「だまし絵(トロンプ・ルイユ)」で知られるマウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898〜1972)。現実には存在しえない建造物などを描いた作品は、誰しもが一度は目にしたことがあるのではないだろうか? そんなエッシャーの代表作が一堂に来日する展覧会「生誕120年 イスラエル博物館所蔵 ミラクル エッシャー展」が、上野の森美術館で開幕する。
本展では、世界最大級のエッシャー・コレクションを誇るイスラエル博物館の所蔵品が初来日。同館は、エッシャーの作品330点を所蔵しており、これらの作品は、通常作品保全の理由から常設展示されていない。本展は、そのコレクションから152点が来日する貴重な機会だ。
大きな錯視像を画面中につくりだした《バルコニー》(1954)や、水が水路を上っていくように見せる《滝》(1961)など、「エッシャーといえばこれ」と言える代表作に加え、初期の作品や直筆のドローイングなど、エッシャーの活動を初期から晩年までたどる本展。 会場は「エッシャーと『科学』」「エッシャーと『聖書』」「エッシャーと『風景』」「エッシャーと『人物』」「エッシャーと『広告』」「エッシャーと『技法』」「エッシャーと『反射』」「エッシャーと『錯視』」の8章と、エピローグ「循環する世界」で構成。それぞれの観点からエッシャーの作品を読み解く構造となっている
なかでもハイライトとなるのが、会場の最後を飾る、《メタモルフォーゼII》(1939-40)だ。幅4メートルにも及ぶ横長の本作は、「METAMORPHOSE」という文字から始まり、抽象的なかたち、蜂、魚、鳥、建築物、チェス、そしてまた「METAMORPHOSE」という文字へとモチーフが変容していくもの。本展では、エッシャー自身によって刷られた貴重な初版が展示されている。
この作品について、本展監修を務める東京藝術大学大学美術館准教授・熊澤弘は「エッシャーのエッセンスが端的に現れており、バックグラウンドを色濃く反映している作品」だと語る。エッシャーは1924年の結婚後、ローマを拠点に作品を制作していた時期があった。しかし、イタリアでファシズムが隆盛を見せると、それに抵抗するように36年には同地を離れ、フランス、そしてスペインへと船旅に出る。その道中、スペインのアルハンブラ宮殿を訪れたエッシャーは、建物の幾何学的なタイル模様に影響を受け、平面を同じ図形で埋めていく「正則分割」を作品に取り込んでいく。《メタモルフォーゼII》はまさにこの正則分割の賜物であり、ダイナミックなモチーフの変容は、観るものを飽きさせない。
「だまし絵」の巨匠として知られながら、決してその一言では語り尽くせないエッシャー。その緻密な作品世界と向き合ってみてはいかがだろうか。なお、本展は東京展を皮切りに、大阪、福岡、愛媛を巡回する。