7月18日、日本民具学会が「民具(有形民俗文化財)の廃棄問題に対する声明」を発表した。
これは、奈良県立民俗博物館における資料の収蔵スペースの不足やそれに伴う劣化の問題について、同県知事が資料廃棄も検討すると発言したことに関連するものだと考えられる。
以下、声明の内容を一部引用し、掲載する。
民具(有形民俗文化財)の収蔵問題が、全国各地の博物館・資料館や自治体の大きな課題となっています。背景には収蔵施設の老朽化やスペース不足、予算・人員の削減等がありますが、地域によっては、資料全体を把握(目録化)した上での検討や価値づけが不十分なままに、安易な一括廃棄が行われようとしています。このことに対し、日本民具学会として大きな懸念と危機感を表明します。
身近な暮らしの道具である民具は、文字記録に残されることの少ない民衆の生活史を雄弁に物語る、他に類を見ない貴重な資料群です。美術工芸品などその他の文化財が優品主義・厳選主義・一点主義を採るのに対し、民具の価値は一点のモノにあるのではなく、むしろ「群としての民具」を通して地域の社会・文化の在り方を明らかにできる点に大きな意義があります。
(中略)
このように民具は、先人たちがその土地や風土にどのように適応し、たくましく生き抜いてきたかを体現する、またとない物証です。民具を軽視することは、民具を寄贈いただいた個人のみならず、地域全体における先人たちの歩みや思い、過去から未来へと続く自らの歴史そのものをないがしろにすることと同義であります。
文化財としての指定・未指定を問わず、長い時間をかけて育まれ、多くの人の手によって引き継がれてきた文化を、その価値を理解しようとしないまま、短期的な収支にのみに注目して安易に捨て去ろうとすることは、民具だけの問題に留まらず、博物館や学問の理念そのものを脅かす行為です。
(中略)
とはいえ、現存する民具コレクションの多くは、暮らしが激変した高度経済成長期に緊急的に収集されたものであり、これらの中には基本情報が付随していないために価値づけが難しいものが多数含まれるのも事実です。また、博物館等の人員・予算の制約等によって、場合によっては整理・保管が適切に行われてこず、さらに近年では、博物館の職務がイベントや観光等へ偏重することにより、本来の使命である整理や調査研究による資料の価値づけ(文化財指定等を含む)が後回しにされる状況が顕著になっています。
今後は安易な廃棄ありきではなく、文化を総合的に把握し次世代に豊かな文化を伝えていくために、そしてよりよい収集と整理・保管・活用を図るために、コレクション・マネジメントの在り方も改めて議論しながら、山積している課題に取り組んでいく必要があります。様々な分野の専門家や市民とともに、社会全体で議論を成熟させていくことで、この貴重な文化遺産を後世に伝えていきたいと考えます。
(日本民具学会「民具(有形民俗文化財)の廃棄問題に対する声明」より一部抜粋)
同学会は、民具学の研究と普及、民具の調査・ 収集・保存等にかかわる会員相互の連絡を図ることを目的に1975年に設立された。現会長は民俗学者の神野善治。