クリスチャン・ボルタンスキー
庭園美術館の亡霊に耳をすませる

フランス現代美術を代表する作家クリスチャン・ボルタンスキーの個展「アニミタス-さざめく亡霊たち」が、東京都庭園美術館(目黒)で9月22日から開催されている。ボルタンスキーは、これまで歴史的な記憶や死をテーマに、映像作品やサイトスペシフィックな作品を制作してきた。日本でも、ジャン・カルマンと共作した新潟・越後妻有の《夏の旅》(2003)や香川・豊島の《ささやきの森》(2016)といった作品を発表している。東京初個展に寄せて来日した作家の言葉とともに、本展をレポートする。

クリスチャン・ボルタンスキー、記者会見にて
東京都庭園美術館の外観

特別制作された「音」の新作《さざめく亡霊たち》

クリスチャン・ボルタンスキーの東京初個展の会場となるのは、1933年に朝香宮邸として創建されたアール・デコ調の建築を改築した東京都庭園美術館。本館1階に足を踏み入れた来場者を出迎えるのは、今回の個展のために制作された新作サウンド・インスタレーション《さざめく亡霊》だ。本展では、日本未発表の作品を中心としたインスタレーション6点が本館と新館に展示されている。

ボルタンスキーは、本展についてこう語る。「個展が決まって初めて庭園美術館を訪れたとき、この館はここで生きてきた人々の亡霊にあふれていると感じました。私は、亡霊や魂が存在しているような特徴ある空間で作品を展示することが好きです。私の作品は、この場所そのものとそれにまつわる歴史的な記憶と悲劇、そしてそれらに対する私の解釈からなる一種のコラージュのようなものです。来てくれた一人ひとりが長い時間をかけて沈黙し、私の作品を通じて亡霊たちを見て、聞いて、感じてほしいと願います。矛盾しているようですが、多くの人が見に来てしまうことが残念です」。

光と影の幻想的なインスタレーション《影の劇場》

本館2階では、3室にわたって《影の劇場》(1984)を展示。段ボールやブリキといった身近な素材を用いて手づくりしたオブジェを使い、それらをロウソクのような光で照射することによって、光と影のインスタレーションを生み出している。ガイコツやコウモリのような生き物が踊るような幻想的な影絵が、西洋美術における伝統的なモチーフである「死の舞踏」や「メメント・モリ(死を想え)」を連想させる。

本館2階の《影の劇場》(1984)
ドアののぞき穴から《影の劇場》(1984)を鑑賞できる
クリスチャン・ボルタンスキー 影の劇場 1984 首を吊った人型のオブジェと影絵

「誰か」の《心臓音》

《影の劇場》の隣の書庫には《心臓音》(2010)が展示されている。これは、豊島(香川)に恒久展示されている世界中の人々の心臓音を保存した《心臓音のアーカイブ》(2010)より抽出された、「誰か」の心臓音を流している。また、音とシンクロして赤い照明が点滅している。

書庫に設置された《心臓音》(2005)

匿名の《眼差し》と黄金色の《帰郷》

新館ギャラリー1の薄暗い室内には、人の両目が大きくプリントされた薄いヴェールのカーテンがかけられてあり、見つめられるように奥へと引き込まれていく。これらの目は証明写真から使用したもので、これらの無数の匿名の眼差しはいったい誰の視線なのか? その答えは鑑賞者に委ねられている。

来場者は、《眼差し》(2013)が設置された室内をさまざまな目に見つめられながら移動する

同じ新館ギャラリー1内には黄金色の巨大な山型の作品《帰郷》(2016)がある。これは大量の古着をエマージェンシー・ブランケット(災害時などに使用するアルミ布)で覆ったもの。黄金色に輝く山が権力や豊かさを象徴している一方で、災害や事件といった不幸や苦しみと結びついている。

一見すると金塊のようにも見える《帰郷》(2016)。《眼差し》のカーテンによって、さらに不穏な空気を醸し出している

ボルタンスキーは本作について、こうコメントする。「この作品はとてもまじめなもので、悲劇について語っています。でも、見る人が見たいようにみればいいと思っています。すごくおもしろいと思って笑ってもいいし、悲しいものだと思ってもいい。見る人は自分の人生を通して作品を見るのですから。そして、作品は見る人によって完成されます」。

風鈴がつなぐ、アタカマ砂漠の《アニミタス》と豊島の《ささやきの森》

新館ギャラリー2の中央には表裏の2面スクリーンが設置され、一面は標高約2000mを越えるチリのアタカマ砂漠に数百もの風鈴を設置して撮影した《アニミタス》(2015)、その裏面には豊島(香川)の山中にある、こちらも風鈴が使われているインスタレーション《ささやきの森》(2016)の映像が上映される。自然の風景に風鈴を取り付けることによって、異なる2つの地を「巡礼の地」に変貌させている。鑑賞者は床全体に敷き詰められた乾草を踏みしめ、風鈴の音に耳をすませながら、瞑想的な時間を過ごすことができる。

標高約2000mを越えるチリのアタカマ砂漠で撮影された《アニミタス》(2016)。「アニミタ」とはスペイン語で「小さな魂」の意
香川県の豊島に設置されている《ささやきの森》(2016)の映像。風鈴の短冊には、訪れた鑑賞者にとっての大切な人の名前が刻まれている

ボルタンスキーは「作品を見るということは、仏教の寺に行くようなものです。そこでは自分自身と向き合い、自らに問わなくてはいけません。私は、たくさんの疑問は持っていますが、それらの答えを持っていません。疑問を持ち、尊重し、そして哲学的に考えるということが重要だと思います。その点が、答えを持っている宗教とは異なるところです」と表現する。

記者会見で質問に答えるクリスチャン・ボルタンスキー

記者会見の終盤では、「老い」や「死」といった重いテーマにも言及していたボルタンスキーだが、本人いわく普段はとても明るく楽しい性格だそうで、「願わくば自分の遺灰は越後妻有や豊島のような美しい場所に散骨してほしいが、おそらく困難なのでパリの排水溝に流すことにしている」といったジョークで会場を和ませていた。ボルタンスキーの作品は自然への畏敬や死者への祈りといった、日本の精神性との共通点も多い。自身も「私の作品が日本人らしい、と言われるのはとても嬉しい。なぜなら、芸術家としてユニバーサルであるということだから」と答えていた。

満を持しての開催となったボルタンスキーの東京初個展。展覧会そのものが五感で体感できる「総合芸術」となっている。

編集部

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