• HOME
  • MAGAZINE
  • INTERVIEW
  • アーティストとの対話が生む版画作品。ノマル代表・林聡インタ…
INTERVIEW - 2019.9.25

アーティストとの対話が生む版画作品。ノマル代表・林聡インタビュー

1989年創業、今年30周年を迎えた大阪・城東区にある株式会社ノマル。現在は、版画工房の「ノマルエディション」、展示スペースの「ギャラリーノマル」、デザイン編集スタジオ「ノマル・グラフィック」を備え、版画作品の制作から展示販売までを総合的に手がけている。アーティストとともに版画作品をつくり続けてきた代表の林聡に、これまでの歩みと見据える先を聞いた。

聞き手・構成=編集部

林聡。「30th - Miracle vol.2 / On the Wall」開催中のギャラリーノマルにて

ーー今年、30周年を迎えた株式会社ノマルですが、これまでの歴史を教えてください。

林 株式会社ノマルの前身は、30年前の1989年に「版画工房ノマルエディション」として誕生しました。目指したのは、発注されて版画作品をつくる工房ではなく、私が選んだアーティストとともに作品をつくる工房です。1994年には工房の2階にデザインと編集を行うセクションを設立し、デジタル環境を整備。1999年には作品展示スペースを設置し、2009年の改築を経て現在のかたちになりました。作品の制作から展示販売まで、総合的に行っています。

「30th - Miracle vol.2 / On the Wall」の展示風景より

ーー林さんが版画工房を設立したきっかけはなんでしょう?

林 大学時代に美術を専攻していた私は、1988年に大阪の国立国際美術館で開催された「現代アメリカ版画の断面・作家と工房」展で紹介されていた、ロサンゼルスの版画工房ジェミナイG.E.Lに強い影響を受けました。1965年に設立され、ヨーゼフ・アルバース、ジャスパー・ジョーンズ、デイヴィッド・ホックニーなど、トップクラスのアーティストと共同で版画作品を制作していた工房です。私は、ジェミナイG.E.Lの、伝統的なヨーロッパの版画工房とはまた違った、先進的な制作姿勢が衝撃的でした。

 シルクスクリーンによる、既成概念にとらわれない自由な版画工房をつくりたいと、大学を卒業してすぐに「版画工房ノマルエディション」を立ち上げました。名前は「Nomade(遊牧民)」と「Art」を組み合わせて「Nomart」です。アートに根づきながら、あらゆることに自由にチャレンジしたいという思いをこめました。

 大切にしているのは、あらかじめつくられたものを並べて売るのではなく、技術的な発想を提供しながら、自分がいいと信じるアーティストと一緒に作品をつくりあげていくことです。

ーーシルクスクリーンという手法を選んだ理由を教えてください。

林 版画工房ノマルエディションを設立した時点で、シルクスクリーンはすでに工業印刷として確立されていました。制作方法などの資料も入手しやすかったので、始めるための準備がしやすかったのが大きいです。伝統的な版画技術ではないので、アーティストそれぞれが持っている創作の意向を反映して、いろいろなチャレンジができることが最大の魅力です。

ーー最初に共同制作に取り組んだアーティストは誰ですか?

林 最初は版画家の木村秀樹と作品の制作を行いました。彼は版画家でもあるので、当然、高度なテクニックやノウハウを持っていて、私にとってはすばらしい勉強になりました。彼は当時41歳でしたが、共同作業をすることで新しい発見があると言ってくれて、アーティストとともに作品をつくるというコンセプトに対しての自信が深まりました。

ーーほかのアーティストとの協業についても教えてください。

林 例えば中原浩大には、シルクスクリーンの製版をするための描画フィルムを渡し、黒いインクで好きなものを描いてほしいとお願いしました。性格検査に使用するロールシャッハテストのようにイメージを描いて半分に切断して印刷するという、シンプルで強い表現が生まれました。

 名和晃平とは、彼がまだ大学院生のときに出会いました。コンセプトワークを重視し、ふたりで毎日のように話をしながらコンセプトを練りあげたことを憶えています。現在も彼の創作のテーマでありつづけている「Cell」や「Pixel」の概念は、このときに生まれたものです。一緒に近所の散髪屋に行って大量の髪の毛をもらってきて製版機の上に置き、即興的に製版し、色を変えながら版を重ねることで制作した《Hair》など、独創的な作品も生まれました。いまではパリのルーブル美術館のガラスのピラミッドで作品を展示するほどのアーティストになりましたが、彼のアーティストとしての原点が生まれる瞬間に立ち会えたことは、大きな喜びです。

 伊庭靖子は木村秀樹の教え子で、版画から絵画へと移行していったアーティストですが、絵画のコンセプトを版画で表現するためのアプローチを考えぬいています。粗さを変えたキャンバスの目を使って、粒子を刷り重ねるという、絵画とは違ったアプローチで最新の《grain》シリーズは制作されました。

中原浩大 Half Piece of Symmetry - 2 1995 silkscreen on BFK Rives 57.0✕77.0 cm
名和晃平 Hair 2001 silkscreen on BFK Rives 76.0✕57.0cm
伊庭靖子 grain #2019-4 2019 silkscreen on BFK Rives 76.5✕57.0cm

ーーノマルの作品はいつも、アーティストとの対話によって生まれるのですね。

林 私にとってのものづくりは、アーティストとの対話がすべてです。アーティストの「こういう表現をしたい」という声を聞くことからスタートし、それに対して工房の視点から提案をしていくわけです。

ーー作品を実際に刷るときに気をつかうことはなんでしょう?

林 ノマルの作品のプリントは、摺師の吉田亘(よしだ・わたる)が、20年以上担当しています。彼を交えてアーティストと相談しながら制作するのですが、作品のコンセプトと手法がうまくリンクするまでは、なんでもチャレンジするのが基本です。インクや用紙を始めとする材料や刷りかたは、毎回の制作のたびに検討します。

 例えば、いちばん新しい伊庭靖子の作品では、粒子感をもっとも大切にしたので、そのために発泡するインクを使って、四方に繊維のフチが残る紙全体にイメージを刷り、粒子で埋めつくしました。

シルクスクリーンの制作に使われる印刷機
伊庭靖子の作品のインク調合の指示書

ーーノマルは今年で設立30周年ですが、林さんが版画作品の制作にこだわり続ける理由はなんでしょう?

林 まず前提として、現代美術は名前のとおり同時代の美術であり、いまを生きる私たちにとって、本当はもっとも身近な存在であるべきだと考えています。だからこそ、多くの人に親しんでほしいのです。アートは下から仰ぎ見てありがたがるようなものではなく、普通に接することができるものですし、生活のなかで、日々なにかを感じられる存在だと思っています。感じるといっても、ただ心地よいだけではなく、刺激を与えてくるトゲのようなものがある。それが現代美術の魅力です。そういった体験ができる裾野を広げたいと、30年間こだわり続けてきました。自分が本当にいいと感じたものと暮らす、そのおもしろさを多くの人に知ってほしいのです。

 先ほど、ジェミナイG.E.Lのお話をしましたが、彼らは版画作品をつくることを出版と呼んでいます。出版は英語でパブリケーション、つまりパブリックにするということです。アートをパブリックな財産にしていく、私がノマルで目指してきたことは、そのような試みだと思っています。

ーーともに制作をするアーティストはどのような基準で選んでいるのですか?

林 現在の美術はアート・マーケットに主導されるような企画が多く、セカンダリーマーケットでの価値が重視されます。ノマルの取り扱いアーティストは、セカンダリーマーケットで高い値をつけることはあまりないかもしれませんが、私は全員かけがえのない才能にあふれているアーティストだと思っていますし、そういうアーティストと仕事をしてきました。ビジネスとしては難しいけれど、美術はもっと大きな視点から考えなければいけません。本当にいい作品が正統な対価を得る、そうやってアーティストが生きていける国にしていきたいのです。

「30th - Miracle vol.2 / On the Wall」の展示風景より

ーーこれからのノマルが目指すことはなんでしょう?

林 取り扱っているアーティストの多くは実績を重ねて、様々なところで活躍しています。いっぽうで、取り扱いアーティストの年齢が高くなってしまったとも思っています。新たに若いアーティストを発掘し、紹介していくことが目下の目標ですね。

 新しい出会いや新しい作品は、いつもワクワクします。僕の思いつきに対して、どうリアクションするか、そこで何が生み出されるのか、とても楽しみですね。

 そして、繰り返しになりますが、アーティストが正統な対価を得る状況をつくること。同じような志を持つ、美術館やほかのギャラリーと協力しながら、それを目指しつづけていきたいです。

林聡。「30th - Miracle vol.2 / On the Wall」開催中のギャラリーノマルにて