「世界の数寄屋」をつくるプロジェクトとして、南紀白浜にバブル期に建設された「ホテル川久」。このホテルが歴史価値の保存と伝承を目的として昨年オープンさせた「川久ミュージアム」で、初めての展覧会「KAWAKYU ART Exhibition 2022」が6月1日より始まった。会期は6月30日まで。
川久ホテルは総工費400億という莫大な金額をかけてつくられた巨大施設で、延床面積はじつに2万6000平米。1993年には優れた建築作品と設計者に贈られる「村野藤吾賞」を受賞している。まず驚くのはその館内だ。
1階の巨大なロビーの天井は、フランスの人間国宝(Master of Art)である金箔職人ロベール・ゴアールが貼り付けた19万枚もの金箔で覆われており、空間全体が黄金色で満たされている。
この圧倒的なロビーに24本も立つ巨大な柱は、左官職人・久住章がドイツで習得した「シュトックマルモ(疑似大理石)」技法によって仕上げられたもので、蒼い円形の列柱としては世界で唯一無二だという。そのほか、1500平米のロビー床を埋めつくすローマンモザイクタイルや、壁面のビザンチンモザイク、オーナーズコレクションとして収集された骨董コレクションなど、見るものを飽きさせない。
「夢の城」でアーティストが滞在制作
「夢の城」ともいえる川久ホテル。そのアートを担う「川久ミュージアム」が今年からスタートさせたのが、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)だ。このAIRは美術だけでなく、音楽や建築、文学、デザインなど様々な分野に開かれたもので、審査員・キュレーターは、板橋令子、黒沢聖覇、陳暁夏代、服部浩之、原久子、宮本初音が務めた。
川久ミュージアムが持つある種の「魔力」と、アーティストの創作が化学反応を起こすことを目的としたこのAIR。60件を超える応募のなかから、第1回レジデンスアーティストとして、稲垣智子、井上修志、植田陽貴、梅原徹、長嶺慶治郎、宮本華子の6名が選ばれ、5月9日から約3週間をかけて滞在。「実在する夢」をテーマに新作を制作した。その成果展となるのが、「KAWAKYU ART Exhibition 2022」だ。
例えば井上修志は巨大な和室を会場に、インスタレーション《床を上げる》を制作。「床を上げる」とは通常、寝具を片付けることを意味するが、井上はその言葉通り、床を底上げしてみせた。白浜で発生した廃棄物という現実社会の産物を畳の下に配置することで、夢のような空間と現実とを接続させている。
稲垣智子はサラ・チェリベルティの巨大な天井画が覆うホールで《Mirrors》を見せる。屏風を思わせる支持体には、ホテル川久で働く従業員たちが出演した映像が流され、ホテルの隠れた側面を見せている。創業当時の華やかさがいまなお残るホールと、現実を巧みにつなぎ合わせた作品だ。
また本展では、キュレーター推薦アーティストとして、市川大翔、しまうちみか、林菜穂、松元悠の4名と、和歌山県紀南地方を中心に活動するアートイベント「紀南アートウィーク」から「みかんコレクティヴ」も参加。
ネオンを用いた作品を展開する市川大翔は、3つの異なるネオン作品と寿司カウンターという細長い特殊な構造を組み合わせ、夢に落ちる瞬間と目覚める瞬間を彷徨うような空間を創出した。
川久ホテルという非常に個性が強い場でのAIRプログラム。発起人であり、プロデュースを手がける陳暁夏代は、「世界中、日本中に様々なAIR施設があるなか、川久ホテルでプログラムを行う意味に着目してプログラムを組んだ」と語る。
「ホテルが作品そのものともいえる。アーティストたちは川久ホテルが持つ個性に負けない作品をつくれるかを考え、展示を行った。アーティストと場所が生み出すシナジー、融合に着目してほしい」。
なお川久ミュージアムでは、今後もホテル川久をアーティストに提供するレジデンス事業を継続する予定だ。南紀白浜をアートで盛り上げようとするその眼差しに、今後も注目したい。