「マクドナルドラジオ大学」は、その名の通り、マクドナルドの店舗を大学に変えるという高山明のプロジェクト。2002年に演劇ユニット「Port B」を結成した高山は、演劇的発想・思考をベースに、実際の都市を使ったインスタレーションやツアー・パフォーマンスなどを積極的に発表してきた。
17年、高山はドイツ・フランクフルト市内にある実際のマクドナルド7店舗でこの「マクドナルドラジオ大学」を初演する。本プロジェクトの概要はこうだ。「学生(一般客)」はマクドナルドに入店し、マクドナルドのメニューとともに「教授」の講義を注文。「教授」は店内のどこかでピンマイクを通して講義を朗読しており、その声を「学生」の手元にあるポータブルラジオで聞くことができる。「教授」はそれぞれの国で日常を送っていたにも関わらず、なんらかの理由で故郷を離れた移民や難民が務める。
昨年には東京・南麻布のMISA SHIN GALLERYにおいて、マクドナルドの店舗を模した「マクドナルド放送大学」が行われたが、今回ついに本物のマクドナルドがその舞台となる。
六本木アートナイト2019のプログラムのひとつとして行われる今回は、アートナイト側からの働きかけがあり、実現へと至った。マクドナルド側は、当初から前向きに実施を検討してきたと言い、日本マクドナルドコミュニケーション本部の長谷川崇は「高山さんのプロジェクトを通して、お客様に特別な体験を提供できれば」と話す。
日本における実店舗での最初の実施となった今回。会期中には実際にライブでのレクチャーが行われる。メディア向けのプレビューでは、シリア・アレッポからフランクフルトへと逃れた難民が書いたテキストを、30年前にイランから日本へと亡命してきた男性が「メディア学」の講義として代読した。
ギャラリーとはまったく異なる実店舗での実施。高山は「東京に一極集中し、ほかの地域が見えなくなってしまうような現在において、そういった声が東京のど真ん中で響くというのは、うまく言えないですが、良いなと思いました」と話す。「僕は演劇をやってきた人間。設えた空間・時間で何かをつくりこむということはやってきましたが、マクドナルドはノイズもたくさんあるし、コントロールできない部分が多くなる。僕は舞台よりも街の中に入り、都市の機能になるような活動をしたいと思っているので、そういう意味で、実店舗でできたことは大きいですね」。
いまやマクドナルドに限らず、チェーン店では数多くの外国人が働く姿を目にする。高山はそういった空間が、劇場などよりも多文化共生が実現しているのではないかと指摘する。「劇場も、多人種・多文化を舞台上にインストールしようとしていますが、客席はそうでもありません。いろんな声が聞こえるほうが豊か。マクドナルドと劇場の客席、どちらが未来形として良いのか、ということを考えさせられます」。
様々なノイズが混じるポータブルラジオでの講義。高山はこれを通して、受講者に何を伝えようとしているのだろうか。「難民問題を知ってもらうだけだったら、こんな手段で訴える必要はない。このパーフォマンスで訴えたいことというのは、じつはあまりないんです。むしろ日常を生きるなかで、だんだん固まってくる身体感覚が、講義を聴くことでちょっと組み換えられたり、あるいはクリアではないラジオによって普段クリアなものばかりに接している目や耳、考えがズラされる。ちょっと違う景色が見えること、そこに価値があると思います」。
今回、一夜限りの開講となるマクドナルドラジオ大学では、3つのライブ講義が行われるほか、あらかじめ録音された13の講義を聴講することができる。この機会を逃さず体験してほしい。