2021.5.28

映画『HOKUSAI』主演の柳楽優弥と田中泯が語る。ふたりで迫った葛飾北斎の素顔とは?

葛飾北斎(1760〜1849)の生涯を、若き北斎を柳楽優弥、晩年の北斎を田中泯というダブル主演で映画化した『HOKUSAI』が5月28日より全国公開される。役づくりのなかで北斎という人間がどのように浮かび上がったかについて、ショートインビューにて答えてもらった。

聞き手・構成=肥髙茉実 撮影=稲葉真

左から田中泯、柳楽優弥
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 90年の生涯を通して、3万点以上の作品を描き残したと言われる葛飾北斎(1760〜1849)。北斎が巻き起こしたジャポニズム・ブームの影響は計り知れず、海を越え、エドゥアール・マネ、フィンセント・ファン・ゴッホをはじめ、ヨーロッパの画壇にも大きな影響を与えたことはよく知られている。もっとも有名な日本人のひとりとして世界的にも著名な北斎だが、いっぽうでその生涯について記された資料は少なく、謎の多い人物でもある。

 昨年は北斎の生誕260周年。その知られざる生涯が、若き北斎を柳楽優弥、晩年の北斎を田中泯というダブル主演で映画『HOKUSAI』として公開される予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により延期となっていた。同作は、晴れて5月28日より公開となる。

 数少ない史実に独自の視点と解釈を加えた本作の見どころや、演じてみた感想はどのようなものだったのか。公開を前に、主演のふたりに話を聞いた。

『HOKUSAI』 (C)2021 HOKUSAI MOVIE
『HOKUSAI』 (C)2021 HOKUSAI MOVIE

──生涯に関する資料は少ない北斎ですが、おふたりは情報がないなかでの役づくりにどのように挑んだのでしょうか?

柳楽優弥 とくに青年期の北斎は、調べれば調べるほど謎が多く、情報が残されていないので、監督と試行錯誤しつつ、この映画ならではの北斎像をいちからつくり上げていきました。撮影は、僕が演じた若い頃の北斎のパートから始まったのですが、晩年を演じる泯さんの存在を追いかけすぎないようにすることも心がけました。売れない絵師だった青年期から、世界中に名が知れ渡るほどの有名絵師になった老年期にいたるまでが描かれたサクセスストーリーは、演じていてとても楽しかったです。浮世絵師としてなかなか芽が出ない自分をよそに、ライバルの東洲斎写楽や喜多川歌麿が評価されることに「悔しい」ともがく青年期は、けっして華やかではないですからね。

柳楽優弥

 それでも僕は「あの天才絵師と言われた北斎であるならば、絵を描く技術はあったはずなので、当時の北斎は実際には、どこまで描くことができていたのだろう」と考えたりもしました。そうした基本的なところから探りながら、役をつくっていきました。監督や現場スタッフのみなさんと、北斎の謎を解いていく感覚が楽しかったです。

『HOKUSAI』 (C)2021 HOKUSAI MOVIE

田中泯 北斎は、文書記録のみで映像も残されていないし、語り口から容姿まで知り得ない人物なので、模倣のしようがない。こんなに難しいことはなかったです。今回のオファーは、制作の皆さんから見て、北斎の老年期と僕のイメージに重なるものがあったということだったので、逆に、北斎を自分のイメージに引き寄せて重ねるように演じました。

『HOKUSAI』 (C)2021 HOKUSAI MOVIE

 北斎は、美人ばかりが描かれていた江戸時代に、当時まったく流行していなかった海や自然を突然描き、やがて世界中に流行させたわけですから、とてつもなく頭の良い、考え抜いた絵師という印象です。描くことが好きというよりも、描くことが当たり前という感覚があったのではないでしょうか。若いこりから描き続けようというモチベーションが形成されていただろうし、話すだけでは済まない感情が、北斎に絵を描かせていたと思います。僕も、言葉ではなく踊りを通じて自分の感じることを表現してきました。踊りがなくなったら生きていけないです。

田中泯

──青い海から独自の表現を見出した喜びや、ベロ藍(舶来の鮮やかな紺青の顔料)を手に入れて歓喜する様子、そして生首を描く筆の重さなど、これまでイメージすることが難しかった北斎像を拡張させる本作。劇中では、そのバックグラウンドとして厳しい文化統制下の江戸が描かれ、「表現の自由」という今日的なテーマにも斬り込む作品となっています。時代に翻弄される北斎を演じたおふたりですが、そういった時代背景を含めた作品の見どころを教えてください。

田中 北斎は、数え切れないほど人体を模写していたし、動いている人物を描くために挑戦し続けていました。こういう徹底的な模写の鍛錬を経て、オリジナリティに突入していったことに尊敬の念を抱きます。

 『北斎漫画』では、モデルとしての人体とはまったく違う次元の人体を、猛烈な勢いで描いています。北斎の瞬間をとらえる力は凄まじく、おそらく彼みたいな絵師は、これから先現れないのではないでしょうか。僕が『北斎漫画』を見て感じたのは、北斎が求めていた自由は、自分の自由ではなく、もともと人間が身体とともに持っているはずの自由だということです。この気づきは、僕が北斎に憧れ、この映画に出ようと決めた動機でもあります。

『HOKUSAI』 (C)2021 HOKUSAI MOVIE

 この作品は、史実よりも、北斎がいた時代がいまとどう関係しているのかを見ると面白いと思います。じつは、いまとさほど差がないのではないでしょうか。北斎はほとんどのシーンでムカムカしているんですよね。つねに何かに怒っているし、気に入っていない。観客のみなさんには、それがなぜかを考えながら見てほしいです。北斎は「自由とはこういうもの」という信念があり、その自由を束縛するものと戦っていたように思います。青年期の物語には、北斎のそういった怒りの下地になるような重要な出来事が詰まっており、それが晩年の姿につながっていくので、そういったところに注目してはいかがでしょうか。

『HOKUSAI』 (C)2021 HOKUSAI MOVIE

柳楽 僕は、泯さんと同じ役柄を演じさせていただけたことが光栄です。ほかにも阿部寛さん、玉木宏さん、永山瑛太さんという豪華なキャストの方々に囲まれての撮影に参加させていただくことは、僕にとって大きなチャレンジでした。江戸時代のひとりの絵師が自由をつかもうと奮闘し、成長していくサクセスストーリーをぜひご覧いただきたいです。