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『週刊少年ジャンプ』の原画はアートになるのか。集英社・岡本正史が語る「マンガアート」事業のねらいとは?

『週刊少年ジャンプ』をはじめ、マンガ作品を掲載する媒体を数多く持つ株式会社集英社が、マンガ原画をアート作品のようにエディション化して販売する新事業「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」をスタートさせた。この「マンガアート」のプロジェクトを統括する集英社・デジタル事業部の岡本正史に、事業の狙いや展望を聞いた。

聞き手・構成=安原真広(ウェブ版「美術手帖」編集部)

岡本正史

 『週刊少年ジャンプ』をはじめ、マンガ作品を掲載する媒体を数多く持つ株式会社集英社が、「マンガアート」を販売する新事業「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」をスタートさせた。マンガ原画を数量限定のエディション作品にすることで、マンガに美術品としての価値を与えるこのプロジェクト。また、エディションごとにブロックチェーン証明書を発行し、その来歴を永続的に記録することも特徴となっている。アートと同様に「作品」としての価値をマンガに与えることで何を目指すのか。プロジェクトを統括する集英社・デジタル事業部の岡本正史に聞いた。

マンガ原画を保存するという課題

──まずは「マンガアート」を立ち上げるにあたっての経緯を教えてください。

 私は2007年に、マンガ原画をアーカイヴしてデータベースを運用する「Comics Digital Archives」という社内システムを立ち上げました。マンガアートの企画が生まれたのは、こうしたマンガのアーカイヴを活用したいという考え方からです。

 マンガの原画はアート作品とは違います。例えば、アートは最終的に描いたそのものが人に見られる完成形になりますが、マンガは最終的に印刷物にすることを目的にして描かれています。原稿自体は最終形じゃない中間制作物なので、ただデータベースにあるものを印刷しても、作品としての強度は持ちえません。高度な印刷技術で原画の持つ魅力を最大限に引き出しながら、数を絞って生産し希少価値を高めることで、はじめて「マンガアート」と呼べるものが生まれると考えています。

Real Color Collectionより、尾田栄一郎『ONE PIECE』の「マンガアート」 
(c) Eiichiro Oda / Shueisha inc.

──つまり、マンガの原画を「作品」として世に出すためには、原画そのものをただ複製するのではなく、「作品」足り得るものとしてアップデートする作業が必要ということですよね。

 はい、単純に原画をそのまま見せればいいということではないんですよね。例えば原画のセリフの文字はInDesignの導入以降はデータ上で貼りつけているので、原画にあるのは空白の吹き出しだけとなります。だから、それを「マンガアート」にするときは、原稿に文字を組み、配置するという作業が必要です。また、例えばカラー原画に使用されている染料性のマーカーは時間が経つと退色してしまうなど、原画はつねに劣化しています。

 だから、アナログの原画の質感をそのまま高いクオリティで届けるという目的のためには、それに見合う仕組みをつくらなければいけなかったわけです。そのために「マンガアート」では、これまでの印刷では使ったことがないような紙や印刷方法を考える必要がありました。

 例えば、「マンガアート」の「THE PRESS」シリーズは、は、活版印刷機を使って制作しています。『週刊少年ジャンプ』は、輪転式の活版印刷機で質のあまり高くない再生紙に刷っていますが、それでもきちんと読めるように、白黒がはっきりした発色や、潰れないフォントが考慮されています。この印刷された誌面のもつ迫力を実現するために、質の良い紙に平台の活版印刷で原画を再現したらどうだろう、というのが最初の発想です。結果的にシルクスクリーンやリトグラフといった、他の印刷方法だと実現できなに独特の風合いが実現できました。ただ、かなりこだわっているために、制作のためにはかなりの時間と費用がかかります。エディション数は最大20点にしぼることになりました。

──数量を絞ることでエディションに付加価値を持たせるという、アートの考え方をマンガにも持ち込んだわけですね。

 一般的な複製原画を制作して販売する経験はすでに集英社にありました。これも量産品としては相当力を入れてつくっているものなのですが、やはりファングッズではなくアートの文脈に位置づけていかないと、コレクションの対象としてきちんと収蔵されるところまでいかないと考えました。ある程度値段が高く、長く大事に取り扱ってもらうものという希少性を担保するには、やはりアートと同様にエディションを限らないといけません。

──作品の信頼性を保証するためにスタートバーン社のブロックチェーン技術も活用されます。

 『美術手帖』2018年12月号の「アート×ブロックチェーン」特集で、ブロックチェーン技術によってアート作品のオリジナル性を担保するということを知りました。「マンガアート」のエディションの希少性をどのように担保するのかを考えたとき、ブロックチェーンを導入することで、来歴が記録される意義は大きいと思っています。「マンガアート」は集英社では初めての越境ECとして世界販売もするので、ブロックチェーンで価値や真正性が保証されることの意味はより大きいです。

ブロックチェーン技術を使った証明書のサンプル

──アーカイヴ事業を始めるまで、マンガの原画というのはどのように取り扱われていたのでしょうか?

 基本的に原稿はマンガ家に返していますが、原画が大事だと考える作家と、そうではない作家とで、かなり差が大きいと思います。とあるマンガ家の原画がごみ捨て場に積まれているのを偶然見つけたマンガ好きが保護する、なんて話を聞くこともあります。資料的価値もビジネスの可能性も持っているマンガの原画ですが、いまも破けた原稿袋のなかに入ったまま、ということもよくあるはずです。

 そして、マンガの原画は、100年は持たないと言われているほどにどんどんと劣化していきます。例えば高度成長期時代の原稿は紙の質が低く、文字も写植の紙焼きを接着剤で貼っていたりするので、どんどんボロボロになっていく。例えば1970年代に描かれた池田理代子先生の『ベルサイユのばら』の原稿などは、すでに原稿用紙にシミや破れがありました。350年前のフェルメールの油彩画はいまも状態を保っているのに、マンガの原稿はたった35年でかなり厳しい状態になっているわけです。

 だから原画については、各地のマンガ専門美術館や、マンガの研究機関を持つ大学などと情報共有・相談しながらアーカイブを進めることが大事だと思います。劣化を防ぐために原画から写植を貼ったトレーシングペーパーを分離したりして、それぞれ分けてクリアファイルに入れるなどの作業を、まずはテストとしてやりはじめてみています。こうした仕組みができると、その知見や方法を流用できるので、保存キットをつくるなどして、その方法をマンガ家さんや出版社、美術館など全体に共有していくことも可能なはずです。

 しかし、保存作業も、保存状態を維持するのも、やはりお金がかかります。それを成立させるためにも、「マンガアート」でデジタルアーカイヴを活用し販売することで、紙の原稿の保管研究の費用にもあてられたらと考えています。「マンガアート」の事業の目的は、たんに付加価値をつけた原画を売って集英社が儲かるということではなく、アーカイブを保存もふくめてきちんと運用していくためにも必要なことなのです。

「マンガアート」の「Real Color Collection」A1サイズ見本

マンガの価値を高め次代に伝える

──「マンガアート」の売上の、作家への還元はどのようになっているのでしょうか?

 「マンガアート」の第1弾は尾田栄一郎先生の『ONE PIECE』や池田理代子先生の『ベルサイユのばら』など、大御所の作品がラインナップされていますが、今後のことを考えると若い作家の作品も入れていければと思っています。

 どの出版社もそうですが、いまは出版物の初版数がどんどん減っています。コミックスには大ヒットするものもありますが、中堅層や新人たちが、ちゃんとコンスタントにマンガだけ描いて生活していける基盤を作るのは相当大変になってきている状況です。

 こうした状況を加味して、「マンガアート」は通常の出版物より印税率を高く設定しています。マンガ家が自分たちのアートワークを数十万円の価格のエディションとして売ることができれば、中堅や新人の作家にも還元することができ、印刷物とは別の収入源にできるのではないかと考えています。当然、集英社以外にもギャラリーなどがたくさんあるわけでです。作家が出版社と取り引きするよりも、個別にギャラリーとつき合ったほうが良いという結果にならないよう、作家にちゃんと納得してもらえる仕組みにしたいんです。

 これは将来の展望の話になりますが、先ほど話したブロックチェーンの仕組みを活かして、将来的にはマンガアートが転売されても作家にお金が入るというシステムが実現できればと思っています。いま、ウェブのマーケットプレイスで転売されている複製原画を検索すると、どんでもない値段になっているものもあります。仮にそういったものが売れたとき、その付加価値に見合う金額を作家に還元できる仕組みの構築を目指したいです。

岡本正史

──「マンガアート」にどのような技術や工夫がなされているのか、実物を見せていただけますか?

 はい、こちらは坂本眞一先生の『イノサン』のカラー原画の「マンガアート」です。坂本先生はマンガを液晶タブレットで制作しているので、そもそも大画面で自分の作品の全体をご覧になったことがなく、本人にも大変満足していただけました。コットン100パーセントの紙を使って、マットでふわっとした風合いに仕上げ、人肌のリアルさを感じられるように仕上げました。

 こちらは尾田栄一郎先生の『ONE PIECE』の原画を「マンガアート」にしたものです。印刷時には裁ち落とされてしまうところまですべて描き込まれていて、原画ながらもひとまとまりの絵になっているんですね。大判の「マンガアート」で見ると、原画ならではの迫力が伝わると思います。

 ただストーリーを読んで「おもしろい」「すごい」というだけではなく、描画技術や見せ方の工夫などを、批評的な観点で見つけられるのも、マンガアートの魅力だと思っています。

「Real Color Collection」より、坂本眞一『イノサン』の「マンガアート」 (c)Shin-ichi Sakamoto/Shueisha inc. 
「The Press」より、尾田栄一郎『ONE PIECE』のマンガアート 
(c) Eiichiro Oda / Shueisha inc. 

──「マンガアート」事業では、今後どのようなビジョンを描いていますか?

 事業を始めるにあたっては、日本の美術品市場の規模感についても調査しました。一般社団法人アート東京の「日本のアート産業に関する市場調査2019」によれば、日本の2019年度の美術品市場が2580億円。これを参考に試算すると、「マンガアート」の市場はこれから5年で100億円規模くらいになるポテンシャルを持っていると思います。「マンガアート」は従来の美術品市場とはバッティングしないと思うので、双方が刺激しつつ互いに伸びていけるのではないでしょうか。

 販売にあたっては、現代美術を取り扱うギャラリーとも交流を始めています。他の出版社さんも当然たくさんのマンガ作品を持っているわけですし、いっしょに「マンガアート」という新たな市場に参加することで、みんないっしょに伸びていくことができればと考えています。

編集部

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