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「心地よい絵」を目指しコロナ時代を歩む。会田誠インタビュー

2020年11月6日にグランドオープンを迎えた角川武蔵野ミュージアム。ファインアートに加えてサブカルチャーや民俗学までを網羅するこのミュージアムの2階ロビーで「コロナ時代のアマビエ」プロジェクトがスタートした。6名のアーティストが2ヶ月ごとに作品を発表するプロジェクトだ。第1弾の作品を発表した会田誠に話を聞いた。

文・写真=中島良平

会田誠と《疫病退散アマビヱ之図》(2020)

──新型コロナウイルスのパンデミック以降、江戸時代末期に現れ疫病を予言した謎の妖怪「アマビエ」がSNSで話題となりましたが、そのアマビエをテーマにアーティストが作品を制作する「コロナ時代のアマビエ」プロジェクトが開始されました。その第1弾として会田さんは《疫病退散アマビヱ之図》を制作されましたが、本作の作家ステートメントに「もう半年以上前にネットで流行ったアマビエをお題として与えるということは、現代美術家ならではの増幅や逸脱を期待されてのこと」という一文があります。どのように制作コンセプトを考案したのでしょうか?

 まず、アーティストならではの視点で何かできないかと考えたんですが、考えているうちにポッと絵柄が思い浮かんだんですね。人物が描かれていますが、いかにも素直なアマビエのイラストに近いものです。アートらしくはないかもしれませんが、僕以降にアーティストが5名続くので、トップバッターは素直にイラストに近いものを出してもいいのではないかと思ったんです。続く5名がアートならではの「コク」を与えてくれるだろうから、第1弾はライトな表現のほうがいいのではないかと考えました。

──角川武蔵野ミュージアムという場所の特性も考慮しての制作コンセプトのようにも感じられました。

 キュレーターの神野真吾さんから僕は依頼を受けたわけですが、松岡正剛さんが館長で、荒俣宏さんがアドバイザリーボードを務めていて、このミュージアムがやろうとしていることも考えて、自然と馴染むような絵柄にもしたいと考えました。

 もともと自分のことをイラストレーター的な気質があるタイプのアーティストだとも思っています。中学時代には『スターウォーズ/帝国の逆襲』(1980)のポスターを描いた生頼範義さんのような方に憧れて、自発的に絵を描きたくなったので、原点に戻って素直に描いてみようという考えに至りました。

──絵の構成はどのように考えたのでしょうか。

 最初に思い浮かんだのは、縄文時代のモリを持って、古代の漁法で魚を捕る海の民のような存在です。人間でもいいし、海の妖精やもののけに見えてもいい、そういったキャラクターのイメージが浮かびました。男か女かもわかりませんが、モデルを用意したわけではありません。「海」や「夕日」などとあわせて、中心となる人物の参考になりそうな画像検索をしたところ、写真家がエーゲ海などを背景に撮影した美少年のレトロな白黒ヌード写真が出てきました。ギリシャ時代をイメージして月桂冠をかぶっていたり杖をついていたり。一時期流行ったんでしょうかね? そんな写真をイメージの参考にしました。

会田誠 疫病退散アマビヱ之図 2020 撮影=宮島径 (c)AIDA Makoto Courtesy of Mizuma Art Gallery

──背後には、大きく太陽が輝いていますね。

 新型コロナ禍で人間の相手となるウイルスというのは、地球に生まれた生命としては僕たちの大先輩で、人間は地球においては新参者なわけです。本来なら負けて当たり前で、新型コロナ禍で人間の文明の脆弱さが突かれるのは当然のことなのではないかと。ある程度の諦めの境地に至ることが、心の平穏につながると思っています。

 ウイルスと太陽を結びつけて描いた理由は、太陽というのは地球における、というよりも、太陽系における恵みの源だと思ったからです。すべて太陽ありきで、その末端で生きている僕たちは「生きているだけでめっけもん」ぐらいのポジティブシンキングでいきたい。そんな思いも込めて、大先輩であるウイルスと太陽を重ねて描きました。

──我々は太陽に生かされており、ウイルスとも共存していかないといけない、というような思想が込められているわけですね。

 コロナウイルスに打ち勝つには、どうしたってワクチンの開発や予防の徹底といった、科学や医学の領域での対応が必要です。いっぽうで、江戸時代には疫病が避けていくようにとアマビエの瓦版を家に貼りつけたと言われています。僕の想像ですけど、江戸時代の人にとっても、そうした行為は気休めとしての側面があるのだと、わかっている人が多かったと思うんですよね。そのあたりの心理は、現代人と変わらないのではないかと。

 目に見えないコロナウイルスみたいなものに対する為す術のなさというのは、現代人も江戸時代の人も変わらないところがあって、心の安定を得て、パニックを避け、なるべく平常心を保つことが大切だと思うんです。そういう状況で文化が何かできるとしたら、心の領域においてです。僕らしくない発言かもしれませんが《疫病退散 アマビヱ之図》に関しては、普段のアイロニカルな会田は影を潜めさせていただいて、なるべく平常心を保つような機能を持たせようと思ったんです。

──角川武蔵野ミュージアムの4階には原画が、2階ロビーには大きく引き伸ばしたバナーが展示されています。

 角川武蔵野ミュージアムを下見したときは、まだ何もコンテンツのない空っぽの箱の状態でした。お店が開店したときに花輪を飾るような感じで、ロビーにパーっと明るい色の大きなものがあるといいな、という単純な発想もありました。

角川武蔵野ミュージアムのロビーに展示された《疫病退散アマビヱ之図》(2020)

──実際に新型コロナウイルスの感染が拡大した自粛期間など、会田さんはどのような影響を受けましたか。

 勤め人ではないので、もともと家にいるのが普通という状態でしたが、それ以外は僕も一般の方々とほとんど同じだと思います。外に行って飲んだり、ワイワイ楽しむことを禁止されたら心も塞ぎますし、軽い鬱みたいな状態がいまも続いているようなものです。でもここで暴れても仕方ないので、淡々と暮らしています。

──展示などの予定も、大きく変わったのではないでしょうか。

 2020年はものすごく忙しい年になるはずでした。オリンピック関連で、おもに建築家の方々が、新国立競技場近くのエリアの野外で、建築的な展示物をつくるという「パビリオン・トウキョウ2020」というイベントがあって、僕も参加する予定でした。オリンピックが延期になったのでこのイベントも延期になりましたが、来年はオリンピックがあってもなくても決行することになっています。

──「パビリオン・トウキョウ2020」で制作するのは、どういう作品か教えていただけますか。

 「オリンピック万歳」という類の作品ではなく、日本社会へのある種の批評的な作品です。1995年ぐらいにホームレス向けのデラックスな段ボールのお城のような《新宿城》という作品をつくったんですが、それの2020年版を考えています。段ボールとブルーシートというのは昔から気になる素材で、それらを震災や、あるいは貧困であったり低迷する経済を反映する物質として扱う、そういうタイプの作品です。

──新型コロナ禍の日本社会を批評するようなコンセプトへの変更は予定していますか。

 コロナはなんといっても世界同時多発で、国も民族も関係なく起こっているのが特徴です。僕は基本的に日本のことをテーマに考えて制作している作家なので、もしかしたら、あまりにワールドワイドな素材であるコロナを、作品のテーマとしてとらえにくいのかもしれません。

 今回注文をいただいてこうして《疫病退散アマビヱ之図》を描かせてもらいましたが、それ以外には「これはどうしてもつくって発表せねば!」という強いものが思い浮かばない限り、コロナをテーマに制作することはないと思います。2011年の震災のときもそうでしたが、あまりに大きな悲劇が起きた時は、よほどの必要が生じない限り、それを題材にした作品はつくるべきではない、という自戒が僕にはあります。

──ではコロナに関係なく、いま制作中の作品や構想段階の作品はありますか。

 いつも、直近のことしか頭になくて、いまは来年の夏に「パビリオン・トウキョウ2020」で発表する作品の肉体労働を待っている感じです。ちょっと前までは小説『げいさい』(文藝春秋)を仕上げることでいっぱいでした。《疫病退散アマビヱ之図》は久しぶりに描いた絵でしたから、文筆の反動で「やっぱり絵具と筆はいいものだわい」と思いながら描いていました。

──絵を描いて得られる興奮であったり、喜びのようなものは若いころといまでは、どのように変化しましたか。

 (しばらく考えて)あまり変わっていないですかね。毎回、「楽勝だ」って自信満々で描き始めるんですが、手を動かしているといつも困難にぶつかって、バタバタと大変なまま締め切りが近づいて来るわけです。最後には見苦しく暴れながら納品するんですが、その結果がいいときも、悪いときもあります。事前に成功するか失敗するか予想がつかないのも若いころからあまり変わらないですね。

 それでも充実感はあります。失敗したとしても、何もやらないよりはやったほうがいいという感じでしょうか。失敗と思えるような部分も僕の「抜けがたい癖」みたいなもので、そこにこそ僕らしさはあるのかもしれませんし、それを認めざるを得ない気がします。描き手の癖が出てしまうのが絵であって、そうでなければCGで綺麗なものをつくればいいわけですから。

──いま描いてみたい絵、またはいつか描いてみたい絵というのはありますか。

 今後はタイムリーなものをつくって発表するよりも、時間をかけてゆっくり描きたいと思っています。人類や日本の行く末を味わいながらていねいに制作していきたい気分で、エマージェンシーなものは、若手に任せたいという心境が強くなっていますね。最近は「ただ心地よいだけの絵画を最後に描きたい」なんて思っていて、俵屋宗達やアンリ・マティスのような、絵画のある種の高みを、最後は目指したいなと。

──心地よい絵というと、イメージするのが宗達とマティスなんですね。作品のどこに心地よさを感じるのでしょうか。

 僕のなかではなぜかそういうことになっています。それがなにかを分析したくて、描いてみたいと思うんでしょうね。心地よい絵の共通項とは何なのだろうかと。曲線がポイントであるような気もしますが、必ずしも直線が心地よくないわけでもないので、まだわからないですね。

 でも、やっぱり描き手の心持ちでしょうか。宗達やマティスがどんな人だったのかはわかりませんが、自分も心地よい絵が描ける「キャラクター」になりたいということでしょうか。社会や政治に直結したギスギスした表現から、しだいに意味性から解放されたホワ〜っとしたところに行きたい、というか。そんな人生の最後の仕上げみたいなことを最近は考え始めています。

──まだ55歳なんですから、老後みたいなことをおっしゃらないでくださいよ。

 僕も若いときは機敏に動いていたところもあったかもしれませんが、もう55歳。『サザエさん』の波平よりも年上ですから。

 たしかに「お前、まだ55歳だろ」って言われるような気はしつつも、自分の老人化や老後のことは早め早めに考えておいていいと思うんですよ。ある日突然衰えがやってきて「ガガーン」とショックを受けるよりも、早めに覚悟しておいたほうがいいですよね。だから、最近は「平穏」というのが、僕の大事なテーマなのかもしれません。

会田誠と《疫病退散アマビヱ之図》(2020)

編集部

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