第1弾の会田誠に始まり、鴻池朋子、川島秀明、荒神明香と続いた「コロナ時代のアマビエ」。大岩オスカールが発表したのは、モノクロのドローイング作品《太陽と10匹の妖怪》だ。ブラジルはサンパウロで日本人の両親のもとに生まれ、サンパウロ大学で建築を専攻したのちにアーティスト活動を開始。1991年から2002年まで日本で活動し、現在はニューヨークを拠点に制作を行なっている。アマビエのことは依頼を受けて初めて知ったという大岩は、感染が爆発的に拡大した2020年春のニューヨークについて語り始める。
大岩 いまアーティストとしてニューヨークに住んでいますが、アメリカでは中国やヨーロッパのあとにコロナの感染が拡大しました。その中心となったのがニューヨークです。一番ヨーロッパから近い場所だったのと、当時は大統領が情報をもっていたけど何も対策をしなかった。空港で入国をストップさせないどころか、体温チェックさえしなかったからニューヨークにウイルスが入ってきて、すぐに流行して、去年4月のひどいときには2週間で1万人が死亡することさえありました。
感染が拡大するとみんな怖くなります。部屋にこもって誰も外に出ず、街はゴーストタウンみたいになった。強盗にやられないようにお店は窓にベニア板を張って、寒くて通りは霧がかっていて、ホームレスだけが増えて以前のニューヨークとは変わってしまった。自分も家にこもって何か制作しようと思って、その少し前に買ったタブレットを使ってデジタルで絵を描き始めました。自分が行けない世界の色々な場所を絵に描いて、絵のなかでどこかに行こうと思って絵と日記のような文章にまとめ始めました。
──アトリエには通わず、自宅にこもって制作を続けられたんですね。
大岩 そうですね。6月ぐらいに世の中が少し良くなって、自分もアトリエに自転車で通うようになりましたが、いま東京都現代美術館に展示されている20点のシリーズはそういうタイミングで生まれました。いろんなタイプでいろんな国をテーマにした絵を描いたんですが、そのシリーズの終わりの方の時期が、まだワクチンのない状況で、誰が最初にワクチンをつくるのか競争みたいになっている時期と重なっていました。そんななか、生き物が光と希望を探しているような絵を描きたいと思って、それが自分にとってのアマビエになりました。
──アマビエはご存知でしたか?
大岩 日本にいなかったから話題になっていることも知らなかったし、アマビエという言葉自体も知りませんでした。ネットで調べて知ったんだけど、自分の役割は個人を通して時代について考え、作品に表現することだと思っているので、自分なりに現代を表現するうえで、あの大きな絵にいろんな生き物を描くのはマッチしていたんだと思います。
──《太陽と10匹の妖怪》の名の通り、妖怪たちがモチーフとなっています。
大岩 日本の妖怪は日本独自というか、中国や韓国にも似たものがあるのかわからないけど、西洋のゴーストとはちょっと違って、ある意味で可愛い。ある意味ではイタズラ。ある意味ではちょっと怖かったりもする。今回の作品では、よく見るとそれぞれの妖怪が国のかたちになっていて、その妖怪の姿をした国がそれぞれ光を探している姿を絵にしました。
選んだ国は、よくニュースに取り上げられていた国です。まずはワクチン開発に力をかけようとしていた国で、つまりは被害者が多かった国。中国、インド、ロシア、ブラジル、アメリカ、イタリア、ドイツ、フランス、スペイン。それと、日本もクルーズ船からクラスターが発生してニュースになっていましたね。そうした国をテーマにしました。
──モノクロの作品に仕上げた経緯とは。
大岩 アーティスト活動を始めてからずっと油絵具でカラーの絵を描いてきたけど、10代の頃は、モノクロでイラストや漫画のようなものをずっと描いていました。そこが原点です。最近になって、自分の表現の原点をグレードアップさせたいという思いが出てきて、大きなドローイングをこの5年ぐらいよく描いています。それを見直すためにも、デジタルでドローイングすることで何ができるかチャレンジしているところです。今回の作品も、最終的にデジタルで描いた原画を紙に投影して、インクで描きました。
──デジタルドローイングにはどのような面白さがありますか。
大岩 デジタルの場合も手を使って描くわけですが、タブレットのモニター上で縮小したり拡大したりできるのが通常のドローイングとは違いますね。絵を拡大してディテールを細かく描いて縮小すると、ディテールの密度がすごく上がるんですね。それが大きな特徴のひとつで、もうひとつは、黒で描いてその上から白で描くことも白で消すこともできる。コピー&ペーストとかレイヤーの使い方とか、細かい技はあるけど、色々試せるのは面白いですね。
──オスカールさんは油絵を描くことと並行して、新しい技術や道具もどんどん試されている印象があります。
大岩 自分はもともと大学で建築を専攻して、そこから現代アートの世界に入ったんですが、大学で油絵や日本画、彫刻など特定のアートの分野を学んだわけではなく、アイデアがあったらそれをどう表現するかというのが自分のやり方です。だから、どの技法でどのようなものをつくるのかは、アイデアの後から出てくる。アイデアに合わせてテクニックをどう使うのか、道具をどう使うのか。油絵も彫刻もプリントも全部やっちゃうし、最近は動画も編集を覚えたり、NFTについて勉強して、何ができるのか実験し始めたりもしています。
──ニュースを見るとニューヨークもコロナの感染ピークの頃とはだいぶ状況も変わり、通常の生活に戻りつつあるように見えます。
大岩 ワクチンのおかげでだいぶ良くなりました。人と会えたり、画廊でオープニングも行われたり、自分のスタジオでも友だちを呼んで風通しのいい屋上でバーベキューをするようになったり、空気が変わってきたと感じます。
そして、2年ぶりにようやく日本に来ることもできました。コロナ禍でもいろんな仕事や展覧会をしていましたが、一番フラストレーションだったのは、自分が作品を出品した展覧会も自分で見られないことでした。「見たよ」って友だちからメールをもらったりしても、自分だけ見られないのが悔しかったから、この夏に日本に来ることは自分にとって大きなチャレンジでした。ビザを取るのもすごく大変だったけど、どうにか来ることができて本当に嬉しいですね。