NEWS / REPORT - 2019.12.31

(親愛なる)セーフティ・ネットへ:ハグとキスを。Nukemeが見たアート・コレクティブDIS

2020年1月5日まで、渋谷パルコの「OIL by 美術手帖」ギャラリースペースにて、八木沢俊樹が手がけるバッグブランドTOSHIKIとのコラボレーション展、DIS with TOSHIKI「XOXO, SAFETY NET」を開催するアート・コレクティブDIS。かねてよりDISに注目し、ファンであることを公言するファッションデザイナーでアーティストのNukeme(ヌケメ)が、本展を足がかりにその活動をレポートする。

文=Nukeme(ファッションデザイナー・アーティスト)

DIS with TOSHIKI「XOXO, SAFETY NET」の展示風景 撮影=濱田晋

 DISは2010年にニューヨークで結成されたアート・コレクティブである。メンバーはローレン・ボイル、ソロモン・チェーズ、マルコ・ロッソ、デイヴィッド・トーロの4名。(*1)

 その活動はオンライン・マガジンの形式をとった「DIS Magazine」(*2)に始まり、新しいストックフォト・サービスとしての「DISimages」(*3)、ライフスタイルのためのオンラインストア「DISOWN」(*4)など、多岐にわたる。16年にはベルリン・ビエンナーレの総合ディレクターをDISが務めるなど、国際的な評価も高い。(*5)現在、日本では初となるDISの展覧会、DIS with TOSHIKI「XOXO, SAFETY NET」(〜20年1月5日)が、渋谷PARCO内にあるOIL by 美術手帖の実店舗で開催されている。

 彼らの作品について言及する前に、僕とDISとの出会いについて記しておきたい。

DIS with TOSHIKI「XOXO, SAFETY NET」の展示風景 撮影=濱田晋

ミーム彫刻、あるいはゴミ画像について

Tumblr <no-reply@tumblr.com>

2011/11/18 17:51

To 自分

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TumblrBotより愛をこめて

 Gmailの履歴をさかのぼると、僕がTumblrのアカウントを開設したのは11年11月18日のようだった。いまから8年前。Tumblrの日本語版がリリースされた年だ。(*6)当時はまだ英語が話せなかったから、日本語版のリリースを待っていたのかもしれない。

 ここからたった2年で米Yahoo!に買収されることになるとは、いま思い返しても胸を衝かれる(そして米Yahoo!にそんな資金的余裕があったことに驚いた)。

 Tumblrは、僕にとってのインターネットそのものだった。ほかの数多のオンライン上の流行と同じように(*7)失われた未来のひとつになってしまったけれど、気持ちはいまも変わらない。あの頃没頭した時間は、人生のなかでもかけがえのないものだった。

 最初に「DIS Magazine」の存在を知ったのも、Tumblrのダッシュボード上でのことだった(*8)。当時、一部の友人たちとの間で「ゴミ画像」と呼ばれる画像群があった。

 作成された意図や画像内の状況が読み解けず、誰によってなんのために存在しているのかわからない、初見では無意味なゴミのようにしか思えない画像、というような意味でこの言葉を使っていたと思う。広義においてはインターネット・ミーム(*9)の一種ではあるものの、いわゆるミームのメインストリームからは少しはずれたもの、として僕は理解していた(*10)。

 ここで言うミームのメインストリームとは、例えば犬や猫などの様子を愛でるもの、セレブなどの写真にテキストを加えて二次的な意味を加えたもの、どこかで見つけたシュールで笑える風景、現在の社会や政治を揶揄する画像、などを指す。

 そういった画像も、同じような無意味性や、作者性の希薄さを携えていたりするが、「ゴミ画像」と異なるのは、その意図を読み取ることが基本的に可能で、むしろ意味や内容(コンテント)が鑑賞者に伝わるように配布されている、という点だ。

 ゴミ画像を愛でる行為は、よくわからない画像のシュールさを笑う、というような通俗的な鑑賞行為とは異なっていた。

 その体験はむしろ、混乱を楽しむ、という感覚に近かった。それは伝えるべき内容を持たない暗喩であり、意味の破綻したコミュニケーションであり、鑑賞者を必要としない純粋なイメージだった。

 画像のおかしさに一瞬笑ったとしても、その奥にある虚無の感覚にゆっくりと心が引き込まれ、最初にあったはずのおかしさと虚無感の間で認知が混乱を始めてしまうような、そういう画像が僕にとっての「ゴミ画像」だった(*11)。

 DIS Magazineを初めて見つけたとき、僕は「ゴミ画像の佇まいを強烈に洗練させている人たちがいる」と思った。

 DIS Magazineはオンライン・メディアの(もっと言えばファッション雑誌風の)形式を持ち、複数のアーティストたちとの共同制作によって、人々のライフスタイルに関連する奇妙な企画を次々と生み出していた。そこにあったのは、ファッション雑誌には決して掲載されることのない、企画会議の段階で確実に破棄されたであろう数々のイメージだった(*12)。

 クレジットには製作者の名前があり、企画ごとに意図が明記されていて、鑑賞者に向けてつくられたことが明らかであるにも関わらず、ずっと見ていても混乱がなくならない。部分的な意味は理解できるのに、ほかの部分に意識を移すと、全体の統合に齟齬が生じてしまう。

 この感覚はなんだ?

 Confusion is the new luxury(混乱こそが新しい贅沢なのだ)

─Shawn Maximo

 この言葉は、後のDISimagesやベルリン・ビエンナーレにも参加しているカナダ人アーティスト、Shawn Maximo(*13)のプロジェクトタイトルだが、僕がDIS Magazineに対して感じていた魅力をうまく言い当てられていると思った。

 彼らのディレクションの力を、卓越したユーモアのセンスと批評精神によるもの、と説明することもできるが、これは彼らの悟性(*14)によるものだ、と言うほうが個人的にはしっくりくる。

 メインストリームのなかで捨てられてきたアイデア。生活のなかで(知っていたのに)とくに意識されてこなかった質感。彼らはコンテクストの外側に排除されてきた何かを、スタジオに持ち込み、軽やかな手つきでスポットライトを当てて見せる。

 僕にとって、DISは思考のプロセスそのものを考察する集団だった。

DIS with TOSHIKI「XOXO, SAFETY NET」の展示風景 撮影=濱田晋

ソーシャル・ネットワーク以前のインターネット

 3.11以前にインターネットからアート画像を収集するのに夢中になってる時期があって、それはまだInstagramやTumblrが普及する前でした。当時はブログ機能を使って、ただひたすら作品をアップしていくサイトが少し流行っていて、それらをこまめにチェックしていました。代表的なものとしてvvorkが挙げられます(*15)。このようなサイトから新しいアーティストを見つけるのが一種の趣味でした。この頃はまだネット上に落ちているアート情報は、自分にとっては玉石混交といった印象のなかで、先鋭的なアーティストたちをひとつの思想を持ってキュレーションした「DIS Magazine」の誕生は、インターネットに魂が宿った瞬間だと感じました。現在の私の制作において、彼らの影響は計り知れないものがあります。

─八木沢俊樹

 八木沢はバッグブランド「TOSHIKI」のデザイナーだ。(*16)vvorkがあってTumblrがなかった頃、というのは、おそらく06年頃のことだろう。(Tumblrは07年にサービスを開始)(*17)vvorkは現在、Rhizomeによってつくられたアーカイヴで閲覧することができる。

 その頃の記憶で思い出せるのは、『STUDIO VOICE』(インファス)の映像特集号で、宇川(直宏)さんがYouTubeの堀り方を解説している記事が印象的だったことだ(*18)。

 当時、YouTubeはまだ生まれたばかりの目新しいメディアだった。そして06年はTwitterがサービスを開始する年でもある。

 現在のネット状況の前史とも言える、ソーシャル・ネットワーキング・サービスが少しずつ力を蓄え、盛り上がり始めていた時期だった。

 彼らが「DIS Magazine」を始めたのと同じ頃に、僕は日本でブランドをスタートさせました。彼らと一緒に何か仕事をしたいという強い思いがあったため、すぐに連絡を取り始め、僕が運営する「JAPAN PHOTO AWARD」の審査員に二度協力してもらった後、TOSHIKIとのコラボレーションにつながっていきました

─八木沢俊樹

 09年12月には批評家のジーン・マクヒューによる「Post Internet」(*19)というブログが公開され始めるなど、新しいサービスが誕生するだけでなく、インターネットをとりまく文化的環境全体が、大きくうねるように変化していた。

展覧会のために来日したDISの2人。左からデイヴィッド・トーロ、ソロモン・チェーズ

dis.artの誕生と、未だ失われていない未来へ

 DISは単語の前につける接頭辞です。それは逆の動作を示します。反対する(dis-agree)、切り離す(dis-connected)、嫌悪する(dis-taste)、それは物事に対してクリティカルなアプローチをする、という我々の態度を象徴的に表現しています。

 私たちが行いたいと思っているのは、オルタナティブを見つけ出し、扉を開くことで、解決策を提供することです。

─ソロモン・チェーズ「XOXO, SAFETY NET」関連トークイベントより

 そして18年1月、DISはオンライン・エデュテインメント・チャンネル「dis.art」を開始し、活動の主軸を移した。 

 現在展示されている、DIS with TOSHIKI「XOXO, SAFETY NET」の作品も、「dis.art」にある彼らの映像作品が元となっている。

 今回のコラボレーションでバッグのデザインに用いられているのは、《PUBLIC SERVICE ANNOUNCEMENT》(*20 )という映像作品だ。

 この作品は、『ゲーム・オブ・スローンズ』のナイト・キング(夜の王)が登場する「エピソード01:”A GOOD CRISIS”」、『ゴシップ・ガール』をパロディ化した「エピソード02:”OBAMA BAROQUE”」、そしてベーシック・インカムとエイズ予防薬について語られる「エピソード03:”UBI:THE STRAIGHT TRUVADA”」の3エピソードから構成される。(*21)

 この3つの作品は、08年にアメリカで起こった金融危機に端を発する。

 最初のエピソードのタイトルである”A GOOD CRISIS”とは、第2次世界大戦後にウィンストン・チャーチルが言ったとされる、“Never let a good crisis go to waste. (せっかくの危機を無駄にしてはならない)”に由来する(*22)。

 意訳するなら、大きな破綻が起こったとき、社会の建て直しが必要なときにこそ、自分たちがつくりあげてきた負の遺産について再考し、よりよい社会に変革するチャンスなのだ、という意味だろう。

 だが、それは決してうまくはいかなかった。

 経済危機から10年後の18年に、DISがこの3部作を制作したモチベーションはここにある。無駄にしてしまった危機。失敗した革命。埋まることのなかった貧富の差。

 失われた未来のなかには、いまよりもマシな現在があっただろうか?

“What possibilities for social or economic change did the 2008 financial crisis create, and in what ways were these changes realized? Was it a “good crisis,” and if so, good for whom?[...]Is there hope that this current crisis might not also “go to waste”?

2008年の金融危機は、社会的または経済的な変化の可能性をどうつくり出し、どのように変化を実現したのだろう? それは「良い危機」だっただろうか?もしそうなら、誰にとって?(中略)この現在の危機が「無駄にならない」かもしれないという希望はありますか?

ーニュー・ミュージアムでの「A Good CRISIS」のリリース文より

 もはやインターネットについて語ることは、社会について語ることと同じになってしまった。かつてのユートピア予定地だったバーチャル空間は、いまや巨大なディストピアとなって、現実に襲いかかる。

 「考え直さなければならない」ということを人々は知っている。しかし、何を? どのように? いつまでに?

 彼らが掲げる「エデュテインメント」は、Education(教育)とEntertainment(娯楽)を合わせた造語だ。多少乱暴な要約をするならば、それはアートの形式を借りた道徳だと言えるだろう。それは答えを与えるようなものではなく、考えるという行為自体を楽しむきっかけを与えるものだ。

 慣れてしまえば考えることは楽しい。本を読むにせよ、誰かに教わるにせよ、他人が勉強したことを、それよりも短い時間で学習できることは尊い。知性と想像力が人生や社会を救う網として機能することを、僕は信じている。

 展覧会は20年1月5日まで開催されているので、ぜひ見てほしい。もし興味が湧いたなら、dis.artにアクセスするのもお勧めする。シリアスな政治的テーマを、彼らがどのように視覚化したかを見ることができるだろう。

 (親愛なる)セーフティ・ネットへ:ハグとキスを送る。

DIS with TOSHIKI「XOXO, SAFETY NET」の展示風景 撮影=濱田晋

*1──英語のスペルはそれぞれLauren Boyle, Solomon Chase, Marco Roso, David Toro。活動の初期には7名いたようで、Wikipediaによると残る3名はNick Scholl, Patrik Sandberg, Samuel Adrian Masseyのようだ。その3人がいた頃のインタビューはこのリンクから読むことができる。
*2──DIS Magazine。第1回目の特集はLabor (労働者) 特集
*3──2013年に公開。24日間、レッドブルの撮影スタジオをレンタルし、アーティスト達を招いて大量のイメージを制作した。MASSAGEのレビューによると12年にスタートしたように読めるが(この講義は僕も行ったし、講義内容の録音でも12年と発言していたので、僕もそう思っていた)、総合すると「12年に制作スタートし、13年に発表した」ということなのだろう。Rhizomeでも(公開時期は)13年のプロジェクトと明記されている。
*4──2014年開始。現在は購入不可となっているようだ。DISが制作したものもあるが、主となっているのはDISがセレクトしたアーティストによる作品で、セレクト・ショップという形式に近い。まさに今回のOILでの展示にもつながるようなアプローチだ。
*5──筆者がレポートしたベルリン・ビエンナーレ記事。いま読むと、若干ノリが軽いのが恥ずかしい。
*6──Tumblrはアメリカ発祥のマイクロブログサービス。2007年3月1日にサービス開始。11年に日本語版公開。その2年後の13年に米Yahoo!に買収される。
*7──Most Popular Social Networks 2003 - 2019。2003年から19年までのSNSの登録者数の推移を表した動画。この十数年で状況が激変したことが伺える。
*8──Tumblrは、Twitterのような言語ベースのコミュニケーションと違って、画像やGIF動画など、非言語によるコミュニケーションがメインとなるため(テキストの投稿ももちろんあるが)、海外のアカウントをフォローするのにほとんど抵抗がなかった。また、非言語であるがゆえに、より動物的で瞬間的なコミュニケーションに向いていた。
*9──インターネットを介して、人から人へと模倣されて広がっていく画像や行動のこと。元々は遺伝子研究の用語で、直訳は「模倣子」
*10──この説明を読んで、「#なぜ保存したかわからない画像」を思い浮かべる人も多いかと思うが、それはメインストリームの側だと僕は思う。ゴミ画像の感覚は、ハッシュタグで言うならば「#情報量の多い画像」のほうに近い。ただ、もっとわかりにくい、笑っていいかどうか判別のつかない画像が「ゴミ画像」には含まれていたと思う。「#情報量の多い画像」についてはこちらを参照。
*11──インターネットという空間は、無限のストレージを持つことができるゆえに、ゴミも放り込み放題である。
*12──例えばnipple clampの企画はわかりやすい。
*13──http://www.shawnmaximo.com/より。日本語は僕の訳だが、「混乱は新しい贅沢です」と訳すと、"the"の持つ強調の意味合い(まさにそれ、たった一つの、というようなニュアンス)が失われてしまうので、「こそが」という強調を加えてみた。
*14──悟性はカントによる概念。人間の認識能力のひとつで、経験を伴った知性、という感じ。
*15──Rhizomeによってアーカイブされたvvorkと、vvorkについてのRhizomeの記事
*16──Toshiki Japan
*17──Contemporary Art Dailyが始まるのも2008年だから、たしかにその頃はアートブログというのがあまりなかったのかもしれない。
*18──『STUDIO VOICE』(インファス)2006年10月号「映像表現のニューヴィジョン-宇川直宏『You Tube』動画発掘レヴュー!」のこと。Youtubeは2005年にサービスを開始している。
*19──Rhizomeによるアーカイヴ、POST INTERNET - GENE MCHUGH。このへんの状況についてはインターネットリアリティ研究会が詳しい。
*20──略称は「PSM」。意味は公共広告。日本で言えばACのようなもの。「電車のマナー」「ドラッグの危険性」「読書の有用性」など、公共性の高い内容を一般に知らせるもの。
*21──dis.artは基本的にサブスクリプション型のサービスだが(月額4.99ドル)、この3部作については現在無料で視聴できる。
*22──A GOOD CRISIS - NEW MUSEUM