オランダのアーティスト、サミュエル・イェスルン・デ・メスキータ(1868~1944)をご存知だろうか?
メスキータはポルトガル系ユダヤ人の家庭に生まれ、1893年頃から作品の制作をスタートさせる。画家、版画家、そしてデザイナーとして活躍する傍ら、1902年からは美術学校の教師として多くの学生を指導。教え子のなかでも特に大きな影響を受けたエッシャーは、メスキータの作品に似通った版画を制作していたという。
白黒のコントラストが特徴的な版画作品を多く手がけるほか、想像力のおもむくままに筆を走らせ、膨大な数のドローイングを残したメスキータ。デザイナーとしては、幾何学的な構成を生かして雑誌の表紙や挿絵、染色デザインを手がけるなど、その活動は多岐にわたる。
メスキータ作品の最大の魅力は、木版画ならではの力強い表現。異国の動物や植物をモチーフに、強烈なコントラストを生かした大胆かつ装飾的な画面は、鑑賞者に強い印象を与える。また、単純化された構図と明快な表現、装飾性と平面性が溶け合う様は、しばしば浮世絵からの影響も指摘されている。
いっぽうドローイングでは、無意識の状態で浮かんでくる映像を作為なく描いたというメスキータ。表現主義との親近性を感じさせるとともに、シュルレアリスムにおけるオートマティスム(自動筆記)の先駆けとも見ることができる。
様々な分野で活躍を見せるメスキータがこの世を去ったのは44年。ナチスのオランダ侵攻によって強制収容所に送られ、家族もろとも殺害されてしまう。アトリエに残された作品を持ち帰り、命懸けで保管したのはエッシャーとその友人たち。彼らは戦後すぐにメスキータの展覧会を開催するなど、その名前を残すために尽力した。
近年、ヨーロッパではカタログ・レゾネ(全作品目録)が刊行され、相次いで展覧会が開催されるなど、その作品の紹介と評価の機運が高まっているメスキータ。本展は、没後75年(昨年は生誕150年)を迎える節目に、その画業を本格的に紹介する日本初の回顧展となっている。