文学、映画、美術、天文、物理など幅広い分野における先人達の先駆的な試みに関心を寄せ、ネオンを用いた作品を制作することで知られるケリス・ウィン・エヴァンス。その個展「L>espace)(...」が、東京・表参道のエスパス ルイ·ヴィトン東京で開幕した。会期は2024年1月8日まで。
ケリス・ウィン・エヴァンスは1958年ウェールズ生まれ。英国ロンドンのセント・マーチンズ・スクール・オブ・アートで美術学士を取得した後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのフィルム & テレビジョン専攻で修士号を取得。映画監督デレク・ジャーマンの助手を2年間務めた後、ダンサーとのコラボレーションや、ロックバンドとのビデオ制作などを通じて独自の実験映像の制作をはじめ、88年に短編映画『ディグリーズ・オブ・ブラインドネス』を発表した。これまで、アスペン美術館(2021)、ポーラ美術館(2020)、テート・ブリテン・コミッション(ロンドン、2017)、パリ市立近代美術館(2006)などで個展を開催しており、今年に入ってからは東京の草月会館1Fにあるイサム・ノグチ設計の石庭「天国」を舞台に新作を披露し、大きな注目を集めた。
ケリス・ウィン・エヴァンスの作品は、写真的イメージや、多くはネオンで示されるテキスト、光、音、ヴィデオなどを通じて、「空間における形の顕在化」を探求するものだ。空間に形となって出現すテキストは引用や原典がありながら、ときにそれらは鑑賞者を迷わせる。エスパス ルイ・ヴィトンはこうしたエヴァンスがつくり上げるものを「意味の迷宮」と評している。
本展で展示される5作品は、いずれもパリのフォンダシオン ルイ・ヴィトンが所蔵するもので、同館開館前の2007年に収集された作品群だ。
明るいガラス張りのエスパス ルイ·ヴィトン東京の空間を生かした今回の展示は、すべての作品が外部空間に溶け込むように配置されているのが大きな特徴。ネオンの作品も、人工光をあえて目立たせるのではなく、自然光と混ざり合うように意図されている。
展示室手前には、シャンデリアと映像で構成された《Lettre à Hermann Scherchen" from 'Gravesaner Blätter 6' from lannis Xenakis to Hermann Scherchen (1956)》は、シャンデリアの光の瞬きがモールス信号となり、隣り合う画面に流れるテキストを光として発信するもの。作品に使用されたテキストは、作曲家で建築家、エンジニアだったヤニス・クセナキスが指揮者ヘルマン・シュルヘンに宛てた手紙であり、そこでは「思考は直線的ではない」というクセナキスの主張がなされており、ケリス・ウィン・エヴァンスの作品とリンクする。
宙に浮いた2つのネオンの作品は、それぞれ「…in which something happens all over again for the very first time」(何かがまさに初めて一から再び起こるなかで…)、「Little you know the subtle electric fire that play within me, for you…」(君は知らない、あなたを想い、私の中で弾けるかすかな電気の火花を…)と読める。前者は一見矛盾を孕み、後者はネオンそのものの構造を思わせる。
また会場ではある「音」に気がつくだろう。それは20本のガラス製のフルートによって構成された《A=F=L=O=A=T》が発するものだ。フォンダシオン ルイ・ヴィトンのコミッションによって制作されたこの作品は、パイプオフガンで使用される送風機が20本のガラス管とチューブでつながれ、様々な音を奏でる。作品タイトルは作品そのものの状態(浮遊=afloat)と、1本のフルート(a flute)を想起させる。
この《A=F=L=O=A=T》とともに、赤松を使用した《Still life(In course of arrangement…)Ⅱ》が会場全体の空気を揺るがす。じっくり観察していなければわからないほどのスロースピードで回転するターンテーブルの上に置かれた松。この作品は、同じく植物によって構成されたマルセル・ブロータースの《Un Jardin d’Hiver(冬の庭)》に共感を寄せたものだという。
様々なコンテクストを内包するケリス・ウィン・エヴァンスの作品群。これらと会場でコミュニケーションをとるように鑑賞することをおすすめしたい。なお一風変わった「L>espace)(...」という展覧会タイトル名にも会場とリンクするような意味が込められているので、想像しながら会場を巡ってほしい。