想されたものだろう。
また、会場の外では安部による参加型インスタレーションが展開。古着やそこから生まれたぬいぐるみが森のような空間を成している。会期中、安部は毎日このなかにあるテーブルで参加者とともにワークショップを行っている。
ほかにも、現代作家やデザイナーらは本展を通じて「美術館を外に開く」という試みを試行錯誤し、実践している。それはウェブ上で展覧会ができるまでの裏側を公開したり、「朝倉文夫 屋外彫刻マップ」を掲載するといった素朴な取り組みではあるが、本展における大分出身の彫刻家の巨匠と、現代作家らによる時代を越えたコラボレーションは、美術展というやや堅い空間とその慣習を打破するような可能性を秘めているように思える。