「今後そうそう開かれることはない貴重な展覧会になるでしょう」。京都国立博物館研究員の井並林太郎がこう語る特別展が、今年10月に開催される。
特別展「流転 100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」は、鎌倉時代につくられたと考えられる2巻の絵巻物《佐竹本三十六歌仙絵》を中心にした展覧会だ。「流転」と題された本展のポイントを整理してみよう。
まず「三十六歌仙」とは、歌人・藤原公任(ふじわらのきんとう、966~1041)の『三十六人撰』に選ばれた36人の歌詠み人のことを指す。この中には、柿本人麻呂や小野小町、在原業平など飛鳥時代から平安時代に活躍した歌人が含まれており、この三十六歌仙を題材に描かれた絵巻が《佐竹本三十六歌仙絵》だ。
同作は、旧秋田藩主・佐竹侯爵家に伝わったことから「佐竹本」と呼ばれ、数ある三十六歌仙絵の中でも最高の名品として珍重されてきた。歌仙の容貌をかきわけるだけでなく、「歌仙の気持ちに踏み込んでいる歌仙絵は佐竹本を置いて他にはない」と井並は語る。
この作品の「流転」が始まったのは大正時代になったからのこと。佐竹家は茶人にとって憧れの的である佐竹本を大正6年に実業家・山本唯三郎に売却。しかしながら山本はその2年後、経営不振を理由にふたたびこれを売りに出した。
しかし売りに出された佐竹本は、その高価さゆえ、単独での買い手がつかないという事態に陥る。そうした状況を打開すべく、三井物産創設者で茶人でもあった益田孝(鈍翁)を中心とする当時の財界人たちは、作品の分割購入という手段を取った。分割された作品にはそれぞれ異なる値段が付けられ、その総額は当時の金額で37万8000円(正確な換算はできないが、現在の価値でおおよそ数億〜数十億円になると考えられる)に及んだ。絵巻を一歌仙ずつ分割され、誰がどの歌仙を買うのかは、くじ引きで割り当てられたという。
この分割売却は、「絵巻切断」事件として当時の新聞でスキャンダラスに取り上げられた。そして分割された歌仙絵は、それぞれの所有者のもとで掛軸となり秘蔵され、またその多くは持ち主を転々とすることになる。全37件(下巻に歌仙絵ではない「住吉大明神」が含まれているため37件となる)のうち、現在は17件を日本各地の美術館博物館が、2件を文化庁が、1件を寺院が所蔵しており、残る17件は個人蔵となっている。
そんな《佐竹本三十六歌仙絵》が、本展では28件集結。1986年にはサントリー美術館で「三六歌仙絵展」が開催されたが、当時集まったのは20件だった。これを超える数字は未だかつてなく、今回は過去最大の規模となる。加えて、京都国立博物館では今後も出品交渉を継続するとしており、この数字はさらに増える可能性もあるだろう。
また、本展では《佐竹本三十六歌仙絵》の他に、王朝文化を伝えるものとして平安美術の最高峰である国宝《三十六人家集》や重要文化財《寸松庵色紙「ちはやふる」》などの名品も展覧。国宝、重要文化財約80件を含む140件が並ぶ展覧会となる。
会期はわずか38日間のみ。巡回なしの特別展に大きな注目が集まりそうだ。