土をかたちづくり、焼く。「やきもの」そのものには長い歴史がある。しかし、実用品としての「うつわ」から離れ、自由な立体表現として陶芸が展開していった歴史は意外にも新しい。
兵庫・丹波篠山の兵庫陶芸美術館で9月19日から開催される特別展「ゲンダイトウゲイ*ミニ*クロニクル―やきものはアートだ!」は、そんな戦後日本の現代陶芸の歩みを、美術館のコレクションを中心にたどる展覧会だ。
98歳の現役作家・林康夫。その80年近い挑戦
タイトルの「クロニクル」には年代記という意味だけではなく、「壮大な物語」という意味も込められている。本展では約80年のすべてを網羅するのではなく、各時代を象徴する作家と作品を緩やかな年代順に紹介。それぞれの時代に陶芸家たちが何を考え、どのように「陶」の可能性を押し広げていったのかを浮かび上がらせる。
本展の大きな柱となるのが、現代陶芸のパイオニアのひとりである林康夫だ。林は1928年生まれ。47年に、京都で前衛的な陶芸制作を目指して結成された「四耕会」に19歳で創設メンバーとして参加。戦後間もない時代から、従来の陶芸の常識にとらわれない「陶のオブジェ」を生み出してきた。
本展では、その創作を1940年代の初期作から2025年制作の最新作まで、40点余りによって紹介する。98歳となった現在も制作を続ける林の軌跡は、そのまま日本の現代陶芸史の一断面を見ることにもつながるだろう。



また戦後の陶芸を語るうえで欠かせない存在が、1948年に京都で結成された前衛陶芸家集団「走泥社」だ。本展には、その創設メンバーである八木一夫、山田光、鈴木治の作品が登場する。加えて、1950年代半ばから陶彫に取り組んだ彫刻家・辻晉堂など、陶芸の黎明期を切り拓いた作家たちの作品が一堂に会する。
八木一夫の《貌》(1977)をはじめ、その姿は一般的に想像される「陶器」からは大きく離れている。機能を持った器ではなく、土そのものを造形の素材としてとらえること。戦後の作家たちは、同時代の美術の動向とも共振しながら、「陶芸とは何か」という問いそのものを書き換えていった。


巨大化、インスタレーション化。そして陶芸はさらに自由に
陶芸をめぐる試みは1980〜90年代になるとさらに変化し、作品は大型化、空間そのものを取り込むインスタレーションへと拡張していった。陶芸は「工芸」というジャンルの内部だけではなく、現代美術の一領域としても存在感を増していった。
本展には三島喜美代、坪井明日香、深見陶治、秋山陽、八代清水六兵衞、重松あゆみ、田嶋悦子ら、各時代の陶芸表現を牽引してきた作家が多数参加。さらに2000年代以降の世代へと視線をつなぎ、竹内紘三や増田敏也、金理有、田中悠などによる、現代ならではの表現も紹介される。




例えば増田敏也の《Low pixel CG「ボーナスポイント(パイナップル)」》(2019)は、デジタル画像のピクセルを思わせる造形を、陶によって立ち上げた作品だ。同作からは、現代陶芸が私たちのイメージする「やきもの」からどれほど遠くまで進んできたのかが伝わってくる。


もうひとつ見逃せないのが、2005年に27歳で亡くなった西田潤の《絶 No.10-a,b》(2001)だ。2000年以降、数々の公募展で受賞を重ねながら早世した西田。本展では、その代表作が10年ぶりに展示される。激しくうねるような土と釉薬の塊からは、陶という素材に向き合った作家のエネルギーがいまなお生々しく感じられるはずだ。

「ゲンダイトウゲイ*ミニ*クロニクル」というタイトルには、少し肩の力を抜いて現代陶芸の歴史に触れてほしいという展覧会の姿勢もにじむ。難しい美術史を順番に覚えるのではなく、まず作品を見て、「これもやきものなのか」と驚く。その驚きの連続のなかから、作家たちが前の世代の表現を乗り越え、新たな造形を生み出してきた歴史が見えてくるだろう。
会期中には、増田敏也のスライドレクチャーや同館館長・奥村泰彦とのクロストーク、2種類の土から2種類の立体作品を制作するワークショップ、学芸員によるギャラリートークも予定されている。作品を見るだけでなく、つくり手の言葉や制作体験から現代陶芸に接することができる機会となりそうだ。

































