「戦争」の大義を離れ、「人を殺した」という事実をどう語るのか?
──映画の冒頭、アレンは少女から「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」と尋ねられ、帰還後に受けた精神科医のダニエルズによるカウンセリングでも、同じ問いが繰り返されます。それは国家や軍隊の大義として語られる戦争を、アレンというひとりの人間が多くの人を殺したという個人の事実へと引き戻す問いだと思いました。「あなたは人を殺しましたか?」という問いが、映画のなかで繰り返された、その意図を教えてください。
塚本 この映画は、アレンさんがその問いに向き合い、自分が戦場でしたことを話し始めるまでの物語でもあります。

精神科医のダニエルズも、カウンセリングの最後に必ず「人を殺したのか」と聞きました。アレンさんが答えを避けても、それ以上は追及しませんが、何年も問い続けます。治療法として正しかったのかはわかりませんが、ダニエルズは、心の奥にしまっていたことを言葉にすることがPTSDを和らげる助けになると考えたのだと思います。いっぽう、日本の帰還兵には、加害の体験を話す機会はほとんどありませんでした。
──アフリカ系アメリカ人の帰還兵を主人公に、ベトナムの人々が受けた暴力を描く本作は、アメリカ、タイ、ベトナム、日本の4ヶ国にまたがり、英語を中心に制作されました。日本人である監督が、この題材を描くことについて、どのように考えましたか。
塚本 それが一番の気がかりでした。映画の規模が大きく、企画の初期は映画化をためらう理由ばかりが湧き上がってきました。なかでも大きかったのは、「そもそもこの題材の作品を日本人がつくっていいのか」という問いです。
ただ、日本軍にも多くの加害があったにもかかわらず、日本では兵士のPTSDが認められず、帰還後の暴力的な行動や心の異変も、戦争と結びつけて考えられてきませんでした。戦場で何をしたのかも語れず、まるでなかったことのようにされてきてしまったんですよね。異変を恥だと感じさせる社会の空気があるなかで、自分の体験を語らないまま亡くなっていった人も少なくないと思います。
実際に、アレンさんのように、加害の経験から帰還後の人生まで正直に語った記録を、僕は日本では見つけられませんでした。だからこそ、日本でも活動したアレンさんを、いま映画を通して蘇らせたいと思ったんです。様々な意見が起こるだろうとは思いましたが、その気持ちを止められませんでした。

内容が内容だけに、アレンさんのご家族に取材を受けてもらうこと自体が難しかったですし、完成した映画に納得してもらえなかったらどうしようとも思っていました。それでも上映後、ご家族は声を上げて泣き、「アレンの本質を捉えた映画だ」という言葉を伝えてくださって、本当にほっとしました。ご家族に認めてもらえたことが、僕にとって大きな到達点でした。
観客にはどう届いたか?
──ヴェネチアとトロントの映画祭では、海外に作品を届けました。ヴェネチア国際映画祭では約8分間のスタンディングオベーションを受け、さらにイタリア各地の高校生20人が選ぶ独立賞「レオンチーノ・ドーロ賞(金の小獅子賞)」を、日本作品として初めて受賞しました。各地で印象に残った反応はありますか。
塚本 どちらも上映後に長く熱い拍手をいただき、何かが届いたのだと感じました。ヴェネチアでは、高校生たちが何ヶ月もかけてこの作品を選んでくれたことが、とくに感動的でした。若い人が選んでくれたことで、疲れ果てていたなかでもこの映画をつくってよかったと思えました。
──美術手帖の読者のなかには、戦争や暴力を作品にしたいと思いながら、自分にそれを表現する資格があるのか悩む若い作家や学生もいると思います。そうした表現者に伝えたいことはありますか。
塚本 2014年に『野火』をつくったとき、僕のなかにもまだ答えはありませんでした。戦争を体験していない自分が描けば、「体験していない人間に何がわかるのか?」と言われるだろうと思っていたんです。
『野火』では、原作を読み込むだけでなく、小説の主人公と同じ戦地に行った方々に話を聞き、フィリピンで遺骨収集にも同行しました。恐ろしい話を何度も聞き、自分のなかにその恐怖を蓄積したことで、「自分はこのことを表現してもよい」と、自分自身に判を押すことができました。
その後、2023年に『ほかげ』をつくる際に多くの資料を読み込んでいくと、自分の感覚と食い違うものもあれば、「これは本当にあったことに違いない」と腑に落ちるものもあることに気づきました。複数の資料のなかに共通する接点を見つけ、確かな実感を得られれば、体験者に直接会えなくても表現することはできる。
体験者から直接話を聞く機会は今後失われていきますが、テーマをしっかりもち、十分な量の資料を読み込めば、これからの人も表現できるし、むしろ表現するべきだと思っています。
「問われず、語られずにきた加害を、私たちはどう受け止めるべきなのか」、「戦争を体験していない自分に、戦争を描く資格はあるのか」。塚本は様々な問いを抱えながら証言と資料に向き合い、観客が戦争の恐ろしさを身体で受け止めるための映画をつくった。その作品は世界中に届けられ、戦争を止めたいという思いは次世代を担う若者にも伝わっている。塚本は、戦争体験を持たない人でも、それを創作の主題とすることには深い意義があることを示していると言えるのではないだろうか。次の世代が戦争を描くときにも、その迷いを手放さず、確かめ続けることが求められるのだろう。




















