アートフィギュアのコレクションからアートシーンに参入し、若手アーティストの発掘や契約、香港と東京でのギャラリースペースの開設、国際的なアートフェアへの出展など、アート業界での立場を着実に固めてきた香港人ギャラリスト、サム・ユー。東京・品川に日本初のスペース「JPSギャラリー東京」を開設してから約4年が経った今年3月、同ギャラリーが原宿に新たな拠点をオープン。これを機に、ギャラリーの設立経緯や日本のアートマーケットに対する感触、今後の展開などについてサムに話を聞いた。
──まず、JPSギャラリーの設立背景についてお聞かせください。
サム・ユー(以下、サム) 私と弟のティムは、2000年頃からKAWS、空山基などのアーティストとブランドとのコラボレーションによるアートフィギュアをコレクションしています。SNSが流行り始めた2010年頃には、FacebookやInstagramで自分のコレクションを公開し、海外の人々から販売の問い合わせがたくさんくるようになったので、それを機に日本から代理購入のサービスを始めました。
フィギュア以外は、村上隆や奈良美智といったアーティストの版画作品もコレクションしていますが、若いアーティストと契約したり、自分たちのギャラリーを立ち上げたりして、いまのビジネスに発展してきました。
──最初のギャラリー「JPS香港」は、2014年に設立されたそうですね。
サム そうです。2013年の初めにスペインで行われたアートフェアに行き、多くの地元アーティストに出会いました。その後、香港で最初のスペースを開設し、海外のアーティストをどんどん香港に紹介していったのです。香港でのビジネスが安定してから、2018年に日本初のスペースを東京・品川にオープンしました。
──取り扱うアーティストを選ぶ基準は何ですか?
サム まずは自分たちが好きなアーティスト。奈良美智、草間彌生、ジョージ・コンドー、アンディ・ウォーホル、ダミアン・ハーストなど、多くの著名なアーティストの作風も参考にしていますが、ストリートアートやポップ・アートなど、若者に人気のあるアートは私たちのひとつの出発点とも言えます。
──弟のティムさんとは、普段どのような役割分担をしていますか?
サム 私は2003年から日本に住んでいるので、その頃から日本人アーティストの作品収集や買い付けをやっています。弟は香港でのセールスやギャラリーの運営を担当しています。
──日本でギャラリーをオープンしようと思ったきっかけは何ですか?
サム 香港のアーティストを日本に紹介したいと思ったからです。日本での最初のスペースは品川にあって、オープニング展では香港人アーティストのカシン・ローンの作品を紹介しました。
2019年に原宿にカフェ兼ギャラリースペースを新たにオープンし、同年末には品川スペースをクローズして原宿のスペースを中心に運営するようにしました。
──今回の新しいスペースも原宿にありますね。ギャラリーの場所をどのように決めたのでしょうか?
サム 品川周辺の住宅地には、経済力がありアートを好む中流階級の人たちが多いからです。しかし、海外から観光客は品川に行くことが少ない。だから南青山や原宿にギャラリーを移すことを検討していました。
原宿を選んだのは、若者が多いからです。若い人たちはあまり作品を買わないかもしれませんが、私たちの主な顧客は中国、台湾、香港、欧米などの方なので、日本のオーディエンスが作品を買わなくても、海外のアーティストを日本に紹介することで、プロモーションの効果もあります。また、若い人たちが新しいアートを受け入れやすいことも、私たちが考えたポイントです。
──日本のアートマーケットで長年活動して得られたものや感想はありますか?
サム 多くの日本人コレクターと知り合って、彼らのアートに対する考え方を知ることができました。しかし正直なところ、日本人顧客と比べると韓国人顧客のほうがが作品により多くのお金を使っていることを感じています。韓国政府が税制面で国内の美術品産業を支援していますからね。日本政府も税制面で色々優遇してくれれば、海外の美術品を買う方も増えるのではないでしょうか。最近、羽田空港に保税蔵置場ができたのは、良いきっかけになると思います。
──現在、セカンダリーマーケットでは若い現代アーティストの作品がしばしば高額で落札されており、プライマリーマーケットでもこのような作品を入手することがなかなか難しいです。JPSギャラリーでは、人気のある若い現代アーティストを多く扱っていますが、この現象についてどう思われますか?
サム 多くの若いコレクター、とくに中国の新興富裕層にとって、アートは流動性が高く、不動産や株よりも収益率の高い投資対象だと思います。そして、今日のアートはもはや壁に飾るものだけではない。ブランディングが得意なアーティストが多くいるうえ、アパレルブランドなど、アーティストとのコラボレーションを積極的に行っている企業もあるので、生活の様々なシーンにアートが入り込んでいると言っていいでしょう。これは大きなチャンスだと思います。
──いっぽうで、そうしたアートはあまりに商業的で、投機的な目的で作品を購入している人が多いという批判もあります。
サム 私はビジネスマンでもあります。これは需要と供給の問題であり、誰が正しいかは一概に言えないと思います。
──最近、JPSギャラリーはパリでポップアップ展を開催しましたね。
サム はい、今後、ヨーロッパの様々な都市で、不定期にポップアップ展の開催を計画しています。パーマネントスペースであれば、より多くの人力やお金を投入する必要があるので、また、新型コロナウイルスの影響がまだ続いているいま、多くのギャラリーやコレクターが海外のアートフェアに足を運ぶことができないため、自分たちで機会をつくり、アーティストを紹介する場を見つけることが必要です。そして、ポップアップ展はたんなるオンラインでの展示よりももっと有効です。
──今後、どのような新しいプロジェクトを企画していますか?
サム コロナ禍が落ち着いたら、ヨーロッパかアメリカに3つ目のスペースをオープンすることを計画しています。
──最後の質問ですが、原宿の新しいスペースと日本のアートマーケットに対する期待をお聞かせください。
サム 原宿のスペースについて、若い人たちにもっと現代美術に触れて、現代美術に対する意識を高めて、それを世代を超えて受け継いでもらいたい。日本のアートマーケットに対しては、美大の卒業生のなかから若い才能を発掘し、彼らの展示の機会を増やしていきたいと考えています。