マルセル・デュシャンは「現代美術の父」と称された芸術家であり、20世紀の美術に衝撃的な影響を与え、伝統的な西洋芸術の価値観を大きく揺るがした。デュシャンの代表作《泉》は当時、アートの概念を根底から覆し、レディメイドをはじめとするデュシャンが生み出した芸術観やスタイルは、今日の作家にも引用されつづけている。
本展はデュシャンの芸術活動を時系列でたどる第1部「デュシャン 人と作品」展と、日本の美術の意味や価値観を浮かび上がらせる第2部「デュシャンの向こうに日本がみえる。」展の2部構成。デュシャンの作品と日本美術を比べて見ることで、日本の美の楽しみ方を新たに提案しようとする世界初の試みだ。
第1部「デュシャン 人と作品」展はデュシャンの没後50年を記念して、フィラデルフィア美術館の企画・監修のもと、日本を含むアジアの3会場で巡回開催するもの。フィラデルフィア美術館が誇る世界有数のデュシャンコレクションから油彩画、レディメイド、映像や写真、関連文献資料など約150点を展示。その生涯においてカギとなる場面や重要な活動、また人間関係を概観し、作品や現代美術における重要性を紹介するとともに、デュシャンの人となり、さらに芸術と生活の垣根をなくそうとするさまざまな試みを作品と資料で明らかにしていく。
第2部「デュシャンの向こうに日本がみえる。」展は東京国立博物館の日本美術コレクションで構成される。千利休の《竹一重切花入》を400年前の究極の「日常品(レディメイド)」と解釈する第1章からはじまり、浮世絵の表現を通して日本のリアリズムについて考察する第2章へと続く。
そして第3章では、時間表現において「異時同図法」を用いる絵巻を現代のアニメーションの祖先として紹介。過去の作品を「模倣(コピー)」していた狩野派の絵師たちに焦点を当てた第4章、そして文字そのものに芸術性を見いだした「書」を紹介する第5章を通して、日本美術に対する新たな価値観を提案する。
フィラデルフィア美術館館長のティモシー・ラブは「この展覧会で、デュシャンにあまりなじみのない皆さまに彼の仕事を紹介し、彼の思考の複雑な展開、人格の様々な側面、そして、芸術と生活の間の境界を取り払うために彼が絶え間なく続けた活動を知っていただきたいと思います」とコメント。
同館の学芸員で本展キュレーターのマシュー・アフロンは、デュシャンについて「われわれの芸術の創造と理解に対する考え方を根本的に変えた存在でありながら、芸術界のアヴァンギャルド現象においては表に出るよりは比較的沈黙を保とうとしました。彼はあえて、その人格に謎というオーラをまとったのです」と言及している。
芸術を「見る」のではなく「考える」ことをテーマとした、デュシャンと日本美術を比べる革新的な試み。デュシャンの作品を通してその思想に触れるとともに、西洋とは異なる社会環境のなかでつくられた日本美術の新たな意味を見出したい。