廃墟の世界にようこそ。
渋谷区立松濤美術館で「終わりのむこうへ:廃墟の美術史」が開幕

西洋古典から現代日本の廃墟・遺跡・都市をテーマとした作品を集めた展覧会が、渋谷区立松濤美術館で12月8日からスタート。「廃墟の美術史」をたどるという本展の様子をレポートでお届けする。

展示風景より、元田久治《Foresight: Shibuya Center Town》(2017)

 いま、まさに崩れ落ちようとする建造物や遺跡。西洋美術のなかで繰り返し描かれ、近代日本の美術にも伝播した「廃墟」の美術を紹介する展覧会が東京・渋谷区立松濤美術館でスタートした。

 18〜19世紀の西洋で、なぜ廃墟趣味が流行し、廃墟が描かれたのか? そこには偉大な偉大な古代への敬意とともに、「どれほど栄えた文明も、それを築き上げた人間の存在も永遠ではなく、いずれは終焉に向かう」という無常の暗示が込められていた。

1章の展示風景より、左からアシル=エトナ・ミシャロン《廃墟となった墓を見つめる羊飼い》(1816)、
アンリ・ルソー《廃墟のある風景》(1906頃)

 第1章では、こうした廃墟画の歴史を振り返り、17〜18世紀に廃墟主義の代名詞となった画家と、それを受け継ぐように描かれた18〜20世紀の作品を紹介。シャルル・コルネリス・ド・ホーホやユベール・ロベール、リチャード・ウィルソン、アシル=エトナ・ミシャロン、アンリ・ルソーの作品が揃う。

2章の展示風景より
展示風景より、ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ『ローマの古代遺跡』(第2巻Ⅱ)より:古代アッピア街道とアルデアティーナ街道の交差点(1756)

 続く2章では、18〜19世紀の廃墟趣味を反映したジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ、ジョン・コンスタブル、トマス・ガーティン、ジョン・セル・コットマン、ウジューヌ・イザベイらの版画作品を展示。

 遺跡の発掘が相次ぎ、人々のなかで考古学的な関心が生み出されるとともに、上流階級の子弟が見聞を広げるために「グランド・ツアー」での歴史遺跡や廃墟を訪れることが流行した当時。それら時代背景のもとでつくられた作品を見ることができる。 

3賞の展示風景より
展示風景より、工部美術学校生徒《風景》1877-78頃

 西洋で人気を誇った廃墟画だが、日本では稀な例外をのぞき、近代まで廃墟を描いた作品は存在しなかったとされている。そうした「積極的な鑑賞の対象ではない」廃墟画を当時日本に持ち込んだのが、官立の工部芸術学校の指導者としてイタリアから来日したアントニオ・フォンタネージだった。廃墟が「画題」になるという概念は、フォンタネージが持参したデッサンと、それらを起点として洋画教育から広まっていく。

 近代日本の画家と廃墟画の関係にフォーカスする3章では、「近代産業の遺産」という独自の廃墟的モチーフを日本画のなかに新たに取り入れた不染鉄をはじめ、藤島武二、山口薫、難波田龍起らの作品に注目したい。

4章の展示風景より
展示風景より、ポール・デルヴォー《海は近い》(1965)

 いっぽう4章「シュルレアリスムのなかの廃墟」では、それまでの廃墟主義のありようを大きく変容させたシュルレアリスムを紹介。ジョルジオ・デ・キリコやルネ・マグリットらによって時間的、地理的な関係性を断ち切られ、自由に絵画空間に挿入された廃墟の作品が並ぶ。

 古代の遺跡や廃墟を好みながらも、それらをしばしば現代的な風景と隣り合わせに描くことで、空間を神秘的なものにしたポール・デルヴォーなど、2章までに紹介された西洋の廃墟画とは一線を画す描写を堪能したい。

5章の展示風景より

 いっぽう、国際的な芸術運動とななったシュルレアリスムが日本に伝播した1930年代。シュルレアリスムの影響を受けた日本の画家たちがしばしば描いたのは、荒廃した世界観だった。5章では、戦前・戦後の揺れ動く日本で、イマジネーションの表出のかたちのひとつとなった廃墟のあり方を見る。

5章の展示風景より、中央が大岩オスカール《動物園》(1997)
展示風景より、元田久治《Indication:Shibuya Center Town》(2005)

​ 本展で、現代の私たちにもっともリアリティをもって迫ってくるのは最終章「遠い未来を夢見て:いつかの日を描き出す現代画家たち」だろう。この章では、過ぎ去った時間を象徴していた廃墟が、異なる時間軸での新たな「廃墟」となって表れる現代の作品を紹介する。

 いくつもの時間、空間を画面で重ねることで廃墟的空間を出現させる麻田浩、開発のなかで急速に失われる都市の光景をとらえる大岩オスカール、現代の日本の都市を舞台に、想像上の未来の廃墟を描く元田久治や野又穫。彼らの作品は、すさまじい再開発によって、ときに廃墟的な様相を呈す現在の東京にも表情を重ねる。

5章の展示風景より

 なぜ、廃墟はこれまで私たちや人々を惹きつけてきたのか。本展に流れる約400年間の時間のどこかに、その理由を見つけることができるはずだ。

編集部

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