尹煕倉(ゆん・ひちゃん)は1963年兵庫県生まれ。86年東京造形大学造形学部デザイン学科卒業、88年多摩美術大学大学院美術研究科絵画専攻(陶芸)修了。95年文化庁芸術家在外研修制度にてイギリスに1年間滞在制作、2010年文化庁新進芸術家海外研修制度の特別研修により大英博物館にて調査・研究をするなど、国内外で活動をしている美術家。現在は東京を拠点としており、多摩美術大学教授も務めている。
これまで、「そこに在るもの」(静岡県立美術館、1997)をはじめ、近年では「『ある』の風景」(ギャラリー小柳、2012)、「一抹:a touch of powder」(ギャラリ—キャプション、2013)など全国で個展を開催。グループ展では「第4回光州ビエンナーレ」(韓国、2002)のほか、「Moving: Norman Foster on Art」Carré d'Art - Musée d'art contemporain(ニーム、フランス、2013)、「人が大地と出会うとき」(愛知県陶磁美術館、2016)などがある。そのほか、パブリック・アートプロジェクトに、兵庫大学4号館、静岡県立静岡がんセンター、愛知製鋼株式会社「聚楽邸」、「KEYAKI GARDEN」(東京)など、日本中で作品を見ることができる。
尹は「四角いかたち」と「陶」を主たる表現要素としており、80年代末より「そこに在るもの」と名付けられた立体のシリーズを、2000年には陶粉による平面作品「何か」のシリーズを発表。そして12年に、京都・鴨川の砂を焼成して描いた陶粉画のプロジェクト「砂の流れーSand River Work」を開始した。「その場所にある材料で、その場所のことを現す」というテーマのもと、現在までに鴨川や揖保川といった国内の砂をはじめ、テムズ川、セーヌ川といった海外の砂も採集し、旅をしながら「陶」でしか成し得ない独自の表現を探求し続けている。
そのような世界中で活発に活動を行っている尹の個展「Sand River Work 砂の流れ - 鴨川 京都」が、京都・艸居(そうきょ)で開催される。本展は尹の京都では初の個展となる。展覧会タイトルにある、陶粉画「Sand River Work 砂の流れ」の新作が展示される。
尹は鴨川の流れのすべての風景を体感すべく、17年の夏に鴨川の源流から桂川との合流地点までの9ヶ所で砂や石を採取。それらを200度から1280度に分けて焼成し、自身が探し求める赤い色を出しているものを選び顔料に加工したという。同プロジェクト始まりの地である鴨川で採取した材料を用いて、古代から流れる川の風景をミニマルな表現方法で平面に描写、作品にした。
尹がつくる絵具は市販のものとは異なり、色の偏った不完全なものだ。しかし、身の回りにありふれた砂でさえも、丹念に扱って加工すると美しい性質が現れてくる。それを工夫して使用することで、その材料にしか表わせないことが描け、フレスコ画でも日本画でもない誰も見たことのない素材の表情が表現できるという。
本展では鴨川で採取した砂のほか、加茂川真黒石からつくった絵具で制作した作品も展示される。この石は楽焼にも使われているもので、石の中に青みを見出した尹は石を細かく砕き、焼成し、顔料を制作。灰色の風景の中でひっそりと輝く青は、鴨川の砂の赤とコントラストをなし、陶粉画独特の素材の新たな可能性を示唆している。
尹は「焼くという行為は人類が自然界に加えられる不可逆的な化学変化の最も素朴なかたちだという解釈に辿り着いた」と語る。「太古から変わらない時間の流れのなかで、Sand River – 砂もまた流れ続け、人の営みとともに風景を作り上げてきた。川の砂を焼いて絵を書くことで、風景の本質に触れることができるのではないか」。
焼くという人間の営みの象徴を、芸術という精神のための営みと重ね合わるという挑戦を続ける尹の新作に注目したい。