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INTERVIEW - 2019.11.1

「ジェンダー」と「脳」からアートの可能性を拡張する。MAHO KUBOTA GALLERY代表・久保田真帆インタビュー

2016年にオープンしたMAHO KUBOTA GALLERY。ジェンダー的な視点から、安部典子、播磨みどり、AKI INOMATA、長島有里枝、小笠原美環といった女性アーティストに焦点を当てつつ、ジュリアン・オピー、多田圭佑、富田直樹、武田鉄平といった視覚的なインパクトが強いアーティストを扱い、新たなアートファンを開拓している。代表の久保田真帆に、ギャラリーとしての今後の目標や、社会における現代美術の可能性について聞いた。

聞き手・構成=編集部

久保田真帆 MAHO KUBOTA GALLERYエントランスにて

──久保田さんは独立までSCAI THE BATHHOUSEで長く勤務されたていましたが、その前は渋谷PARCOのPARCOギャラリーでお仕事をされていたそうですね。

 大学を卒業して株式会社パルコに入社し、最初は名古屋PARCOの立ち上げなどに携わっていました。社内の留学制度を使ってイギリスで現代美術を学んだあと、帰国後は美術企画の部門に配属させてもらったのですが、配属されてすぐの1993年ごろから、私がPARCOギャラリーの展覧会を担当することになったんです。PARCOギャラリーで扱っていたのは、現代美術というよりは写真やグラフィック、デザインなどが中心でした。リチャード・プリンスやジャック・ピアソンといったアーティストの展覧会を行っていましたね。

 いま考えると、当時のセゾン文化を経験できたことは私にとってとても大きかったです。私が入社した時のパルコの社長の増田通二さんは、奥さんの静江さんとともにニキ・ド・サンファルをコレクションしていて、2011年に閉館したニキ美術館を設立した方でした。自由な女性の象徴として、石岡瑛子さん、小池一子さん、山口はるみさんとともに広告をつくったのも増田さんです。そういった点でも、時代の先端でしたね。

──1997年にSCAI THE BATHHOUSEに入り、数多くのアーティストを担当されていますが、当時のアートマーケットの状況や、担当したアーティストを教えてください。

 私が入った当時はバブル崩壊の余波が続いていて、アートの動きもほとんどないような時代です。小山登美夫さんが村上隆さんや奈良美智さんを海外へ紹介し始め、新たな動きをつくろうとしていましたが、それでも日本人アーティストがアートだけで食べていけるのは稀な、暗い時代でした。

 当時の私は中村政人さんの企画を手伝ったり、宮島達男さんと仕事をさせてもらったりしていました。SCAI THE BATHHOUSEの代表の白石正美さんは、仕事を任せてくれて、意見もよく聞いてくれました。私が「このアーティストを扱いたい」と言うと、背中を押してくれたんです。

 当時、私が声をかけたアーティストとしては、イ・ブルさんが思い出深いですね。展覧会も「Cyborg」(2001)、「-S2-」(2005)と2回やらせてもらいました。現在、うちに所属しているジュリアン・オピーも、SCAI時代に私が注目したアーティストです。

ジュリアン・オピー個展(2016)の展示風景 (c)MAHO KUBOTA GALLERY / Julian Opie 撮影=木奥恵三

──長くギャラリーに所属してお仕事をされていますが、いつ頃からご自身のギャラリー持ちたいと考えるようになったのですか?

 私、独立してギャラリーを持つことを決めたのが本当に遅かったんです。SCAIではかなり自由に世界のトップアーティストと仕事をさせてもらっていたわけですから、独立することはあまり考えていませんでした。

 転機は2014年の10月、赤瀬川原平さんが亡くなりました。赤瀬川さんは長く私が担当していて、さらに、私がSCAIに入って最初の展覧会が、赤瀬川さんの「今日は猫の日」(1997)でした。そんな縁もあって、赤瀬川さんが亡くなったときに「何かやらなきゃいけない時期なのかな」と、ふと思い立ったんです。

──ギャラリーを立ち上げるとき、取り扱いたいアーティストはすでに決めていましたか?

 全然、決めていませんでした。SCAIにいるときにいろいろなアーティストさんと仕事をしてきて、アーティストに対して申し訳ないと思うような失敗もありました。だから、いい加減な気持ちでアーティストに声をかけたくはないと思っていて。

 でも、どんなアーティストに声をかけてきたのかを、いま振り返ってみると、私自身の興味である「ジェンダー」と「脳」というふたつの軸と関わっていることが、基準になっていたと思います。

──ジェンダーといえば、MAHO KUBOTA GALLERYの取り扱いアーティストのなかでも、まず長島有里枝さんの名前が浮かびますね。

 そうですね。私は長島の生き方、ジェンダーに対する考え方や、戦っている姿勢に共感し、尊敬に近い念を抱いています。彼女は20歳でパルコが主催していたアワード「アーバナート#2」(1993)のPARCO賞をとってデビューしましたが、自分の扱われ方が不当だということをよくわかっていました。学術的にフェミニズムを研究するために、母となってから大学院に入り、修士論文まで書いた彼女のような人を、支えることができればと思いました。

 ほかにも、ダイレクトなアプローチではなく、少しづつフィルターやレイヤーを重ねて、ジェンダーの問題を提起するようなアーティストを取り扱っています。小笠原美環も長島に近い考えかたを持ったアーティストで、彼女の作品はひと目見るだけではジェンダーを扱っているとはわからないと思いますが、じっくり見ると説得力を持ちます。播磨みどりも同様だと私は思います。彼女たちのようなアーティストに対しては、共感もありますし、サポートをしながら問題をいっしょに解決したいと思っていますね。

長島有里枝「家庭について/about home」(2016)の展示風景 (c)MAHO KUBOTA GALLERY / Yurie Nagashima 撮影=木奥恵三

──当事者としてジェンダーを意識した経験が、アーティストへの共感につながっていたりするのでしょうか?

 私は2人姉妹ですが、私も妹も、両親から「女の子だから」と制限を強いられることなく育ちました。でも、やっぱり社会に出てみると、「あれ、なんか違うかも」といった違和感がありましたし、その経験の集積は個人として持っています。だから、私が日々暮らしのなかで感じる痛みのリアリティが、ジェンダーについてアーティストとともに考える出発点ではありました。

──先ほど、アーティスト選びのもうひとつの軸として、脳というキーワードを挙げられていました。

 脳が世界を、そしてアートを、どのように見て、どう処理して、自分の中に残しているのか、というシステムにとても興味があるんです。

 小学生のときにニューヨーク近代美術館を訪れたことがありました。そこにあったロイ・リキテンスタイン《溺れる女》(1963)を観たときの衝撃は、いまでもはっきり憶えています。そのときに私の中に入ってきた視覚情報は、いまだ色褪せていません。直感的に事物を知覚し整理する力が人間の脳には備わっていて、それを引き出す機能が現代美術にはあると思っています。そうした脳の働きへの興味も、所属アーティストの選び方に影響しています。

 例えば、オピーは「視覚を通して世界を経験する感覚」を作品で表現していますよね。特に情報が多すぎる現代では、私たちの脳って、バイアスをかけてものを見ますよね。危険を察知するために、他人がどういう表情をしているのかを瞬時に見分けたり。そういった、私たちの脳が世界をどうとらえて、どのように出力するかということを、オピーは具体化しているんだと思うんです。

 そのような脳の仕組みを、意識的にでも無意識的にでも、認知心理学のアプローチなどからアートに取り入れているアーティストが好きですね。取り扱いアーティストですと、オピーのほかにも小川信治や武田鉄平は、認知心理学的なアプローチをしていると思います。

武田鉄平「Paintings of Painting」(2019)の展示風景 (c)MAHO KUBOTA GALLERY / Teppei Takeda 撮影=木奥恵三

──所属するアーティストとコミュニケーションするうえで、ギャラリストとして心がけていたり、気をつけていることはありますか?

 ギャラリストとアーティストという関係以前に、ひとりの人間として相手と誠実に接することが一番大切ではないでしょうか。そして、ギャラリーとして、その人がアーティスト活動に専念できるように工夫をする。経済的なことであったり、雑務であったり、そういったことをできるかぎり手伝うようにしています。

──アーティストのサポートだけではなく、制作における具体的なアドバイスをすることもあるのでしょうか?

 アーティストが何をしたいのかを最優先しますが、強いて言うなら、展覧会のタイトルをいっしょに考えることは多いかもしれません。例えば、去年の多田圭佑の展覧会名は「エデンの東」でしたが、それは多田といっしょに考えました。実際に「エデンの東」という言葉自体に意味はないのですが、聞いたときに「どういう意味?」と思うし、暗喩としての意味は込められていて、興味をかき立てられるようなタイトルにしました。

多田圭佑「エデンの東」(2019)の展示風景 (c)MAHO KUBOTA GALLERY / Keisuke Tada 撮影=木奥恵三

──近年、グラフィティ出身のKAWSを始めとするアーティストが、ストリートカルチャーを愛する層から支持されるように、新たなアートコレクター層が生まれています。ギャラリーの方針として、そういった新しいコレクター層へのアプローチは行っているのでしょうか?

 そこまで強く意識してはいないですが、例えばオピーなどは、生活のなかに自然に紛れ込むアートとして、訴求力があるグッズが多いですよね。彼がTシャツやマグカップといったグッズをつくるのは、自分のアートが既存の媒体に形を変えて出現することに、すごく興味があるからだと思います。

 アートに興味を持つ人は増えていると思うんですよね。ビジネスとアートを結びつけて、アートを意識することを推奨する本も需要があります。

 いっぽうで、話題になった「あいちトリエンナーレ2019」を実際に見ると、あまりにハイコンテクストなものが多く、アートのインサイダーである私自身でさえ少々疎外感を感じてしまいました。だから、アートの空気を毎日吸っているわけではない人からすると、かなりハードルが高いんじゃないか、なんて思ったりします。

 現在のアート界は、ハイコンテクストなものがありつつも、マーケット主導型のものもあるという、二極化が進んでいるといえるのではないでしょうか。いずれのムーブメントもアートの現在のリアルです。私はどちらかというと、時代の動きを反映して人のライフスタイルが変化していくことにも興味があるので、一般社会のリアリティを反映した方向からアプローチをしたいです。 

──人々が持っているそれぞれのライフスタイルの一部として、アートを提案していくということですね。

 私は「週末に欠かさず美術館やギャラリー巡りをする」という生活をしていないので、それについて「本当はアートにすべての時間を割くべきなんじゃないか」なんて、少し後ろめたく、負い目のように思っていたこともありました。でも、どこかへ出かけて、何かを見たり、おいしいものを食べたり、洋服を買ったり、スポーツを楽しんだり、それぞれのライフスタイルの流れのなかにアートがあっていいと、いまでは思っています。神宮前にギャラリーを開設したのも、買い物とか、映画とか、デートとか、そうした目的のついでに来てほしいという思いがありました。

 ライフスタイルは、世界的に変容していますよね。消費に疲れた人々が、現物よりも経験にプレゼンスを置くというのも、マーケティングの分野で言われて久しいです。コンサートやスポーツ観戦のように、ライブ感を味あわせてくれるものはいろいろあると思うんですけど、美術館やギャラリーで作品を見るというのも実はライブですよね。そのときの経験によって、初めて所有欲が生まれることもあるはずです。

 私は、出展しているアートフェアで「自分のところの作品が売れたらあの作品を買おう」、とか思いながら眺めてたりしていて、それがすごく楽しいんですよね。そのようにして買った作品は、そのときのアートフェアで感じていた気持ちを蘇らせてくれます。自分のライフヒストリーのメルクマール的に、アートも買ってもらえたら楽しいかな、なんて思っています。

──ご自身でもよく作品を購入するのでしょうか?

 作品は独立してから買うようになりましたね。本来的に、買い物が好きなんだと思います。最近だと9月の「artKYOTO」で、大正から昭和にかけて活躍した浮世絵師、川瀬巴水の作品を買いました。私が好きな歌川広重の《王子装束ゑの木大晦日の狐火》がある画廊のブースに飾ってあって、すごくいいプリントでした。そのまま画廊の方とお話していたら、巴水のいい作品があると言われて、ひとつの縁かなと思い買ったんです。

 それも「せっかくの京都だし二条城なんだから、現代美術もいいけど古いものを買ってみるのも経験かな」と思ったからですね。だから私は、ものを買ったと思っていなくて、経験込みでものが残って嬉しいなと思っているんです。買い物によってβ-エンドルフィンやセロトニンといった快楽物質が出ますが、アートでも同様に顕著ですよね。

──「ART 021上海」や韓国の「ART BUSAN」、「アートバーセル香港」など、アジアのアートフェアに積極的に参加されています。アジアのコレクターからはどのアーティストが人気ですか?

 アートバーゼル香港では、2018年に長島有里枝、2019年にAKI INOMATAの展示をしましたが、どちらも反響が大きかったですね。小笠原美環も高いポテンシャルがあると思っています。彼女の作品はヨーロッパのギャラリーでも扱っていますが、彼女の文脈はアジアでも受け入れられるのではと思います。あと、安倍典子のミニマルな仕事も、アジアで紹介したいなと思っています。

 国内だけに注力してもいいのですが、アーティストのキャリアアップとしては、販売する国を広げたり、販売する国をバランス良く分配することは大事だと思います。日本のお客さんだけに偏ると、なかなか海外で見せる機会もありません。香港や韓国でコレクションされたから、次はヨーロッパやアメリカで紹介していきたい、といったジオグラフィーはいつも考えています。

小笠原美環「こわれもの」(2018)の展示風景 (c)MAHO KUBOTA GALLERY / Miwa Ogasawara 撮影=木奥恵三

──最後に、久保田さんご本人としての、そしてギャラリーとしての、今後の目標を教えてください。

 ジェンダーをテーマとしたアーティストの展覧会は、引き続きやっていきたいと思っています。

 それと、社会のアートにアプローチするベクトルを、ハイコンテクストなものから、もっとオープンでパーソナルなものに変えていきたいと思っています。

 インターネットで可視化されてしまいましたが、一部のアート知識人が、「アートの文脈をわかってない」などと、アートが身近ではない人を下に見て、バカにしたような発言をするのを目にします。でも私は、アートっていろんな人が、それぞれの経験の仕方をすればいいんじゃないかなって思うんです。

 そもそもアートって、わからなくて当然だと思うんですよ。でも、その人にはその人なりのアートとの関わり方があって、もしかしたら私たちは教えてもらう側かもしれない。また脳の話になってしまいますが、AIが現実化する現代においても、人間の脳の働きってわかっていないことがたくさんありますよね。自分のものなのに、結局わからないわけですよ。頭の中にすごい迷宮を持っていて、それを通して世界を経験することの素晴らしさというものを、アートを機に探求していけたらいいなと思いますね。

  私、小学5年生のときに親がもらってきたチケットで、友だち5人だけで電車に乗って、愛知県立美術館に行ったことが、いまでも忘れられないんです。オノレ・ドーミエという19世紀の画家の展覧会で、子供が見ておもしろいものだったのかはわからないですが。みんなで展覧会を見て、ハンバーガーを食べて帰ってきたんですけど、それが当時の私にとっては、すごく嬉しくて、ちょっとした冒険で、あるひとりの子供の1日として、最高の経験でした。アートに触れるって、そういう感じでいいんじゃないかな、って思ったりするんです。