2021.1.29

夜、歯を磨きながらアートを見る喜び。「Collectors’ Collective OSAKA」に集った新世代のアートコレクター鼎談

コレクターが所有作品を展示するのみならず、コレクターが推薦するアーティストの新作を展示する「買える!アートコレクター展 Collectors’ Collective」が初めて関西で開催されている。この展覧会にコレクターとして参加する播磨勇弥、有田啓、吉田昌哉の3人に集まってもらい、コレクターとしての喜びや、地方でいかに作品を見て集めているのかを聞いた。

聞き手・構成=安原真広(ウェブ版「美術手帖」編集部)

「買える!アートコレクター展 Collectors’ Collective vol.4 Osaka」展示風景
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コレクターだからこそ出会えた人々

──今日は、自身のコレクション作品と推薦アーティストを展示する「買える!アートコレクター展 Collectors’ Collective vol.4 Osaka」(1月22日〜2月20日、TEZUKAYAMA GALLERY、以下「コレコレ展 大阪」)に参加する、播磨勇弥さん、有田啓さん、吉田昌哉さんに、コレクターの喜びや苦労、そしてコレクターが担う役割を語っていただければと思います。

 播磨さんは大阪、有田さんは福岡、吉田さんは岡山と、それぞれ東京ではない場所を拠点とするコレクターであり、各地域のアートシーンの状況も含めて、お話を伺いたいと思います。まずはみなさんの自己紹介と、最初に作品を購入したきっかけを教えてもらえますか?

播磨勇弥 31歳で大阪に住んでいます。本業は理学療法士をしており、副業としてアート情報サイト「週末の。アート」と、ギャラリーに所属していないフリーのアーティストの作品販売サイト「ARTIST ONLINE STORAGE」を運営しています。

 最初に作品を買ったのは4〜5年前、結婚を機に新たな家に引っ越した際に、インテリアをそろえるなかでアート作品がほしくなり、ウェブで飾りやすく、家族にも気に入ってもらえそうな作品を探して、山中たろうさんのペインティングを購入したのが最初です。もともとアートへの興味はあって、芸術祭や美術館にはよく行っていたのですが、アートを買うということは考えたこともなかったです。

 いったん買えるということがわかると、作品の見方が大きく変わり、これまでとは違う視点で美術を楽しめるようになりました。

吉田昌哉 岡山在住の58歳で、化学メーカーで営業をやっております。最初にアートを購入したのは2011年、東日本大震災で被災した人の支援のために百貨店が主宰したチャリティーオークションで、平山郁夫の版画作品を購入したのが最初です。

 最初は版画から入ったのですが、年に2回、岡山と倉敷で院展が開催されていて、日本画をメインにコレクションをしてきました。現代美術に興味をもったのは2〜3年前、Twitterでとあるコレクターさんが淺井裕介さんのドローイング作品を紹介していてとても良いなと思って。その後、淺井さんの作品をコレクションしたのが始まりです。おもに絵画を中心に集めています。

有田啓 35歳、福岡県在住で国際規格の審査機関で働いています。3年ほど前に仕事で広い部屋にひとり暮らしをすることになり、なんだか寂しいなと思って、CDジャケットのイラストから興味を持った大島智子さんのドローイングを購入したのが最初です。そこから少し期間が空き、一昨年の夏ごろに小谷くるみさんのことを知り、購入してからコレクションにはまっていきました。 

「買える!アートコレクター展 Collectors’ Collective vol.4 Osaka」展示風景

──みなさん、年齢も住んでいる場所も異なりますが、もともとお知り合いだったんでしょうか?

播磨 今回の「コレコレ展 大阪」でつながりました。企画者のコバヤシマヒロさんから、関西での「コレコレ展」開催を打診していただいて、関西でやるなら大阪で実施したいと思い、TAZUKAYAMA GALLERYに企画を持ち込みました。開催のために、西日本在住のコレクターに声をかけ、集まった3人ですが、TwitterやInstagramなどのSNSではお互いの存在を知っていました。

吉田 私はこのなかでは一番歳上ですが、年齢や職業が異なっても、こうしてアートを媒介につながることができるのは、とても嬉しいことですね。

「買える!アートコレクター展 Collectors’ Collective vol.4 Osaka」展示風景

作品にとりつかれる楽しみ

──みなさん、それぞれのコレクションについてより詳しくお聞きできればと思います。播磨さんは今回のコレコレ展に飯田美穂、石原梓、御村紗也、宮原野乃実、山田千尋の5作家を推薦していますね。どういった作家をメインに、どのようなコンセプトで作品を集めていますか?

播磨 現在の私のコレクションのメインとなっているのは、名和晃平さんの作品です。名和さんの作品以外は、若手作家を中心に、関西に関係の深い作家の作品を40点ほど所有しています。

 やはりサラリーマンということもあり、コレクションに使える資金に限りがあるので、若手作家が中心となりますね。最近の若手作家はクオリティの高い作家さんがたくさんいて、本当におもしろいですね。

「買える!アートコレクター展 Collectors’ Collective vol.4 Osaka」展示風景より、播磨勇弥によるセレクション

──有田さんの推薦作家は亜鶴、井田大介、出口雄樹、岡田佑里奈、豊田涼華の5作家となっています。現在はどれくらいの作品を所有していますか?

有田 全部で50点ほど所有していますね。推薦作家以外には、大久保紗也さんや山本捷平さんなど、純粋にその作品が気に入ったかどうかでコレクションを続けています。

 コレクションに明確な芯を持っているコレクターさんに憧れたりもしますが、他人にアピールするために作品を集めているわけじゃないので、純粋に好きかどうか、買えるかどうかという基準で蒐集しています。ほとんどが平面作品ですが、最近は立体にも手を出し始めました。

 私は高校時代に携帯電話を持ち始めた世代ですので、デジタル・ネイティブ世代のアーティストの考えることや発想の斬新さにはいつも刺激を受けていて、そういう人たちの作品にはすごく惹かれますね。いままではアートに興味がなかったこともあり、新しい発見ばかりです。

「買える!アートコレクター展 Collectors’ Collective vol.4 Osaka」展示風景より、有田啓によるセレクション

──吉田さんは黒川岳、黒宮菜菜、城愛音、中田有美の4作家を推薦しています。なかでも黒川​​​​さんはパフォーマンスを映像やドローイングで表現されている作家ですが、そういう経緯でコレクションしたのでしょう?

吉田 黒川さんの作品はアートフェアの「アート大阪」で見たものです。最初は理解がなかなか追いつかなかったのですが、黒川さん自身が作品コンセプトを熱く説明してくれて、それがとても楽しかったので作品をコレクションさせてもらいました。

 現在は70点ほど作品を所有していますが、現代美術を重点的に買い始めたきっかけは、やはりSNSですね。コレクターの柵木頼人さんは師匠だと思っていて、SNSの展覧会レポートなどを欠かさず見ています。日本画も良いですが、現代美術は驚きやおもしろさがたくさんありますね。黒宮菜菜さんの作品は、当初買うつもりではなかったのですが、実際に見ると、絵のなかに吸い込まれるような不思議な感覚にやられてしまいました。

 コレクションに、これといったコンセプトはありませんが、夫婦ふたりの意見が合ったものを買うようにしています。「自分が幸せになれる作品を買おう」という気持ちで、財布と相談しながらコレクションをしています。

「買える!アートコレクター展 Collectors’ Collective vol.4 Osaka」展示風景より、吉田昌哉によるセレクション

──SNSのお話が出ましたが、みなさんはどのようにして作品を探していますか? みなさんの地域ならではの事情などもあれば教えてください。

播磨 やはり、ほかのコレクターのSNS、個展の情報を見たり、アートフェアに出している作家をすべて検索してみたり。あとは卒業制作展などにも足を運び、良いなと思える若手の作家を探したりしています。去年などはオンラインでのフェアも多かったので、それもよくチェックしていましたね。基本的には関西の展示を中心に見ていて、よっぽど見たい展覧会やアートフェアがあれば東京にも足を運びます。

吉田 私も関西圏のアートフェアには、コロナ前は岡山からよく足を運んでいましたね。

有田 福岡には現代美術的なギャラリーは正直少なく、昔ながらの画廊が多いです。ただ、ギャラリーを併設したカフェギャラリーや展示を企画する店舗も多く、KYNEさんやBackside works.など、いわゆるストリート系と言われるようなアーティストたちもそうしたところで展示をしていたようです。アートの土壌はあるんですが、コレクターとは意外と知り合わないのが悩みです。

 コロナ禍になってからは行きづらいですが、以前は毎月のように遠征をして東京や関西の展示を見ていました。見たい展示がある程度固まって開催されているときは、足を伸ばすようにしています。

──展示や保管についてお聞きしたいのですが、飾り方や保管方法などはいかがでしょう? とくに展示していない作品や、作品の空箱や置き場所に困るという声はコレクターさんからよく聞きますね。

播磨 展示はローテーションしています。私の子供はまだ小さいのですが、絵を指差して見くれていたりもするので、できるだけ展示するようにしています。

 保管は部屋の一角に、すのこで囲いをつくってそこに入れています。マンションということもあり、もう箱を置く場所がなくなりつつあるので、どうしようかなと悩んでいます。

吉田 私も作品はひとつの部屋にひとまとめにしていますが、一生懸命展示替えをしています。

有田 私の部屋は狭くて一度に飾れる量が限られているので、友達の家に飾ってもらったりしていますね(笑)。さすがに信頼できる人じゃないとまずいですが、周囲の年齢的にも子供ができたりしているので、「教育にもいい」と結構好評です。やはり、作品は見てもらってなんぼですからね。 

──作品購入後の額装などはどのようにされていますか?

吉田 額装屋さんに家に来てもらって、相談しながらインストールをしてもらっていますね。

播磨 私は額装していない作品が多いですが、額装の必要性が高い作品はギャラリーに任せたりしますね。あと、ウェブで額装のシミュレーションをして購入できるサービスなどもあるので、版画などはそれを利用したりしますね。

有田 私もそのまま飾ることが多いですけど、作品の雰囲気を自分の額選びで壊さないようにしたいので、必要なときは縁なしのアクリルボックスで額装することが多いです。また、ドローイングなどは市販の額を使うことで統一感を出したりしています。

──みなさん、かなりの数の作品を購入されていますよね。踏み込んだ話になりますが、みなさん購入の予算等はどのように管理していますか?

有田 年間で予算計画を立てているんですが、結果的に去年などは生活費以外はほぼすべてアートみたいな状態で(笑)。今年は自制したいですね。去年からは購入作品以外にも、かかった交通費などもすべて記録して、年間の推移まで分析してみているんですが、ちょっととんでもない感じになっています。まあ、みんなそうですよね(笑)。

播磨 同じですね。計画がどんどんずれていくので、私も同じくコントロールしようと思っています。これは毎年言っている気がしますが(笑)。

播磨勇弥の自宅展示風景より、名和晃平《Moment #104》(2016)

──やはりコレクションをしていると、悩みも尽きないですよね。

播磨 私の場合、まわりにアート好きがあまりいないのが悩みですね。友人にアートを買っていることを話すと、微妙な顔をされることもあって。だから、自分でウェブサイトを立ち上げておもしろさを広げたいなと思っているんですけど、なかなか他人に話しにくく、まだまだ浸透していないと感じます。

有田 コレクションを始めた当初の悩みでしたが、やはり最初はギャラリーに入りづらかったですよね、なんだか敷居が高そうですよね。作家と話したり、ギャラリストと話したりするのもアートの楽しみなので、それを乗り越えればおもしろくなるんですが。

作品を集めた先に見えてくる景色

──コレクションをするうえで、SNS等で参考にしているコレクターやアートウォッチャーはいますか?

吉田 SNSだと「はのみ」さんや「石川」さんでしょうか。作品愛あふれるコメントを楽しく拝見させていただいております。

有田 「はむぞう」さんも、じつは何人かいるんじゃないか、と言うくらい展示を見ているので参考になりますね。

播磨 関西だと「小吹隆文」さんという方がアートウォッチャーとしてはすごいです。昨年はコロナ禍だったにも関わらず、関西だけで1500くらいの展示を見に行かれて、すべてツイートされていました。関西圏の情報はすごく参考になっています。

有田 私は福岡、吉田さんは岡山なので、どうしても情報をもらう側になることが多いですよね。なので、なるべく自分の住んでいる土地で開催される展示の情報は、SNSで発信するように心がけています。

有田啓の自宅のコレクション展示風景より。右が大久保紗也《They》(2020)、 
              左上が斉木駿介《Security》(2020) 

──ここ直近でのアートマーケットの状況、みなさんコレクターの目線からはどのように見えているでしょうか?

播磨 若いコレクターが本当に増えていると思います。美術系ではない雑誌がコレクター特集をやっていたりするのも、よく目にするようになりましたね。

有田 ギャラリーに問い合わせた段階で、すでに目当ての作品がないということも多く、SNSでの情報の拡散力を感じます。ただ、新しいコレクター層が増えたからなのか、作品の補修の依頼が多いという話も耳に挟んだりするので、自分自身も保管保存はしっかりしなければと思いますね。

──今後、どういった方向性でコレクションを続けていきたいのか、具体的な作家名も含めてみなさんの展望をお聞かせいただければと思います。

播磨 自分でアートのウェブサイトを始めて、若手作家さんにインタビューしたり、販売するプロジェクトを始めたことで、作家とのつながりがすごく強くなりました。とくに作家が学生時代のころから応援できるのはとても楽しいです。やがて作家が有名になって作品が買えなくなる悲しさもありますが、初期から応援しているというのはちょっとした自慢にもなりますよね。若手の作家を応援する楽しみを、みなさんもっと知ってもらえればと思います。

 今後の目標としては、これからも名和さんの作品をがんばってコレクションしていきたいなとは思います。あと、追いかけたい若手のアーティストは山ほどいるので応援していきたいですね。

吉田 具体的に欲しい作家は、山田航平さんですね。3年前にアートフェア東京で見かけてから、ずっと追いかけているのですが、なかなか展覧会に行けなくて。このあいだアート大阪でお話ができて、とてもまじめで純粋な方だったので、ますますファンになりました。

有田 欲しい作品リストはTrelloというタスク管理アプリで管理していますが、良い作品があればつねにほしいと思ってしまうので、どんどん増えています。具体的な作家名は言えないのですが、欲しい作品があってそのための貯金をしていたり。あとは立体とか映像とか、絵画とは違うジャンルにも目を向けていきたいなと思っています。

吉田昌哉の自宅のコレクション展示風景より、壁面左から加賀温《A striped Bag in June》(2019)、小西紀行《Untitled》(2019)、平子雄一《Bark 6》(2019)

──改めて、みなさんの考えるコレクターとしての喜びを教えて下さい。

播磨 アートが家にあるということは、想像する以上に良いものですよね。例えば歯磨きをしながら作品を見られるという喜び。これは普通は味わえない贅沢だと思いますし、すごい幸せを感じます。

有田 私も播磨さんと同じような感じです。あと、アートを購入し始めたこの2年ほどで思いがけず新たな交友関係もでき、自分の世界が広がりました。

吉田 夫婦で作品を楽しんでいますが、夜寝る前に見て良いなと思ったりすることが楽しいですよね。あと、美術館で見て作家蔵のものだから交渉次第では購入できる、みたいなこともわかるようになって、美術館で展示を見る目も変わり、行くのが楽しくなりました。

──最後に、これから作品を購入してみようという人にアドバイスをするとしたら、どんなことを伝えたいですか?

播磨 アートとひとくちに言っても、1万円以下から買えるものもあるので、そういうものをまずはひとつ買ってみてもいいのではないでしょうか。結婚記念日に買うとか、毎年1作品買うとかでもいいので、気軽に始めてみて、このおもしろい世界に触れてほしいです。

吉田 とくに現代美術の場合、コンセプトを理解するのにはちょっと学ぶことが必要です。でも、作家さんやギャラリーに聞けば、わかりやすい言葉で教えてくれるので、展示に足を運んで声をかけてみることをおすすめします。

有田 まずは現物を見てみるというのは大事ですよね。画像で見るのと本物を見るのは全然違うので、思い切ってギャラリーに一歩入ってみてほしいということは伝えたいですね。見るだけなら大体がタダなので、そこから何を感じてどう行動するかは、自分次第で自由です。その結果私たちは底なし沼にはまってしまったわけですが(笑)。

播磨勇弥、後ろは山本捷平《reiterate-lines-》
(2018)
有田啓、右がやましたあつこ《red shower》(2020)
吉田昌哉、壁面左から小西紀行《Untitled》(2019)、平子雄一《Bark 6》(2019)