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今年のアート・バーゼル香港は何が違うのか? ディレクター・アジア、アデリン・ウーイに聞く

今年5月19日〜23日にアート・バーゼル香港がリアルな会場で2年ぶりに開催。香港に渡航できないギャラリーに向けてサテライトブースを設置するいっぽうで、ライブ配信プログラムも展開する。昨年のフェアの開催中止を受けて同フェアが立ち上げたオンラインプログラムの効果や、今年のリアルなフェアに対する期待について、アート・バーゼルのディレクター・アジアであるアデリン・ウーイに聞いた。

聞き手・文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

アート・バーゼル香港が2020年11月に開催した小規模なアートフェア「香港スポットライト」の様子 (C) Art Basel

 世界最大級のアートフェア「アート・バーゼル」は、2020年にその設立50周年の節目の年を迎えた。当初、昨年3月の香港を皮切りに、6月のバーゼル、12月のマイアミ・ビーチと3ヶ所のフェアで一連のアートプロジェクトを展開する予定だった。しかし、昨年の初めから世界を席巻する新型コロナウイルスの影響により、これらのプロジェクトは実現に至らなかった。

 20年3月のアート・バーゼル香港の開催中止を受け、アート・バーゼルはオンライン・ビューイング・ルームを開設し、以降、バーゼルとマイアミ・ビーチのフェアの会期中、9月、10月、21年3月にテーマ別のオンライン・ビューイング・ルークを行ってきた。

 そして今年5月19日〜23日に、アート・バーゼル香港は香港コンベンション&エキシビション・センターで2年ぶりに開催。香港に渡航できないギャラリーに向けてサテライトブースを設置するいっぽうで、リアルなフェアと並行してバーチャルツアーなどを含むライブ配信プログラム「アート・バーゼル・ライブ:香港」を展開する。

 世界情勢が新型コロナウイルスに翻弄された1年を経て、アート・バーゼルはオンラインプログラムの効果についてどう評価するか? また、今年のリアルなフェアの開催に向けてどのようなことを期待しているのだろうか? 同フェアの責任者であるディレクター・アジア、アデリン・ウーイに話を聞いた。

ハイブリッドモデルに変化しつつあるOVR

──前回日本にいらっしゃったのは、2020年1月にアート・バーゼル香港(ABHK)が東京で記者会見を行ったときだったと思います。まずは、コロナ禍がウーイさんのその後の仕事や生活に与えた影響についてお話いただけますか?

 確かに、反省、変化、適応の1年でした。世界中が突然、新しい考え方や仕事のやり方に適応しなければなりませんでしたが、それが前向きな革新をもたらしました。アートコミュニティのすべての人々が一丸となり、力を合わせてお互いをサポートしているのを見て、感銘を受けました。企業や組織は、デジタルの世界にどっぷりと浸かり、新しいモデルに適応していきます。対面式のイベントの体験を置き換えることはできませんが、オンラインプラットフォームはいまやアート界で重要な役割を果たしており、ハイブリッドモデルが将来の方法になると信じています。

──ABHKは、昨年の物理的なフェアの中止を受けてオンライン・ビューイング・ルーム(OVR)を立ち上げ、その後も何度かOVRを開催してきましたが、OVRによってABHKは何を達成したのでしょうか?

 2020年の香港での展示が中止になったため、OVRの取り組みを前倒しで開始することにし、昨年3月に展示予定の作品の販売プラットフォームを出展者に提供しました。アート・バーゼルのOVRの開始により、旅行やソーシャルディスタンスをとる措置では不可能な時期に、世界のコミュニティがつながることができ、また、この非常に困難な時期に、私たちのギャラリーにさらなる支援を提供することができました。

2020年6月に開催されたアート・バーゼルのオンライン・ビューイング・ルームより

──この1年、アート・バーゼル以外にも多くのアートフェアがOVRを立ち上げましたが、コレクターやメディアはOVRに飽きているようです。それがギャラリーの熱意や売り上げに影響しているのでしょうか?

 現在、多くのOVRが行われていますが、私たちは品質と素晴らしいコンテンツが重要だと考えています。私たちのOVRに参加したあらゆるレベルのギャラリーから、非常にポジティブなフィードバックをいただきました。全体的に、このプラットフォームは真剣で適格なリードやコネクション、そして強力なセールスを生みだしました。さらに、「Art Market Report 2021」のデータを見ると、美術品や骨董品のオンライン販売が前年から倍増となる過去最高の124億ドルを記録し、市場価値の25パーセントを占めたことが記されています。

──より多くの人に参加してもらうために、アート・バーゼルは今後、OVRをどのように改善していくのでしょうか?

 私たちは、ギャラリーのプロモーションの手段として、OVRのプラットフォームに投資し続けています。新しいグリッドレイアウトやフィルターレイアウト、新しいチャット機能の追加など、いただいたご意見をもとに、OVRの技術仕様や機能をつねにアップデートし、お客様や鑑賞者のニーズに合ったものにしていきます。

──パンデミックが終わったあとも、アート・バーゼルのOVRは継続して開催されるのでしょうか? また、今後、どのようなオンラインプログラムが導入される予定なのでしょうか?

 デジタルとフィジカルの要素を組み合わせたハイブリッドモデルが、アートフェアの未来です。先日、「アート・バーゼル・ライブ」をスタートさせましたが、これはフィジカルなフェアと並行して行われるもので、オンライン・ビューイング・ルーム、様々なライブ配信イベント、毎日の放送、バーチャル体験などが用意されています。この新しい試みの目的は、参加ギャラリーやアーティスト、そして街全体の文化的プログラムを、世界中の多くの人々に伝えることです。

これまで以上に重要となったリアルなフェア

──今年はとくにリアルなフェアが重要視されているようですね。今年のリアルなフェアを開催するために、アート・バーゼルはどのような困難を乗り越えたのでしょうか?

 リアルなフェアは置き換えられません。昨年、香港コンベンション&エキシビション・センター(HKCEC)で開催した小規模な「香港スポットライト」はとても好評でした。今年の5月にギャラリーをふたたびフェア会場に迎えることができ、とても嬉しく思っています。また、香港でのフェアに尽力してくれたギャラリーにも感謝しています。この1年間、私たちは例外的な状況に置かれていたため、旅行の制限やソーシャルディスタンスをとらなければなりませんでしたが、サテライトブースやデジタルサービスの拡大など、ギャラリーをサポートする新しいモデルを導入できたことを嬉しく思っています。

2020年11月に開催された香港スポットライトの様子 (C) Art Basel

──おっしゃる通り、今年のABHKでは、香港に来られないギャラリーのためにサテライトブースを導入しています。では、ABHKはどのようにして、展示会に来られないコレクターにギャラリーがアプローチできるようにするのでしょうか?

 私たちは、デジタルプラットフォームが実際にアートを見る体験に取って代わることはできないと考えていますが、アート・バーゼル・ライブをはじめとする私たちが立ち上げたデジタルツールは、ギャラリーが勢いをつけ、コレクターとつながるのに役立っています。

──報道によると、香港政府は5月中旬に「来港易」(中国本土の人々が検疫を受けずに香港に来ること)政策を開始し、香港に来る中国本土の住民に14日間の強制検疫を免除するとのことで、ABHKにとっては朗報と言えそうです。ABHKの今年の来場者数と売上高についての予想を教えてください。

 現行の政府規制では、HKCECは来場者数の制限を含むソーシャルディスタンスの措置をとる必要があります。来場者数は例年よりも少ないと予想していますが、会場やオンラインプログラムにはすでに多くの反響とエキサイトメントをいただいています。セールスについて語るのはまだ早いですが、香港スポットライトや過去のOVRでの素晴らしいパフォーマンスと、ギャラリーの質の高い展示プランにより、ギャラリーと観客に素晴らしいフェアをお届けできると確信しています。

──昨年6月末に成立した国家安全法はアートフェア自体に何か影響をもたらしたのでしょうか?

 これまでのフェアでは、検閲の問題はありませんでした。また、新しい国家安全法の施行に伴うフェアの根本的な変更も予定していません。

──コロナ禍以降、香港やアジアのアートマーケットにはどのような変化がありましたか?

 香港は過去に大きな回復力を示し、アジアのなかでユニークな位置を占めており、活気に満ちた国際的なアートハブであり続けています。また、主要なオークションハウスが香港で大規模なセールを開催したり、セントラルのGalerie Ora-OraやKwai Fung Hin、今年初めにハリウッド・ロードに2つ目のスペースをオープンしたRossi & Rossi、今年秋にワンチャイに新スペースをオープンするEdouard Malingue Galleryなど、香港に新しいギャラリースペースがオープンしています。

 パンデミックにもかかわらず、アジアのアートシーンが繁栄しているのを目の当たりにし、国内市場が拡大していることに興奮しています。日本では、「ヨコハマトリエンナーレ」がコロナ禍の後、最初に開催された大規模なアートイベントのひとつとなり、森美術館では2020年後半に大規模な展覧会「STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ」が開催されました。中国では、昨年11月に開催された「上海アートウィーク」の期間中、100以上の展覧会やイベントが開催され、大盛況となりました。また、今年は上海の浦東美術館や、北京の非営利の現代アートセンター「マッカリーン・アート・センター」など、新しい美術館がオープンしています。さらに、今年の1月には「シンガポール・アートウィーク」が開催されたことも素晴らしいことでした。

 私たちが学んだ重要なポイントは、ギャラリーが新しいオーディエンスの広い基盤があることを学び、この期間中に新しいオーディエンスを開拓し、アーティストや既存の顧客との関係を強化することができたため、地元のアートシーンが繁栄しているということです。海外旅行ができないいっぽうで、ギャラリーとアーティストは地元のオーディエンスと違った関わり方で実験的なプロジェクトを企画し、新しいアイデアやモデルを地元で試すことができました。

アデリン・ウーイ (C) Art Basel

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