伝統の染色技法をモダンに昇華。
ISSEY MIYAKE新作のものづくりに迫る

ISSEY MIYAKEの2022/23年秋冬コレクションのテーマは、植物の野性や美しさから着想を得た「Sow It and Let It Grow」。種が根を張り、芽生え、土のなかから突き破って、光を追い求めるさまに着想を得たコレクションの一部には、京都の伝統的な染め技術「絞り染め」「引き染め」が用いられている。一見しただけでは伝統的技法とわからないほどに、鮮やかでモダンな「染め」は、いったいどのようにして具現化されたのか。工房を訪問し、職人たちが語る言葉から、ものづくりの裏側に迫る。

聞き手・文=木薮愛 All images © ISSEY MIYAKE

大阪・南船場のISSEY MIYAKE SEMBAのクリエイションスペースで開催中の特別展示「Sow It and Let It Grow 」(〜7月29日)の展示風景

「PODS」
──ビビッドなカラーとモダンなプリーツ✕絞り染め

 リズミカルに連なる丸いパターンが、豆とさやを表しているシリーズ「PODS」。細かいプリーツが施された色の薄い部分には、「絞り染め」の技術が用いられている。

ISSEY MIYAKE 2022/23年秋冬コレクションより、豆とさやを表しているシリーズ「PODS」

 「絞り染め」とは、布の一部をつまむなどして防染し、染料がその部分に浸透しないようにして染める方法。日本では昔から和装に用いられてきた技術で、絞りによって斑点や雪花などの柄を描き出す。

 従来の絞り染めでは、絞ったときに生じるシワやにじみが特徴だった。しかしながら、今回はイッセイ ミヤケを代表する技法である「製品プリーツ」に絞りを施し、さらに滲みを最小限に抑えることで、伝統技法を現代的にアップデートする試みが行われた。色の境目に柔らかなグラデーションを残しつつも、それぞれの色を濁りなく鮮やかに映し出した表現の裏には、職人たちの工夫があった。

今回の絞り染めでは、イッセイ ミヤケを代表する技法である「製品プリーツ」に絞りを施し、伝統技法を現代的にアップデートする試みが行われた

 手がけたのは、京都の絞り職人と染め工場。「PODS」にはポリエステル素材が用いられているが、ポリエステル素材に今回のような絞り染めを施すためには、高度な技術と設備が必要だ。

 「昔ながらの絞り染めをそのままやっていては、興味を持ってくれる人がもう少ない。ISSEY MIYAKEとの仕事を通して、新しい素材、色、かたちに挑戦し、その結果、こんな素材でも絞り染めができるんだと発見して、ノウハウが蓄積されてきました」。

 今回「PODS」を制作するにあたり、もっとも苦労したのは、色が滲まない絞り方を開発することだという。「普通は紐で絞りが完結しますが、今回は糸で絞って、さらに太さの違う糸、ビニールと何重にもして、やっと満足できる絞りができました」と職人は振り返る。

太さの違う糸、ビニールと何重にもしてから染めを施す

 「PODS」は縫製して、プリーツがかけられた状態で工場に届き、そのうえから絞り染めを施すというプロセスで制作された。プリーツの部分を手作業で絞って防染し、プリーツのかかっていない部分を染めていく。プリーツのかたちや、ビビッドな色合いを保ちつつ、そのうえから染めを施すというのは難しい挑戦だった。

 「ポリエステルに染色する際は、高温、高湿度の状態にします。絞りが甘いと、隙間から熱が入り込み、プリーツがとれてしまうので、絞りで密閉する必要があります。あまりにも固く絞ったので、ほどくのも一苦労。魚を捌くような感覚でほどいていきました」。また、今回は最初から生地に地色がついていたので、熱することでその地色がある程度滲み出てしまうことを計算して、染める色を調整したと話す。

染色する際に熱や地色の滲み出も計算されている

 絞り染めには熟練の技術が必要だが、職人の数は激減している。世界各国に届ける「PODS」の「絞り」を担当したのは、たったひとりの職人だ。約40年間経験を積んできたという彼は現在63歳。「絞りの職人のなかには、80歳を過ぎても現役で活躍する人が多く、私でも若手と言われています。若くて技術のある職人は少ないので、私が引退したらつくれなくなるものもあると思います」と技術の継承に危機感を示した。

「SLICE」
──手描きで描かれた大胆な“断面”

 野菜や果物のみずみずしい断面を表現した「SLICE」。横から覆うようにデザインされたダイナミックな絵柄は、職人により一つひとつ手描きで描かれている。

ISSEY MIYAKE 2022/23年秋冬コレクションより、野菜や果物のみずみずしい断面を表現した「SLICE」

 手がけたのは、川のほとりにある京都の引き染め工房。昔は、染めの工程に欠かせない水洗いの作業「友禅流し」が、近くの川で行われていたことから、この辺りには染色工房が点在している。

 「引き染め」とは、刷毛を引くことから名付けられた染色技法。体育館ほどの広い工房に布帛の生地を広げ、刷毛を引いて地の色を入れる。デザインによって、糊を撒くなどして防染し、刷毛で丁寧に柄を描いたり、ぼかしを入れたりして作品を仕上げていく。

体育館ほどの広い工房で引き染めが行われる

 工房の創業者は、引き染めの特徴についてこう語る。「手描きの染めだから、一つひとつが1点もの。同じ図案でもインクジェットと違い、まったく同じにはなりません。色の深みなど、独特の魅力があります」。

 ISSEY MIYAKEと仕事を開始したのは、およそ18年前のこと。「当時ご依頼いただいたのは、非常に繊細な仕事でした。1点の汚れが命取りになる世界。静電気を帯びた生地が、埃を拾ってしまうといけないので、畳を新しいものに張り替えて、建物を隅から隅まで掃除することからはじめました」。今回の「SLICE」に使用したキュプラツイルは、引き染めにおいては扱いにくい生地。「薄くてデリケートな生地なので、染めたあとの水洗い作業をキツくすると、擦れが出てしまいます。とはいえ、しっかり洗わないと染料が鮮やかに発色しません。(洗い屋さんには)ゆっくりゆっくり洗ってもらいました」。

建物を隅から隅まで掃除することから作業を始める

 「SLICE」は、ジャケット、パンツ、ワンピースの3型。「メロン」「キウィ」「アボカド」「ビーツ」と、4種類の柄があり、それぞれ染色方法を変えている。

 実際に作業を手がけた職人は、服の合わせの部分がとくに難しかったという。「例えば、『ビーツ』の断面の中心部は、蒸しの工程のときに特殊な粉を撒いて、染料を吸収して白く抜いています。着物では吹雪を表現したりする技術です。最初に描いているときは縫製前の平面の状態なので、デザイナーさんの意図に気づかなかったのですが、服として立体になったときに理解できました。白抜きの部分の点の大きさや位置を厳格に調整しないと、合わせの部分でズレが出て、ひとつの柄に見えなくなってしまうのです」。

手描きの染めによってまったく同じものはない

 「ビーツ」の赤は、紫外線に当てると色が変わりやすく、鮮やかに発色させるのも困難だった。「カラーチップの番号通りの色を使って染めても、色が合わないことがあります。濃度を変えたり、色を足したりして、合うように整えていきます。それでも合わない場合は、洗いの作業を通常よりもしっかりやってみたり、UV加工を施したり、いろんなことを試します」。

 また、サンプルを制作する季節と、実際の商品を制作する季節が異なるので、サンプルのデータをもとに作業しても、気温や湿度の差で色味が違ってしまうことがあった。色の調整作業にも、熟練の技が必要である。

 そうして、試行錯誤を繰り返してできあがった「SLICE」。「どの柄もそれぞれに難しさがあって大変だったけれども、私たちでは思いつかないデザインに挑戦するのは楽しかったです。鮮やかな柄なので、見る人、着る人にワクワクしていただけたら嬉しく思います」。

 ISSEY MIYAKE  2022/23年秋冬コレクションは7月1日に販売をスタート。また、大阪・南船場のISSEY MIYAKE SEMBAのクリエイションスペースにて、7月1日から29日に特別展示を開催する。職人が一つひとつ丹精込めて染め上げたアイテムのディティールを、ぜひ手にとって堪能してほしい。

編集部

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