メディア・アーティストの落合陽一が、自身にとって2回目となる写真展「情念との反芻 -ひかりのこだま、イメージの霊感-」をライカプロフェッショナルストア東京で開催する。会期は9月5日〜10月12日。
今年1月の写真展「質量への憧憬 ~前計算機自然のパースペクティブ~」では、「質量」「物質性」などをテーマに写真を発表した落合。今回は、「ライカM10-P」「ライカM10-D」「ライカSL」という3台のカメラとライカレンズを用いて撮影した、物理現象が生み出す滲みやハレーションをとらえた写真を展示する。
ギャラリーの外と中など、3つの空間を用いた本展。まず、メイン会場へと続く外の廊下に展示されるのは、1966年からみた未来像=もしも世界を表現した写真群だ。なぜ66年なのか。それは、落合が用いたカメラレンズのひとつが66年製であることにも由来する。マカオ・コタイで行われる世界最大規模の水上ショー「ザ・ハウス・オブ・ダンシング・ウォーター」、空気汚染が光に独特の滲みをもたらす中国・深セン市の風景、そして、無造作にちらしが貼られたイギリス・ロンドンの電話ボックス。ここでは、アジアとヨーロッパの様々な風景のなかにある光を見ることができる。
そして、本展で一番広い面積を持つ中央の空間では、落合が「自分が生まれ育った六本木の街に似ている」と言い、幼少期より頻繁に訪れてきたという香港の街並みや、自身のメディア・アート作品にもしばしば登場する蝶や波といったモチーフがとらえられた写真が並ぶ。
ここで注目したいのは、香港・湾仔で撮影したという大型の写真作品《湿った光に絡みつく情念と自然》(2019)。ハレーションがありながらも繊細に細部を見て取れる本作では、画像加工ソフトでは実現できないような質感を堪能できる。
その横にある《複製画の村の少女》(2019)の舞台は、世界最大の「油画村」と呼ばれ、有名画家の複製画制作が産業として確立している中国・深圳市にある大芬(ダーフェン)。一見幻想的でありながらも、少女、絵画、QRコードなど、見えてくる様々な要素がその背景への想像を促すだろう。
ふたたび会場の外に出て、建物奥へと続く廊下へ。そこに展示されるのは、落合が「人間の残響」と言い表す、かつてその場を行き来した人の気配を残す岡山の無人島・釜島の廃屋をとらえた《残響》(2019)。そして東京で一番好きだという秋葉原の夜景を写す《電気街と歳構造》(2019)などが連なる。
落合が写真に興味を持つ大きな理由のひとつには、メディア・アートの保存問題があるという。壊れやすくもあり、日進月歩の技術が却って再現性を損なうこともあるメディア・アート作品。そうした壊れやすいメディア・アートを、作者の切り取りたい視点で物質的に残すための表現手法のひとつとして落合の思考が現れるのが、枯れ木や流木をとらえたプラチナプリントの作品群だ。これらの作品の横には愛用のカメラも展示されている。
「風の谷のブレードランナー」とは、落合とその友人との会話の中で生まれた、『風の谷のナウシカ』と『ブレードランナー』の物語の中間にあるようないまの日本の姿を表す言葉。前回の写真展のテーマのひとつでもあったこのキーワードは、本展にも通底している。
技術の進歩により、高精細の写真撮影がいかようにも可能になった現代。そのうえで滲みやハレーションに意味を見出し、偶然性や情念といった概念に重きを置く落合の試行を見てほしい。