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『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』塚本晋也監督インタビュー。映画は、戦争を拒む身体をつくることができる【2/3ページ】

映画は人を戦争から遠ざけることはできるのか?

──アレンさんは、青年期に映画で見た英雄のような兵士像への憧れが、入隊を後押ししたとも明かしています。こうして、映画がつくり出すイメージが現実の選択に影響しうることを、映画をつくる立場からどう捉えていますか。

塚本 いまの時代、ヒロイズムによって見る人を高揚させ、感動へ導くような戦争表現は、個人的にはあってはならないほど危険だと思っています。国の大義のために勇敢に戦い、かっこいい台詞を残して死んでいく姿を見せれば、見る人は、戦争の実態を勘違いしてしまう。自分自身はもちろん、戦争がなければ友達になれたかもしれない相手の身体と精神まで、異常なかたちで壊してしまうことになります。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』 ©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA 製作:木下グループ 配給:キノフィルムズ

 僕自身、父や母、祖父母から戦争の話を聞いたことはほとんどありませんでしたが、それでも子供の頃に中沢啓治さんの『はだしのゲン』(1973〜87)というマンガを読んだことで、戦争とは嫌なものなのだと知ることができました。だから創作は大事なものなのだと思います。

 学校の教科書で戦争を知ることはできるけれど、あくまでも過去に起きた事実として客観的にまとめられているだけでは実感が伴わない。戦争の恐ろしさを頭で理解するというよりも、肌感覚でわかってもらえるような作品をつくりたいです。

──義理の息子が学校で軍への入隊案内を受け取り、軍隊を進路のひとつとして考える場面もあります。アレンさん自身の入隊と息子の姿を重ねることで、何を描こうとしたのでしょうか。

塚本 アレンさんは、軍隊に入ればお金を稼いで家族を支えられるし、国を背負って戦うヒーローにもなれると思っていましたが、実際にもらえたお金はほんのわずかだったようです。そして戦場では、ベトナムの人々を人間以下の存在とみなすよう教えられたものの、やがて自身と同じアフリカ系アメリカ人や、そうでなくても貧しい人たちばかりが戦場の最前線に立たされていることに気づいていきます。敵を差別するよう仕向けられたいっぽうで、自分たちもまた差別され、利用される側だったというわけです。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』 ©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA 製作:木下グループ 配給:キノフィルムズ

 日本では、まだこのことを現実として想像しにくいかもしれませんが、今後の日本でも十分に起こりうることだと僕は思います。自衛隊には、災害救助のように、自分の命をかけて人命を救う大切な仕事があります。しかし、人を殺すために命をかける任務となれば、それを拒んで辞める人も出てくるはずです。

 人手が足りなくなり、自衛隊が新たに募集をかければ、必然と経済的に厳しい人たちが手を挙げるようになる。結果的にそうした人たちが戦場の最前線へ送られる可能性はなくはないでしょう。突然徴兵制が始まるというかたちではなくても、経済的に弱い立場の人から戦場へ送られる構造は、日本でも生まれうると思います。

戦争の恐怖を、観客の身体にどう伝えるか?

──現代では、戦地の惨状も軍の広報映像も、SNSで次々と流れてくるようになりました。強い衝撃を受けるいっぽう、繰り返し目にすることで、暴力への拒否反応が鈍っていくのではないかという怖さもあります。こうした時代性を踏まえて、映画体験をどう設計しましたか。

塚本 見る人を映画のなかの戦地へ投げ込むことが、この映画の目的のひとつでした。映画館で見れば、見る人は暗闇のなかから逃げられず、大きな映像と音に囲まれます。スマートフォン越しに断片的な映像を見続けると、どれほど恐ろしい映像でも麻痺してしまうことがあるかもしれませんが、映画なら、物語やカメラワーク、音響、編集を工夫することでよりリアリティをもって実感してもらえると思います。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』 ©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA 製作:木下グループ 配給:キノフィルムズ

 見る人がアレンさんと完全に同化し、映画の中に入り込んでしまうようにしたかったので、基本的にアレンさんと彼の身の回りだけを映しています。カメラも音も編集も、その視点を貫くようにしました。別の場所で敵兵が準備しているといった客観的な描写を挟まないので、アレンさんが感じた、いつどこから弾が飛んでくるかわからない恐怖を追体験することになります。

 見る人には、戦場で起こることを実感したうえで、改めて「戦争反対」という言葉を考えてほしいと思っています。いまは、状況によって「やるときはやらなければならない」という空気になりつつありますが、僕は、そこで話を終わらせずに「意地でも戦争をしない方法はないのか」を考えてくれる政治家を選びたいと思っています。

──反戦を訴えるために描いた暴力は、観客を惹きつけるスペクタクルへと転じる危険もあり、また反対に、残酷さを覆い隠せば、戦争を抽象化してしまうかもしれません。その難しさと向き合いながら、いかに観客の身体に戦争への拒絶感を残そうとしたのでしょうか?

塚本 そこは自分の感覚なので、言葉にするのが難しいのですが、とても大事にしていることです。原作にある出来事をすべて描きながら、場面ごとに、どこまで見せる/見せないかの押し引きを考えました。一気に見せたほうが恐ろしい場面もあります。でも、それが続けば人は慣れ、衝撃が薄れてしまう。引く場面も「暴力表現がいきすぎているからやめる」のではなく、見せないほうが恐ろしいと判断して引いているんです。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』 ©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA 製作:木下グループ 配給:キノフィルムズ

 例えば、原作でとくに恐ろしいと感じた加害は、撃たれる瞬間や銃声をあえて省き、その場で何が起きたのかを見る人の想像に委ねました。いっぽうで、破損した身体を正面から見せた場面もあります。そうした押し引きによって、恐ろしさが途切れないようにしています。

編集部