INTERVIEW - 2019.5.23

アーティストとつくっていくギャラリー。「Maki Fine Arts」牧高啓インタビュー

2010年に開廊し、2015年よりの神楽坂に拠点を移したMaki Fine Arts。代表の牧高啓は、80年代生まれの若手ギャラリストとして、多くの展覧会を手がけてきた。白川昌生のような日本の現代美術史において重要な位置にあるベテランアーティストから、豊嶋康子、荻野僚介、末永史尚といった確かな評価を得てきた中堅、池田衆、加納俊輔などの新しい世代を扱い、その名前を国内外に認知させてきた。また、アレックス・ダッジなど海外アーティストも紹介している。Maki Fine Artsのギャラリーオーナーである牧高啓に、アーティストとともに歩んできたこれまでの道のり、そして今後の展望について聞いた。

ギャラリーオープンへの道のり

——牧さんが美術に興味を持ったきっかけを教えてください。

 私の大叔父が日本画家で、東京に住んでいたのですが、月に1度、私の地元の群馬に来て絵画教室を開催していました。最初に絵画に触れ、興味を持ったきっかけはそれだと思います。私は自ら絵を描くアーティストの道には進みませんでしたが、大叔父が絵を売るために試行錯誤する姿を見ていたので、アーティストの助けになるような道に進もうと、2000年に武蔵野美術大学の芸術文化学科に入学し、アートマネジメントを学びはじめました。

——牧さんが学生時代を過ごした当時の美術業界は、どのような状況でしたか?

 学生時代を過ごした2000年代前半は、日本の現代美術が盛り上がりを見せていたタイミングだったと思います。日本人アーティストが次々に世界のマーケットへ打って出ていく、とても熱気がある時代でした。

 また、横浜トリエンナーレが初めて開かれたのが2001年でした。世界中の現代美術作家の作品が日本で見られる機会に恵まれました。色いろなギャラリーの展覧会に足を運び、ものすごい熱量を持った現場を目の当たりにしましたし、改めて振り返ると、現代美術のおもしろさを肌で感じることができた時代だったと思います。

——大学卒業後はどのような道に進まれたのでしょう?

 卒業後、オンラインのアート通販サイトのスタッフとして3年ほど働いた後、学生ビザでニューヨークに渡りました。世界のアートの現場が集約されているニューヨークで生活をすることは憧れでした。

 ニューヨークではコレクターの求めに応じ、ギャラリーやオークションで作品を見つけて販売するアートディーラーの仕事を始めましたが、そのときに仕事を通じて様々なアーティストと出会い、スタジオに通って制作風景を見ることができたのは、素晴らしい経験でした。

牧高啓。後ろは取材時に個展が開催されていたアレックス・ダッジの作品

——ニューヨークでの生活を通じて、自らもギャラリーを持つことを意識しはじめたのでしょうか?

 そうですね、アートディーラーの仕事をするなかで、自分のギャラリーを所有して、発信力を持ちたいと思うようになりました。ギャラリーというスペースがあれば、展覧会を通じて作家の魅力を積極的に発信することができるし、作家やコレクターとつながることができる場所にもなります。作家と密接に関わりながら作品を届けることに魅力を感じていた当時の私にとって、そのようなスペースは必要なものだと考えるようになりました。

——そして2010年に帰国、9月に日本橋大伝馬町でMaki Fine Artsを立ち上げました。

 2010年の春にはニューヨークから帰国し、半年ほどの準備を経てギャラリーをオープンしました。ただ、オープン後の道はなかなか険しいものでした。2008年のリーマンショックの煽りで、アート業界が冷え込んではいましたが、さらに翌年の3月には東日本大震災が起こります。

——アートマーケットにとっては厳しい世相ですよね。

 そうですね。ギャラリストの仕事は、当然ビジネスでもあるので、かなりの逆風だったのは事実です。アートを見せたり、売ったり、そういったことを提案できるような雰囲気の世の中ではなかったと記憶しています。

 ただ、そうした状況は、ギャラリストという仕事を、改めて見つめ直すきっかけにもなりました。震災直後は、私も、アーティストも、思考停止状態でしたが、やがてゆっくりと自分たちが何をなすべきなのか、自分たちの役割とは何かを考え始めました。ギャラリーを始めたばかりのときに、そういう大切なことを改めて考えられたのは結果的に良かったと思います。

Maki FIne Artsの外観

アーティストから教わること

——これまでを振り返ってみて、とくに苦労したことはなんでしょう?

 日本のプライマリーギャラリーのオーナーさんは、大きなギャラリーで働いた後に独立した方が多いですよね。みなさん、かつて自分が所属したギャラリーで、企画のテクニックや作家の知識などをしっかり学んでいますし、強いネットワークも持っています。しかし私は、プライマリーギャラリーでの経験がないままにギャラリーを始めたので、経験が不足している部分もありました。ただ、だからこそ新しい方向性をつくり出せるとも思っていましたし、アーティストと一緒に歩むことができたとも思います。

——アーティストにはどのように支えてもらいましたか?

 私のギャラリーは、私より年上で展覧会経験も豊富なアーティストも多いのでいろいろなことを勉強させてもらっています。

 例えば、ギャラリーとはどうあるべきか、といった根本的なことから、このアーティストがおもしろいとか、展示の技術的な部分も含めて、教えてもらいました。私はプライマリーギャラリーで働いたことがないので、アーティストとともに展覧会をつくっていくことは、貴重な経験になっています。信頼するアーティストと相談し、アドバイスをもらいながらギャラリー運営を進めています。

 逆に若いアーティストに、何も教えられなくて戸惑う部分もあるので、ギャラリーとしてはもうちょっと若いアーティストをフォローしなければと思っており、それがこれからの課題ですね。

——所属するアーティストとはどのように出会い、どのような基準で選んでいますか?

 他のアーティストやコレクターから紹介していただいたり、ギャラリーとテイストが合うんじゃないかと引き合いがあったり、自ら国内外のアートフェアに赴いて見つけたりといろいろです。

 ただ出会い方はいろいろあっても、基本的にアーティストのスタジオに行き、アーティストが何を考えているか知り、どういう現場でつくっているのか知った上で判断します。現場に足を運ぶことでアーティストさんとコミュニケーションもできますし、できたばかりの新作や、過去の作品のアーカイブなども見ることができます。当たり前ですけど、現場に行って自分の目で見て判断することを大切にしています。

——所属アーティストの傾向というのはあるのでしょうか

 ニューヨークにいたときに触れた、モダニズムの絵画が私は好きなのですが、自分が選んでいるアーティストも、モダニズムの思想の系譜を持っていると思います。社会批評的なメッセージよりも、モダニズムの特徴である色、形、線といった絵画の二次元性を追求したいと考えています。いまの時代には、ある意味古臭い方向性かもしれませんが、そこは大事にしたいコンセプトです。

 もちろん、所属アーティストの中には白川昌生さんのように、社会批評的でアクチュアルなテーマを題材とする人もいます。しかし、白川さんは同時に高い技術をもって造形的に優れた作品をつくるアーティストでもあり、私のギャラリーで扱うことで、一般的なイメージとは違うその部分をフォーカスできていると思っています。ある意味それも、Maki Fine Artsのミッションだと自負しています。

——2018年の展覧会では、白川昌生さんがキュレーションを務めた「メルド彫刻の先の先」展が好評を博していました。Maki Fine Artsでは、そのような作家主導のコンセプトを重視した合同展も定期的に開催していますね。

 作品を売るビジネスの現場とは別に、「アートの公共性」にフォーカスした取り組みを行うことが重要だというのも、これまでの経験を通じて学んだことです。アーティストがキュレーションする展覧会というのは、日本ではまだ少ないかもしれません。だから、世間的には大きなインパクトを与えられたようです。

 特に「メルド彫刻の先の先」展では、売れる売れないをあまり気にせず、好きなことをやってほしいとアーティストに伝えました。「ギャラリーなので売らなくてはいけない」という暗黙の了解を意識してしまうアーティストも多いですが、ときにはそれを取り払って、アーティストのやりたいことを優先してもらうのは、とても大切だと思っています。ギャラリーがビジネスではない側面を持つことは、一般的には矛盾しているようですが、プライマリーギャラリーにとって重要な取り組みだと考えています。

 同様の取り組みに、2015年のギャラリーオープン5周年記念のときには、所属アーティストの末永史尚さんのキュレーションの「控えめな抽象」展がありました。こちらも多くの人が来てくれました。

「メルド彫刻の先の先」展の展示風景
「メルド彫刻の先の先」展の展示風景

ギャラリーのこれからとギャラリストの喜び

——今後のギャラリーのビジョンがあれば教えてください。

 2000年代はアートフェアの時代だったのではないでしょうか。アートフェアに出なければギャラリーの評価につながらないという雰囲気があったと思いますが、ここ数年、アートフェアの数が増えすぎて各自が差別化に苦しんでおり、参加ギャラリーにも疲弊の色が見えます。そうした状況なので、アートフェアの時代が次にシフトする予感があり、もちろんアートフェア自体がなくなるわけではないので手段として残しつつも、変化のスピードに追いついていくパワーをつけていかなければと思います。

——それはどのようなパワーでしょうか?

 先ほどもビジネスとは異なる側面で行う展覧会の重要性さをお話しましたが、基本的にはギャラリースペースでの展覧会のクオリティや発信力を高めていくことが重要だと思っています。一つひとつの展覧会を手を抜かず、作家と対話しながら、丁寧に発信していくことを大切にしていきたいです。

——ギャラリストの醍醐味を教えてください。

 例えば、海外のアートフェアに出した作品が、ちゃんと受け入れられたときなどには醍醐味を感じますね。アーティストには、作品の良し悪しとは別に、国や土地との相性があります。例えば、2016年から2018年まで、ニューヨークのNADAアートフェアに毎年参加していました。日本のマーケットで苦戦していたアーティストでも、ニューヨークに作品を持っていくと売れるということを目の当たりにしたとき、とても励みになりました。土地との相性を見極めて、このアーティストはこの国が合うということを見つけたときは嬉しいです。

 そのような経験を重ねながら、作品を買ったコレクターが喜んでくれる、作品が売れてアーティストも喜ぶ、もちろん私も嬉しいという関係性ができる。作品を通じて、幸せの橋渡しができる仕事だと思っています。

——これからアート作品を購入する方に向けて、作品の選び方や見方など、アドバイスがあれば教えてください

 色や形といった、ひと目見たときの印象で作品を選ぶのも良いのですが、作品はアーティストの技術、哲学、思想を体現したのものだということをわかった上で購入すると、より良い出会いになるはずです。アーティストが生きているのであれば、ギャラリーに来てアーティストと直接会ったり話したりして、より知ることもできます。そういう機会を大事にしてもらうと、より作品を持つ喜びを感じられるのではないでしょうか。海外のアーティストだと直接会うのは難しいことが多いですが、日本のアーティストは結構ギャラリーに居たりするので、そういったコミュニケーションも含めて作品を購入すると、より豊かなアートとの生活ができると思いますよ。

牧高啓

もっと聞きたい!

Q.ご自身にとって大切なアーティストは誰ですか?

 高校から大学時代にかけて、ダミアン・ハーストが大好きでした。ホルマリン漬けのあの有名な作品、当時は動物虐待とか言われてすごく叩かれてて(笑)。そんなところまで含めて、アナーキーなあの雰囲気が本当にかっこいいなと思っていました。学生時代の2003年には、ロンドンのサーチ・ギャラリーで開催されていた回顧展をわざわざ見に行くくらい好きでしたね。

Q.ギャラリーのある神楽坂の魅力は?

 文豪たちが通った花街の雰囲気が残っているのもいいですが、かつての印刷工場街の雰囲気もいいですよね。Maki Fine Artsのあるあたりは、2008年まで山本現代、児玉画廊、高橋コレクションなどが入っていたビルがあったりと、現代美術にゆかりのある場所でした。そういったアートの文脈に連なっている場所なのが気に入っています。外国人の方も多く、上品な雰囲気やネームバリューもあるので、良い立地だと思っています。この建物も、昔は印刷工場でした。天井が高く壁が広い物件はギャラリーをやるには最適ですね。

Maki Fine Artsの内観。アレックス・ダッジの作品展示風景
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