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作品を買う経験が生んだギャラリストとしての矜持。MAKI代表・牧正大インタビュー

2014年には表参道に、2020年に東京・天王洲の「TERRADA Art Complex」のⅠとⅡに新たなスペースをオープンしたMAKI。代表の牧正大にギャラリストとしての意識や、セカンダリーの経験から生まれた自身のスタンスなどをインタビューした。

聞き手・文=安原真広(ウェブ版「美術手帖」編集部)

牧正大

 2003年にSAKURADO FINE ARTSとして設立、おもにセカンダリー作品の販売を行いながら、2010年ごろよりプライマリー作品の取り扱いを開始。2014年には表参道に、2020年には東京・天王洲の「TERRADA Art Complex」のⅠとⅡに新たなスペースをオープンしたMAKI。代表の牧正大にギャラリストとして意識してきたことや、セカンダリー・マーケットでの経験、日本のアートマーケットに対する思いなどをインタビューした。

TERRADA Art Complex、1階がMAKI

セカンダリーからプライマリーへの道筋

──まずは牧さんがいかにして美術の分野で仕事をすることになり、ギャラリーをオープンすることになったのか、経緯を教えてください。

 私はもともとスタイリストのアシスタントをしていたのですが、業界的にも厳しく、挫折してしまいました。新たな職に就こうと考えたときに、文化芸術に関連した分野で、なおかつ身ひとつで学ぶことで道が開けるのではと、美術作品の輸入販売会社に入りました。3年ほど修行をしたのち、00年代前半に30万円ほどの元手で、アートディーラーとして独立したんです。まずはオークションなどで自分がいいと思う作品を買い、ウェブサイトを立ち上げて作品を販売するとうことをコツコツと積み重ねました。

 当時扱っていたのは、日本画や洋画、当時はまだ価格が上がっていなかった草間彌生や奈良美智の作品などです。セカンダリーは自身で身銭をきって商品を買うわけですから、それなりの覚悟と将来性が求められます。必然的に美術の歴史や文脈、マーケットを深く学ぶことになりました。

 次第に購入する作品の価格も上がり、また00年代の半ばごろから現代美術のマーケットも盛り上がりをみせるようになりました。草間彌生を筆頭に現代美術には強い影響をうけていたので、取り扱いを現代美術に注力するようになっていきました。

──プライマリーで作家を取り扱いを始めたのはいつ頃のことでしょうか?

 10年ほど前ですね。最初の取り扱い作家は鍵岡リグレ アンヌです。鍵岡は東京藝術大学の油画出身なので技術的にはとても優れていた部分はあったのですが、作品は正直凡庸でした。当時の僕がその技術をもとに、もっと自分のつくりたい作品をつくってみたらと提案すると、大きな壁画を描きたいということだったので、そのための支援をすることにしました。大きなものを描くたびに作品の色彩も豊かになり、魅力的なものになっていった。この作家は絶対に伸びるなと思い、初めてプライマリーとして取り扱おうと思いました。

鍵岡リグレ アンヌ「Transition」(2021、MAKI)

作品を買い取ることの重要性

──牧さんの取り扱い作家を選ぶ基準を教えてください。

 基本的に取り扱うアーティストの作品は買い取ることが多いので、まずは自分が好きだと思った作家であることが絶対条件です。その積み重ねがギャラリーの個性になるし、カラーになっていく。平均値ではなく、ものすごく偏っていていいと思っています。

 また、これまで自分がセカンダリーでの実践で得た経験から、美術史からの影響をきちんと受けながらも、それを自分のものとして活かしている、そんな作家に魅力を感じます。アーティストには、影響を受けたアーティストや、尊敬するアーティストが誰かを聞いたとき、何かしらの名前を出してほしい。先行する作家からの影響を自分の作品として自分のオリジナリティのなかで昇華する、その意識がとても大切だと思います。

 あとは、固着したコンセプトを前面に出すのではなく、コンセプトは強固でも、それをほどよく感じさせてくれる、心地よい作品をつくる作家も好きなので、取り扱い作家もその傾向があります。

 天王洲のオープニングを飾ったカズ・オオシロのギターアンプをモチーフとした作品群も、一見すると大きなアンプでしかないのですが、裏に回るとそれがキャンバスに描かれたものであることに気がつく。日常において自分が何を見ているのか考えさせられますよね。人間は一見して相手を判断してしまいますが、作品も同様だと思います。一部の表面だけでわかった気になりますが、現実で体験しなければわからないことがある。それがアートのおもしろいところではないでしょうか。

カズ・オオシロ Orange Speaker Cabinets and Gray Scale Boxes 2009 Acrylic and Bondo on stretched canvas 73.7×76.2×37.5cm / each

──現在、国内の多くのギャラリーは取り扱い作家の作品を委託販売し、売上を作家とギャラリーが分け合うという形態が主流ですが、MAKIは作品を買いきって販売しているのですね。

 セカンダリーを扱ってきたので、委託として作品を預かるという習慣がなく、取り扱い作品がほとんどプライマリーになったいまでも、セカンダリー時代と同じようにかなりの割合を買い取っています。

 例えば魅力的な若手アーティストが現れて、このアーティストをうちのギャラリーに所属してもらって、世の中に広めていこうと思ったとき、多くの若手アーティストはお金がありませんから、副業などで美術に専念できないことがが大半です。そういったアーティスト1年間個展のために準備させて、結果的に数点しか売れなかったとすると、売上をギャラリーと折半して微々たるお金しかアーティストは手にできません。制作してきた1年間も無駄になるし、アーティストの手元に戻った作品も無駄になり、また生活のためにアルバイトをしなければならない。こうしたサイクルを繰り返していると、アーティストとして何も進まないまま時間だけが過ぎてしまい、アーティストを辞める人もいるでしょう。

 作品を売ることの厳しさを経験するのはいいことですが、その厳しさはアーティストと同様にギャラリーにも求められているはずです。数点しか売れなかったとき、ギャラリーは何をやっていたのかということですよね。アーティストを取り扱い作家として誘ったということは、アーティストの生活を背負うということでもあると思うんです。その生活のためのお金はギャラリーが出すことも選択肢のひとつではないかと。できた作品が良いものだったら、すぐに代金をアーティストに払って個展の前に買い取るようにしています。それを元手にアーティストは制作に集中することができるし、これまでアルバイトをしていた時間で様々な作品を見て自分の糧にできます。

 もちろん、なんでもいいから買うという態度ではアーティストは育たないので、良いと感じられない作品は購入しません。僕と折衝をすることで、アーティストは考えながら作品を高めていくし、そこも含めてギャラリストの仕事だと思っています。そして、何年後になるかわかりませんが、中身の濃いあらゆる利益となってギャラリーに返ってくると思っています。

──たしかに、SNSでアーティストとコレクターが直接つながれる時代になったいま、ギャラリーはアーティストに何を提供できるのか、改めて問われているのかもしれません。

 ギャラリー側が考えなければいけない時代ですよね。個人のSNS経由等で作品が売れるアーティストは売れるし、そういったアーティストにとっては、ギャラリーに所属するメリットはないかもしれない。では、ギャラリーがやるべきことは何かと考えると、アーティストの作品を最大限に活かすことができる作品を見せる空間づくりや、アーティストの存在や雰囲気を感じさせるブランディングとプロモーションになります。

 そのための障壁としては、日本のギャラリーにおけるスタッフの少なさやスペースの構造もあると思います。海外のトップギャラリーはアーティストのマネジメント、広報、キュレーション、配送、経理と、各部門のプロフェッショナルが専門分野で仕事をしています。各分野のプロの集団だからこそ、アーティストの魅力を的確に伝えられるし、コレクターに的確に作品を届け、アーティストの価値を上げることができている。それは、アーティストひとりではできないことですし、それこそがギャラリーの仕事だと思います。

 僕自身、コレクターでもあるので、世界中のギャラリーに足を運んで作品を購入してきましたが、やはりプロフェッショナルだと思わされることが本当に多い。プロフェッショナルだからアーティストが輝いてみえるし、アーティストもそれに応えようとする。MAKIはスペースの数も増えて、規模が大きくなっているとはよく言われるのですが、ギャラリーを続けていくには、そういった仕事をしないと先がないということを、私もスタッフもつねに意識しています。

 作品がプライマリーである瞬間って刹那でしかなく、納品した瞬間にセカンダリーに変わるわけですよね。僕はセカンダリーを徹底的に経験してきたので、誰かの手に作品が渡るまでの、プライマリーの時間にしかできないことに、徹底的に向き合うべきだと思っています。

ススム・カミジョウ「丘の向こう Beyond The Hills」(2021、MAKI)

作品を売るからには自らもコレクターでありたい

──MAKIではプライマリーの展覧会のみならず、これまで牧さん夫妻がコレクションしてきた作品を展示する「MAKI Collection」のスペースも特徴ですが、なかでもジョナス・ウッドの「テニスコート・ドローイング」シリーズ24点を展示する部屋は圧巻です。

 ジョナス・ウッドは、生活のなかにある花瓶だったり、テレビのスポーツ中継で誰もが目にするテニスコートだったりと、日常と接続するものをモチーフにしてきたアーティストです。そして、様々なアーティストの表現を学んだうえで、余分なものを排除して再構築できる作家です。彼の作品には圧倒されますが、同時にその作品には心地よさも感じられます。

 ジョナス・ウッドのテニスコートのシリーズは世界中に購入を希望するコレクターがいました。そうしたなか、私のような転売する可能性があるギャラリストに販売することはタブーだったわけだし、反発もすごいあったわけです。でも僕は、ジョナスがまだ著名ではないころから重要な作品をコレクションしていましたし、親交もありました。僕は純粋に日本でジョナスの作品を見せたいと思っていたし、それを実現できる場所もこうして用意することで、購入が認めらました。さらに「ロサンゼルス・カウンティ美術館に所蔵されて自身の部屋ができる」というジョナスの夢を実現するため、2025年までに同館へ作品を寄贈することになっています。

ジョナス・ウッド Australian Open 11(2018)、French Open 16(2018)、Wimbledon #13(2016)、US Open 15(2018)、テニスコート・ドローイングより Los Angeles County Museum of Art, promised gift of Mr. Masahiro Maki and Mrs. Yoshimi Maki, (c)Jonas Wood, courtesy Wood Kusaka Studios and MA

──コレクションを見せるということが、牧さんのギャラリストとしてのあり方にも強く関わっているように感じられます。

 僕はギャラリーをやる以上、自分がアートに対して持っている思想や精神を実現してかたちにしていきたいと思ってきましたが、コレクションを天王洲で見せるということは、僕にとって「どういうギャラリーをやりたいか」という原点に深く関わります。

 日々、ギャラリストとしてコレクターに作品のプレゼンテーションをするわけですが、お客さんに作品をすすめているのに、それを自分が持っていないということにすごい違和感があるんです。だから、取り扱いアーティストの作品はすべて個人のものとしてコレクションしています。お客さんと同じお金を出して購入したという立場が大切なんです。またMAKIのアーティストだけでなく、世界中のギャラリーから様々なアーティストの作品をコレクション、公開しています。純粋なコレクターの立場として発信したいんです。

 もともと僕はセカンダリーを扱っていた時代に多くの作品を買ってきました。当時はまだ安かった草間彌生の作品をたくさん取り扱いましたが、草間さんのことを知るたびにどんどん作品が好きになっていった。好きだから売らないで自分のものにしたものもたくさんあります。当時からコレクション癖があったし、真剣に作品に向き合うと当然自分でも欲しくなるんです。経営的に厳しくなったときに、どうしても作品を売らざるを得ず、助けてもらったこともありますが、いまでも草間さんの回顧展のために、コレクションを世界中の美術館に作品を貸します。

 日本では常設で個人のコレクションを見せる場があまりありません。自分の財産を見せびらかさないという日本独特の美徳の文化があるためだと思いますが、それが国内のアートマーケットが育たないネックのひとつでもあります。コレクターが作品を見せることで、作品を納めたアーティストもそこに集まるし、ほかのコレクターやギャラリストたちも集まり、そこにディスカッションが生まれる。そのような場所にギャラリーをしたい。その意味でも、コレクションを見せることは、僕の思想の体現ですし、僕なりのメッセージなんです。

コレクション展示「JAPAN」(2021、MAKI)

編集部

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