心の傷を"継ぐ" アーティスト・渡辺篤インタビュー 前編

東京藝術大学在学中から自身の体験に基づく、傷や囚われとの向き合いを根幹とし、かつ、社会批評性の強い作品を発表してきたアーティスト・渡辺篤。卒業後は路上生活やひきこもりの経験を経て、2013年に活動を再開した。「引きこもり」「傷」「鬱」など自身の経験をもとに、作品づくりに取り組んできた渡辺が、10月1日から始まった「黄金町バザール2016ーアジア的生活」に参加し、さまざまな人の「心の傷」をウェブ上で匿名で募集し、新プロジェクトとして発表する。その作品やアーティストとしてのルーツなどを前後編に分けてお届けする。

渡辺篤 黄金町バザールの展示会場にて

──今回初めて参加する「黄金町バザール」では、「金継ぎ」(陶磁器の破損部分を漆で接着して、金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法のひとつ)の技法を使った新しいプロジェクト「あなたの傷を教えて下さい。」が発表されました。ネット上で匿名の人々から「心の傷」を募集し、それをコンクリート板に書き、割って、さらに金継ぎをするというプロセスを踏みますが、これはどこから着想されたのでしょうか?

《女の子に生まれてしまった。》コンクリートに金継ぎ、塗料 2016割ったあとに金継ぎされたコンクリート板。ここに書かれた言葉はすべてネットで募集して届いた匿名の声だ ©ATSUSHI WATANABE

インターネットに軸足を置いたプロジェクト、展示場所に依存しないものがやりたかったんです。僕自身が、過去に深刻な引きこもりをしていて、過去の個展では、引きこもりの当事者に向けて、部屋の写真、彼ら彼女の住んでいる部屋の写真を募集したこともあります(2014年の個展「止まった部屋 動き出した家」で)。インターネットを通して、誰かの当事者の声やその状況を募集するというのは、引きこもりをしていたときに「ニコニコ生放送」をずっと見ていて、そこで引きこもりが多くいるという実感を手に入れたことがあるから。

24時間、どの放送にいっても、引きこもり当事者のような立場からのコメントが流れてきていました。(僕自身が引きこもりだったのに)自分だけが「蜘蛛の糸」を昇りきってしまった存在だと思っていて、「囚われ」から実社会に戻ってきてしまったという経験から、インターネットの向こう側にいる誰か(それはもしかしたら引きこもってたり、もしかしたら病気で寝込んでるかもしれない誰か)と、つながりたいと思ったんです。それでインターネットを通したプロジェクトを今年の春ぐらいから始めました。

──今年はNHKの福祉番組『ハートネットTV』(6月27日放送)にも出演され、そこでも作品制作の過程が放送されていましたね。

「あの番組(の視聴者)には傷の当事者がいるだろうな」と思って出演しました。「あなたの傷を教えて下さい。」はライフワークとしてやりたいプロジェクトなんです。それをまずインスタレーションで展示すると。それに今回の「黄金町バザール」はアジア人作家が多く参加しているんですよ。彼らの母国語で、彼らの国のSNS上のつながりを通して、募集文の拡散を別の言語でしてもらえればと今動いているんです。アジア各国の言葉での募集文を集めたいなと。

金継ぎをする渡辺。筆で丁寧に傷を装飾していく

──修復技法の金継ぎを作品に使うというアイデアは、いつ頃からあったものなんでしょうか。

昔ある喫茶店に行ったときに、洋食器なんだけれども欠けていた縁のところが金継ぎされていて、そこで知りました。僕自身が金継ぎ教室に通っていた時期もあって、いつか作品に使いたいという気持ちはあったんです。今回の金継ぎは、傷ついた人と並走する立場になって、当事者の生の言葉を作品にし、それがその当事者にとって何かが変わる、もしくはその傷を癒したり、囚われを乗り越えたりするきっかけになればいいのかなって。そんなことから金継ぎがふさわしいなと思いました。

──金継ぎする作品にはコンクリートが使われています。2014年の個展「止まった部屋 動き出した家」において、渡辺さんはコンクリートで一畳サイズの自室を制作し、そのなかで1週間過ごした後、内側から壊して脱出する、というパフォーマンスを行いました。コンクリートにこだわる理由はなんでしょうか?

僕自身や、ほかの引きこもりの方もそうだと思いますが、外部との壁の厚み、内向的な意識と外とのギャップは心理的にはコンクリートのような分厚さです。当時その展覧会では5センチの厚みで壁をつくっていますが、自分の囚われの重たさとか、隔たり、重厚感、無彩色などの理由からコンクリートを選びました。今回もそれは連続しています。

今回の個展は展示室AとBの2部屋で構成。Aには募集した声をもとにした作品が壁面にずらりと並び、それらは木の幹のように金継ぎの線が繋がっていくように掲げられる。またBは渡辺自身の過去を振り返るように、引きこもり時代に蹴破った実家のドアの再現作品などが並ぶインスタレーションとなっている

──引きこもりの体験というのは、今振り返ってみると渡辺さんにとってどういったものだったのか、また引きこもりでなかったならば、自分はどうなっていたかを想像したことはありますか?

もともと僕は2003年から2012年の約10年間、鬱だった時期があって、最後の3年間を引きこもってたんです。その当時のメンタリティを今の僕はもうどこか忘れてしまっているところがあって、だからこそああやって再現的にパフォーマンスをやった(2014年の個展)ところもあるし、生きるのが楽になっちゃったんですよね。

引きこもりを終えてから2年くらいの猶予期間があって2014年に復帰してるんですが、当時僕は一生その部屋から出ないぐらいの意識で引きこもりをしていました。だから現世に戻ってきた僕は、その立場からつくれる作品をつくらなきゃいけないっていうような気がしたんです。自分の当事者としての経験をまず作品にしなきゃいけない。引きこもりや自傷行為のような意識はサナギの時間だったとも思うし。そのとき手に入れた思考回路で、何かを発信して誰かに万が一プラスの情報を提供することができるなら、それはいい回り道だったなと思いますね。だからその引きこもりや鬱の時間がなかったら、つくる作品は確実に違っていたと思います。

2014年の個展「止まった部屋 動き出した家」の様子。「家の形の造形物自体が、その床を水面に見立てて、床の中に落ちています。それは津波で流されている様子でもある。生死が問われるような状態で引きこもっている状態というのは、実際に東日本大震災が起きた東北でも起きていて、家と一緒に流された人や、震災をきっかけに引きこもりをやめた人もいる。そういう究極の選択の状態を、展覧会場のビジュアルとして用意したかった」と語る
©ATSUSHI WATANABE Photo by KEISUKE INOUE Courtesy of NANJO HOUSE

──今回の「あなたの傷を教えて下さい。」ではネットを通じで匿名のメッセージを受け取ることが作品制作の前提です。メッセージの種類は多種多様で、そのインパクトもさまざまだと思いますが、渡辺さんはどういうお気持ちで受け止めているのでしょうか?

アシスタントの中には「人の傷ばっかり見ていたら、渡辺さんも落ち込んだり、心が振り回されたりしませんか? なんでわざわざこんなことをやってるんですか?」って聞く人もいる。差別される者や弱い者をちゃんとすくいとり、日常のスピード感では感じ取れない人の傷、ノイジーなこの社会では聞き取れない繊細な声をちゃんと聞くことが必要です。

例えば日常的に声かけをするとか、人の傷を想像できる感覚を僕は手に入れたいと思うし、そういう装置になるような作品をつくることが、今回匿名で募集していることの意味です。大声じゃ言えない傷だとも思うんですよ、多くの傷が。だからこそ僕はそれを美術の形式のなかで見せることに、意味があると思っています。僕自身、今回のような思考を作品化することは、今の日本社会にとってハードルの高いことだとも思ってますが、こういうのを堂々とやることが、社会には必要だと思って、チャレンジしています。

渡辺のホームページではいまもなお「心の傷」の募集が続けられている。また「黄金町バザール」の会場でも「心の傷」を紙に書いて投書できる

PROFILE

わたなべ・あつし 1978年神奈川県生まれ。2007年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。2009年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修了。主な展示に2014年「ヨセナベ展」(Art Lab Akiba)、同年「止まった部屋 動き出した家」(NANJO HOUSE)など。

編集部

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