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被写体を変容させる「不条理劇」の視点。ロジャー・バレンに聞く

人生の不条理をブラック&ホワイトの世界でコントラバーシャルに描く写真家、ロジャー・バレン。東京では初となる個展の開催、さらに過去40年間の活動を回顧する作品集『バレネスク』を刊行した作家に、他の追随を許さない強靱な美意識の源泉について聞いた。

文=トモ・コスガ

個展開催中のエモン・フォトギャラリーにて 撮影=岩澤高雄

密室の不条理劇が生み出す 色即是空の境地

 アメリカはニューヨーク出身で現在は南アフリカのヨハネスブルクを拠点に活動する写真家、ロジャー・バレンが、広尾のエモン・フォトギャラリーにて東京初の展覧会を開催中だ。昨年のパリフォトにおいてエモン・フォトギャラリーとロジャーは出会い、この展覧会が実現した。本展オープニングのために来日したロジャーに、過去40年間に及ぶアーティストとしてのキャリアや彼が長らく追究し続けてきた美意識「バレネスク」について話を聞いた。

会場風景

 「私が南アフリカに移住したのは1982年のことです。初めこそ田舎町の家を外側から撮影していましたが、ある日ひとつのドアをノックすることによってバレネスクを探る旅が始まったのです」。

 かくして写真の内に暴かれたのは、それまで誰の目にも留まることのなかった田舎町の無機質な室内で戯れる貧しい白人アウトサイダー達の奇妙な姿であった。人種隔離を目的とした南アフリカのアパルトヘイト政策は48年から半世紀近くにわたって白人を優遇し、黒人を差別的に扱ったが、94年のネルソン・マンデラの大統領就任をピークに関係は逆転した。この歴史的転換の前後に直接の影響を受けた周縁の白人コミュニティを記録したロジャーの写真は『プラッテランド』発表によって、それまで誰も見ることのなかった南アフリカの現実を世界に露呈し、瞬く間にその名を轟かせた。

ドレジーとキャシー、ツインズ、ウェスタン・トランスバール 1993 (『プラッテランド』より)
ゼラチンシルバープリント 36×36cm © Roger Ballen Courtesy of EMON Photo Gallery

 しかし彼はこうした反響に対し、アーキタイプという言葉を用いながら持論を展開する。なおアーキタイプとは、物事の内面にあるプリミティブな“原型”を指す。

 「それは社会的なアーキタイプと言えるでしょう。これまで様々な人々を撮影してきた中で言えるのは、被写体となる人物の背景や経済状況はまったく関係がないということです。どれだけ興味深い人を眼前に迎えたとしても、ただやみくもに撮るだけでは興味深いものに仕上がりません。人の心に残るようなものに仕上げるためには、私自身が自らの美意識を通して、被写体や空間をまったく異なるものに変容させることが重要です。この美意識を“バレネスク”と呼び、いわゆる不条理劇を描く作家の視点から世界を考えることにしたのです」。

体を曲げる男 1998 (『アウトランド』より) ゼラチンシルバープリント 36×36cm
© Roger Ballen Courtesy of EMON Photo Gallery

 実際、ロジャーの作風は95〜2000年に撮られた『アウトランド』以降、ドキュメンタリーから演出的なものへと変貌し始める。かくして彼の言う不条理劇が確立されたことがわかるのは、05年発表の『シャドウ・チェインバー』から14年発表の『アサイラム・オブ・ザ・バーズ』にかけての10年間だろう。無機質な匿名の部屋は舞台に残しつつも、人物はいわゆる劇における“木”や“草の茂み”相当の扱いに留まり、代わりに以前は何気なく映り込んでいただけの“壁に描かれた幼稚な落書き”や用途不明のワイヤー、あるいはぬいぐるみやマスクなどが圧倒的な存在感を見せつける。写真という箱(フレーム)に収められた劇場面そのものだ。

トワイリング・ワイヤー 2001 (『シャドウ・チェインバー』より) ゼラチンシルバープリント 36×36cm
© Roger Ballen Courtesy of EMON Photo Gallery

 「その頃を境に、私の作品からポートレイトが消えていきました。しかし重要なのは、犬や鳥、蛇、アヒルといった動物の顔もまた顔だということ。人間の皮膚だけを見るのではなく、その深層にあるものを見たいのです。写真とは、自分の精神を反映しているのか、それとも世界を反映しているものなのか。それを判断するのはとても難しいことです。しかし私は自分の思考からすべてを始めたいと考えています。つまりナッシング、何もないところから始めるのです」。

オマージュ 2011 (『アサイラム・オブ・ザ・バーズ』より) ハーネミューレピグメントプリント 50×50cm
© Roger Ballen Courtesy of EMON Photo Gallery

“ナッシング”が意味するもの

 ここで、彼がしばしば用いる「ナッシング」という言葉について考えたい。ナッシング……あるいは、色即是空とは言えないか。万物(色)を突き詰めていくとたどり着く「空(くう)」の境地。可能性として存在しながらも、私たちの目には見えない世界。

 「私が使う“ナッシング”とは、意味を孕んではいるものの、言葉では定義できないもののことです。もし写真がたった一言で説明できてしまったら、良い写真とは言えませんよね。先ほど話したアーキタイプには心理的なものもあります。例えば言葉を交わさずとも私の写真があなたの心に響くとすれば、それは遺伝子レベルの共感とも心理的アーキタイプの共有とも言えるのです」。

 16年発表の『ザ・シアター・オブ・アパリションズ』では、ついに舞台の部屋すらなくなり、抽象画の生命体がバレネスク劇の登場人物になる。

凝視 2008 (『ザ・シアター・オブ・アパリションズ』より) ハーネミューレピグメントプリント 65×65cm
© Roger Ballen Courtesy of EMON Photo Gallery

 「廃墟と化した、ある女性刑務所の黒く塗られた窓に絵が彫られていたのを見てつくり始めたシリーズです。ガラスに様々なスプレーペイントを施して撮影しました。これを写真とは言えない、という人がいるかもしれません。しかし私にとってこれらは写真なのです。誰でも窓に絵を描くことはできるかもしれないが、それを写真にすることは容易ではない。それは『アウトランド』におけるアウトサイダーの話と同じことです」。

 写真界の第一線で活躍しながらもコントラバーシャルな存在であり続ける奇才、ロジャー・バレン。その眼差しがカメラの先で見つめるバレネスク=空の境地を確かめるには、私たちもまた生まれ持ったアーキタイプに従うことに疑問を抱いてはならない。

『美術手帖』2017年12月号「ARTIST PICK UP」より

編集部

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