2011年3月11日に発生した東日本大震災。青森県立美術館で、この震災から10年という節目に4人のアーティストとともに向き合うグループ展「東日本大震災10 年 あかし testaments」が開催されている。会期は2022年1月23日まで。
本展は、時間とともに薄れゆく震災の記憶を、いかに次世代へとつなぎ、教訓を伝えていくかという課題を、時代の趨勢から取りこぼされてゆくものに目を向けてきたアーティストたちの作品を通して考えるもの。参加作家は、北島敬三、コ・スンウク、山城知佳子、豊島重之(故人)だ。
北島敬三は(1954年長野県生まれ)は40年以上にわたり写真家として活動し、国内外で高く評価される日本を代表する写真家のひとり。1975年に「ワークショップ写真学校」森山大道教室に参加して以降、本格的に写真を始める、初期には都市の街路を行き交う人々を出会いがしらに捕らえたモノクロームのスナップショットが高い評価を得た。80年代末以降は大判カメラを用いた肖像写真のシリーズ「PORTRAITS」と、日本の地方を巡り、見過ごされ、打ち捨てられた風景を撮影したシリーズ「PLACES」に着手。この「PLACES」を前身に、2012年から新たに始めたシリーズ「UNTITLED RECORDS」では、東日本大震災の被災地も被写体となっている。
コ・スンウクは(1968年韓国済州島生まれ)は、韓国の現代アートシーンの最前線で活躍する美術家のひとり。ソウルの弘益大学で絵画を学び、美術学士号を取得。実験的なアートを発信するオルタナティヴ・スペース「プール」のディレクター(2007〜2009)を務めた後、12年には故郷の済州島に活動の拠点を移し、同地の歴史的出来事に関わる記憶をテーマに、死者という不可視の存在者との対話を促す詩情豊かな写真や映像作品を制作している。日本での展示は「民衆の鼓動 韓国美術のリアリズム1945-2005」(2007年、新潟県立万代島美術館他)に続き2回目だが、旧作を含む大規模な展示は今回が初めてとなる。
現在、もっとも注目される中堅アーティストのひとり、山城知佳子(1976年沖縄県生まれ)は、映像や写真、パフォーマンスなどによって出身地・沖縄を主題に作品を制作。沖縄戦や基地問題など歴史や社会の具体的な事象に触れた初期の作品を経て、近年は言葉にならない記憶を伝えるべく、抽象的なイメージやフィクションの要素を効果的に取り入れた作品を展開している。
唯一故人としての参加となる豊島重之(1946〜2019)は、精神科医として勤務する傍ら、演劇、美術、批評など多方面で才能を発揮。生涯八戸を拠点としながらも、10ヶ国を超える海外の舞台で作品を発表するなど、国際的にも活躍した。東北大学医学部学生時代から、ダダカンこと糸井貫二と共同作業を行うなど、1960年代の前衛のアートシーンに関わり、86年には劇団「モレキュラーシアター」を結成。先鋭的なパフォーマンスで、舞台芸術の新しい地平を切り拓いた。
本展参加作家には共通する点が多い。4人は自然災害や大事故、そして戦争など、過去の負の出来事を見つめ、そのなかで「見えなくなったもの」をすくい取ろうとするアーティストだ。また、いずれもが「地方」と関わりをもって作品を制作をしており、政治や経済の中心から遠く離れて「見えなくなったもの」が堆積した「地方」の記憶を、映像表現を通して浮かび上がらせている。
震災から10年の時間が経過し、被災地の状況などは次第に見えにくくなりつつある。本展は、4人のアーティストによる計約100点の写真や映像作品が展示室にともす「灯=あかし=証」を通じて、時間がもたらす風化や忘却の暗闇の中に、災厄をのりこえ、ともに生きるための世界を照らし出すものとなる。
なお、本展は震災をより広い歴史のなかで、より多角的にとらえるために、青森県立美術館担当キュレーター・高橋しげみに加え、歴史や政治、そしてアートについて深い思考を巡らせてきた李静和と倉石信乃が共同キュレーターとして参画。これまでにない試みとして注目したいポイントだ。