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裕福だからアートコレクターになるわけではない。「Collectors’ Collective」展に集った新世代のアートコレクターたちが語る

コレクターが所有作品を展示するのみならず、コレクター注目のアーティストが新作を展示販売するという形式で注目を集めた「買える!アートコレクター展 Collectors’ Collective vol.1」(2019〜20、MEDEL GALLERY SHU)。同展を企画したコレクター、コバヤシマヒロ、柵木頼人、HIROと、7月9日より開催されるvol.2に参加する熊野尊文の4人に集まってもらい、コレクターの喜びや日々の苦労を語ってもらった。

聞き手・構成=安原真広

「買える!アートコレクター展 Collectors’ Collective vol.1」展示風景

人はいかにしてコレクターとなり、取り憑かれていくのか

──今日は、自ら情報を発信しながらSNSでネットワークをつくり、新たな企画を打ち出している新世代のコレクターとして、コバヤシマヒロさん、柵木頼人さん、HIROさん、熊野尊文さんに、それぞれが感じているコレクターの喜びや苦労、そしてコレクターが担う役割を語っていただければと思います。

 コバヤシさん、柵木さん、HIROさんは「買える!アートコレクター展 Collectors’ Collective vol.1」(2019〜20、MEDEL GALLERY、以下「コレコレ展」)を企画し、自身がコレクションした作品を展示するとともに、注目作家の新作を展示販売しています。7月9日から始まる「コレコレ展 Vol.2」には、熊野さんも参加されます。

 まずはみなさんがコレクターとなったきっかけや、最初に購入した作品を教えてもらえますか?

柵木 僕は現在37歳で、コレクター歴は5年くらい、仕事は洋服の制作をしています。同じ時代を一緒に生き、これからの時代を見ていくアーティストが、絵画でどのように現代を切り取っていくのかに興味があって、僕と同世代の国内ペインターの作品を中心に収集しています。そういった作家さんと直接コミュニケーションすることも楽しみのひとつですね。

 コレクションを始めるきっかけは、家とは別に仕事場を借りたことですね。職場のインテリアを考えるときに、デザイナーのNIGOさんの自宅のインテリアを参考にしたのですが、そこで飾られていたアンディ・ウォーホルの作品に興味を持ちました。

 でも、ウォーホルの作品を扱っているギャラリーに声をかけてみたら、あまりにも値段が高くて(笑)。そこで初めて、体験としてお金とアートが結びついたんですね。それからは買える範囲で作品を探し始め、最終的にウォーホルのオフセットの作品を購入し、事務所に飾りました。お金のことを色々と考えながら、探し回ってやっと見つけ、それを飾ることができたときは感動しました。その体験からコレクターのスイッチが入ってしまったわけです。

 当初はストリート系の作品などをチェックしていましたが、美術大学の卒業制作展で見つけた作家さんを気に入り、その作家さんの個展に行ってペイント作品を買ったことから、ペインティングのおもしろさに目覚めました。アートフェア東京のURANOのブースで小西紀行さんの作品を買ったことも体験としては大きくて、それから買い続けて現在は60作品ほどを所有しています。

HIRO 仙台で住宅関係の会社を経営している49歳です。4年ほど前に事務所を建てるタイミングで何か作品を飾ろう思ったのがコレクターになるきっかけです。僕の場合、最初に興味を引かれたのが丁子紅子さんや川島優さんといった作家の美人画でした。同時に、それとはまったく違う傾向のものとして、東京・渋谷のギャラリー、NANZUKAで扱っているようなストリート系のアーティストの作品も集めるようになったんです。もともと洋服が好きなんで、ファッションにもつながるストリート系の作家の作品は今も継続的に購入しています。

 僕の場合は地方都市在住なので、最初は通信販売で購入していましたが、3年ほど前から東京に来てギャラリーに足を運んで作品を探すようになりました。そこから、作家さんやギャラリーとコミュニケーションすることのおもしろさに気づいてのめりこみ、今では200〜300くらいの作品をコレクションしています。

コバヤシ 会社員で、このなかでは最年長となります。5年ほど前に新築のマンションに引っ越したのですが、そこにピクチャーレールが備えつけられていたので、白壁に彩りのある作品を飾りたいと思ってウェブで探すようになりました。

 最初に購入した作品は、海外のアーティスト・イン・レジデンスを渡り歩いている元獣医師の作家、Ouma(オーマ)さんの作品です。細胞をテーマに、作品の切れ端をテグスで縫い合わせて治療した作品で、そのコンセプトがおもしろいと思い購入して飾ったところ、色も鮮やかで部屋が華やかになりました。そこからどんどんのめり込んでいき、150作品くらいを所有、今ではコレクターに向けた情報を配信するウェブメディア「Bur@rt」も運営しています。

熊野 僕は今年で34歳、このなかでは一番若いですね。一般の会社員として給料をやりくりし、分割払いなども利用しながらコレクターをしています。

 学生時代に哲学や芸術学を学んでおり、当時は積極的にギャラリーに足を運んでいたのですが、仕事を始めてからは離れてしまいました。ところが2年ほど前に家を購入、飾る作品を買おうと学生時代の気持ちを思い出しつつギャラリーを回り始めたら「作品は購入出来るもの」という新しい視点での鑑賞体験が面白く、夢中になってしまいました。作品を集め始めて1年くらいとコレクター歴は浅いのですが、現在は30〜40作品ほどを所有しています。

 最初に買ったのは川内理香子さんのドローイング作品でした。たまたまウェブで東京・江戸川橋にあるギャラリー、WAITINGROOMとアートECサイト「OIL by 美術手帖」のコラボレーション企画を見て、川内さんの作品の持つ違和感に惹かれました。価格が表示されているという安心感もあり、実際にWAITINGROOMにも足を運んでスタッフと話をしながら、川内さんの制作のルーツや表現方法といった魅力も教えてもらい、自分のなかでつながるものがあったので購入しました。

対談風景より、左から熊野尊文、柵木頼人

──作品を収集することのおもしろさに気がついたあと、みなさんの生活や日々の過ごし方はどのように変わりましたか?

HIRO 最初は10〜20万くらいの作品でも大金の買い物だと思っていました。昔は絵にそんな大金をかけることが理解できませんでしたが、今となってはまったく感覚が変わってしまっています。10万で気に入った作品があったら、お得だと思いますよね。

コバヤシ ある種、そういった子供みたいな感覚を共有しているから、コレクター同士って大人になってもこうやって友だちになれる気がします。僕らのようなコレクターの動きって、なかなかメディアには出ないですよね、テレビに出るのはすごいお金を持っている起業家のコレクターさんだったりします。でも本当は、会社員をしながら予算のなかでコレクターをしている人っていっぱいいるということがわかったことはとても良かったです。

熊野 僕なんかは会社員で資金も限られているので、すでに有名になってしまった作家の作品は手が出ない。そうすると、とにかくギャラリーを回り、多くの作品を見て目を鍛えていくしかないんですよね。そして、自分が良いと思った若手作家の作品を買うことが未来への投資であり、結果良いコレクションを残すことにつながるんじゃないかと考えています。「その作家が10年後も絵を描き続けてくれるのか」という視点をつねに持つようにして、作家の意思や美術にかける情熱を少しでも汲み取りたいと思うようになりました。

熊野尊文の自宅のアートコレクション

──作品の保管についてはいかがでしょう? 点数が多くなると新たな補完スペースが必要になったり、管理のために気を遣うことも多いと思います。

熊野 僕はまだ30〜40作品くらいのコレクションなので家のなかに飾ることができていますが、作品の入っていた保管箱の量などを考えると、近いうちに限界がきそうで、倉庫などを借りることも検討しなければいけませんね。

コバヤシ たしかに保管箱はかなりかさばります。立体作品の箱なんかも大きいですし。でも作品価値を保証する意味でも、箱を捨てるわけにはいかないです。

柵木 僕はひとつの部屋を保管用にして、生活空間で飾っている作品を定期的に入れ替えていますが、春から夏の湿気の多い時期には一度箱に入れて部屋に戻し、除湿のために24時間冷房をかけています。スノコを保管箱の下に敷いて、湿気がこもらないよう工夫もしていますね。

コレクターのネットワークが生む新たな可能性

──先程、コバヤシさんがコレクター同士のつながりの楽しさを話されていましたが、具体的にはどういった情報をやり取りしているのでしょうか?

熊野 ここにいるメンバーも含め、新しい世代のコレクター層はTwitterやInstagramなどのSNSでの発信に積極的な方が多いですよね。毎週いろいろな展示情報が共有されているので、それを見ていると、1週間にひとつは欲しい作品が出てきちゃいますね。

コバヤシ 国内外のオークションをチェックしたり、新型コロナウイルス以降はアート・バーゼルなど海外の大型アートフェアもオンラインで展示をしているので、その情報を共有したりもしていますね。

柵木 今は新型コロナウイルスの影響で難しいですが、去年くらいから一緒にアート・バーゼル香港を訪問するといったこともしています。今年も楽しみにしていたんですけど、中止となってしまいました。

柵木頼人の自宅のアートコレクション

──ウェブを中心にやり取りしていたコレクターのコミュニティーが可視化された試みが、昨年から今年にかけて開催した「コレコレ展」Vol.1だったと思います。コレクションの展示とアーティストの声がけを行ったコバヤシさん、柵木さん、HIROさんはどういった思いで企画を立てたのですか?

コバヤシ 最初の企画者は僕でした。これまでのアーティストのコレクション展は見せるだけのものが多かったので、そこに僕たちが好きな作家の新作を来場者が買えるという要素を持ち込もうと思いました。やはり、僕たちはコレクターなので、作品を買うことの喜びも楽しみも知っているし、それを多くの人に知ってもらいたい。同時に作家にとっても、既に売れた作品を見せるだけでなく、新たな作品を販売してお金にできると思ったんです。

 僕らに利益が入るわけではない完全なボランティアですけど、自分たちが好きな作家のことを多くの人に知ってもらうきっかけにもなるし、普通のコレクターでもこれだけ素晴らしい作品を買えるんだということを伝えたいんです。

柵木 年齢も出自もバラバラの作品が並ぶこともおもしろい体験でしたね。

HIRO SNSを見て来られた方がとても多かったのも印象的でした。SNS上だけで知り合いだったコレクターの人たちとあの場で実際に会うことができて、色々と話もできましたし、コレコレ展をやったことで、リアルの場でのコレクターコミュニティが3〜4倍になりましたね。

コバヤシ 自分の周囲に、コレクションを見せられたり、アートの話ができる人がいないコレクターも多いんですよね。

 「コレコレ展」はコレクターの層を広げようという企画なので、継続的にやっていくことを当初から想定しています。すでに3回までの開催が決まっていますが、全国にコレクターさんがいるので、いずれは東京以外の場所で開催することも考えています。

 さらに違うかたちの企画も考えていて、例えばアーティストさんをひとり取り上げてそのアーティストのコレクターに声をかけ、それぞれのコレクターが持っている作品を集めて展示するという企画です。初期作品やデッサンなど、埋もれている作品をコレクターの所蔵品を公開することで見られるようにできたらと思っています。

対談風景より、コバヤシマヒロ

──いま、みなさんが注目している作家や、作品を購入したいと考えている作家を教えてください。

熊野 スマートフォンには欲しい作品のリストが100以上は溜まっているので、なかなか絞れないのですが、最初に購入した川内さんの作品は、まだドローイングしか持っていないのでペインティングをぜひ手に入れたいと思っています。そこから発展して、ジェンダーやフェミニズムといった思想を背景としたメッセージを感じる作品にも興味を惹かれています。

柵木 高額なので購入には時間と計画が必要ですが、杉戸洋さんの作品が欲しいですね。これまで僕と同世代のペインターの作品を集めてきましたが、その人たちが影響を受けた作品にも興味が湧いていて、杉戸さんもそのひとりです。とくに、杉戸さんが僕と同じくらいの年代で描いていた過去作を探しています。

HIRO 僕はずっと磯村暖さんの作品を買ってきました。彼の作品からは人生をかけてアートをやっているということを感じますし、僕も人生をかけて彼のことを応援していこうと思っているので、これからも買い続けていくと思います。すでにかなりの数を所有していますが、自分が歳を経るごとに彼の新たな作品が増えていくことが楽しみです。

コバヤシ 個人的には京都芸術大学(旧称:京都造形芸術大学)出身の若手作家はおもしろいと思っていて、小谷くるみさん、山本捷平さん、品川亮さん、土取郁香さんなどが気になっています。本人たちと話をして、しっかりした考え方を聞くと作品もますます魅力的に感じますよね。

コバヤシマヒロの自宅のアートコレクション

──コレクションをする以外に、コレクターとしての経験を生かした新たな計画を持っている方はいますか?

熊野 来年を目処に、友人と展示スペースの運営を計画しています。ギャラリーという呼び方が正しいのかはわかりませんが、若手作家の活躍の場を提供することと、美術作品をもっと日常のなかに取り入れられるようなきっかけや提案が出来る場所にしたいという思いがあります。

柵木 まだ具体化はしていませんが、同じ京王井の頭線沿線に住んでいるコレクターの先輩と一緒に、沿線のギャラリーや美術家を巻き込んで沿線をテーマにした芸術祭ができないかと話しています。

HIRO 私はペインターのLyさんのコミッションワークで、自分の会社の外壁にミューラルを制作してもらう予定があります。あと、自分が持っている作品を、無償でどこか公共の場所に展示できないかと考えて、色々と声がけをしていますね。

対談風景より、HIRO

裕福だからコレクションをしているのではない

──現在、アートを買うことに興味があり、将来はコレクターになりそうな方に、皆さんからのアドバイスがあれば教えてほしいです。

熊野 僕が作品を買おうと思った当初は、本当に何もわかりませんでした。とりあえず六本木には現代美術ギャラリーが多いということで、コンプレックス665やピラミデビルのギャラリーに行ってみたんです。でもそこで「10万円くらいの作品ありますか」と聞いたら、あるところにはあるのですが、なかなか難しい質問だったようで(笑)。そんななか、Yutaka Kikutake Galleryの菊竹寛さんが、ギャラリーガイドを手渡してくれて、入りやすく信頼できるギャラリーをいくつか紹介してくれたんですね。そうしてギャラリーに足を運ぶうちに、だんだんと傾向や価格帯、ジャンルがわかるようになり、WAITINGROOMとも出会うことができました。まずは信頼できるギャラリーを見つけることが大事だと思います。ギャラリーにもいくつか種類や傾向があり、その違いは実際に足を踏み入れなければわからないんですよね。せっかく作品に興味を持ってくれた人がいたとしても、次のアクションへのハードルは高いんだろうなと感じています。

柵木 僕もTwitterでコレクターに興味を持っている人からの質問に答えたりするのですが、とくに多い質問が「何を判断に作品を買っているのか」と「何から情報を仕入れてギャラリーに行っているのか」というものですね。

 アート購入って、最初は本当に入り口がわからないですよね。各ギャラリーの取り扱い作家や傾向も僕らはわかるけど、一般の人はどこにあるかさえわからないと思います。何を基準に作品を買っているのかということについては、とにかく数を見るしかない気がしますけどね。

──最後にコレクターしてこれからも作品を収集し続けていくみなさんが伝えたい、コレクターの苦労や楽しみを教えてください。

HIRO これはずっと思っていることなんですが、もう少し、社会的にも僕らのようなコレクターのスタンスを知ってもらいたいと思うんですよね。とくに僕は地方が拠点なので、自分がアートコレクターだとは大手を振るって言えないような風土を感じてはいます。作品に10万、50万といった価値観が一般の人とはかけ離れているように思われることが多いので、堂々と言えないもどかしさがあるんです。

柵木 多くの人が勘違いしているのですが、決して儲かっているからアートを買っているわけではないんですよね。でも、一般の人からすると、お金があるからアートを買っていると思っている。僕みたいな普通の生活をしているアートコレクターの苦悩というのは、あまり世間では認知されていない気がします。僕には家族もいるんで、生活を切り詰めつつ、作品と通帳と天井しか見ていないわけです。それこそ、冷蔵庫の買い替えと作品を天秤にかけるような生活です(笑)。

熊野 僕も新型コロナによる自粛で外に出られず支出が減ったので、これで絵に使えるお金が増えるとか思いました(笑)。でも、世の中にひとつしかないものって、買い逃したらもう二度と手に入らないものばかりですよね。でもお金に余裕はないし、毎月の支払いに追われながらやりくりして、ギリギリの選択を毎回迫られているんです。

柵木 起業家系の超富裕層のコレクターがメディアでは目立つので、そういった人たちを参考に資本を使ってビジネス目線でアートに投資するという空気に引っ張られてしまう人もいますね。でも、僕らにとってアートをコレクションするって、投資とはまた違うスタンスなんです。

HIRO いつも、どうやってアートを買うお金を捻出しようかと必死に考えているわけですよね。だから、アートコレクションをしたいがために、仕事をかんばる。僕は経営者なんで、売上を伸ばさないと、自分のコレクションにお金を回せないわけです。

 でも、そう考えると、アートをコレクションするようになってから、不思議と会社の売上も上がりましたし、従業員にも多く還元できるようになりました。アートと生活するというのは、たんに部屋に飾るという意味だけではなく、人生の目標とか生きがいに、アートをコレクションするという行為がつながってくることかもしれません。そのような素晴らしいものは、アートのほかにはないと思っています。

HIROの自宅のアートコレクション

編集部

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